06:the Fourth Avenue Cafe

「赤井さん?」
「君か⋯。また会ったな」

社会人になってからも月に2回、名前は料理教室に通っていた。大学で料理サークルに入部していたので何となくその延長で。今日も講義を終えて自宅に向かっている所だったのだが、その途中で赤井秀一に遭遇した。

「先日は⋯って、もう3週間くらい前ですね」
「そうだな」
「あの時は本当にありがとうございました」
「それはもう気にしなくていい。今日はオフか?」
「はい。料理教室に行ってきた帰りなんです」
「ホー」
「赤井さんも今日はお休みですか?」
「いや、これから昼食をとるところだ」
「そうなんですか。⋯あ!もし良かったら先日のお礼をしたいのでお昼私にご馳走させてください」
「さっきも言ったがこの間の件はもう、」
「これくらいさせて貰わないと私の気が済みません」

それに私、借りは返す主義なので。
そう言って無邪気に笑う名前。ここまで云われてしまっては流石の赤井も無碍には断れない。

「分かった。君がそこまで云うなら好意に甘えることとしよう」
「ありがとうございます!行くお店はもう決めてますか?」
「まだ店は決めてない」
「実はこの近くに美味しいランチをやってるカフェがあるんですけど⋯」
「そうか。ならそこに行こうか」
「はい」

そのカフェは大通りの裏手にある人通りの少ない場所にあった。建物自体こじんまりとした印象だが、外観はどこかフランスのカフェを思わせる。地理的にまだあまり多くの人に知られていないようだが、丁度お昼時ということもあり店内にあまり空席は見られない。中に入ると感じのいいウェイトレスが出迎えてくれた。あと一つだけ窓際のテーブル席が空いていたので二人はそこに着席した。

「ぎりぎりセーフでしたね」
「そうだな」

暫くするとお冷とおしぼり、そしてメニューが手渡された。ランチメニューは2種類の日替わりランチに加えこの店定番のオムライスランチ。

「日替わりも捨てがたいけど⋯やっぱりオムライスにしようかな」
「この店はオムライスが美味いのか?」
「とっても。卵がふわとろでソースもケチャップとデミグラス好きな方を選べるんです」
「成程」
「赤井さんはどれにしますか?」
「そうだな⋯折角の機会だから君のお勧めに便乗するとしよう」


スープとサラダを食べ終える頃、メインであるオムライスが運ばれてきた。名前はケチャップ。赤井はデミグラス。チキンライスの上に乗せられたオムレツにスプーンを挿し込めばとろりと半熟の卵が広がる。彼女の“卵ふわとろ宣言”は決して大げさなものではなかった。オムライスを口に運ぶと名前は至福の表情を浮かべる。

「いつ食べてもホントにおいし〜」
「確かに美味いな。シンプルだがそこがとても良い」
「そうなんですよ。中身も昔ながらのチキンライスだし」

あれこれ気取って手を加えてないところが魅力なんです!と力説する彼女に赤井は思わずくつくつと喉を鳴らす。
そんな彼を見て名前はハッとして頬を赤らめた。

「す、すいません。つい」
「いや。君は本当に面白いな」
「そうですか?」
「ああ。見ていて飽きない」
「自分じゃよく分からないです」
「そうだろうな」

こんな風に誰かと共にいて心から楽しいと思えたのはいつぶりだろうか。たかだかオムライス一つでこんなに幸せそうな顔をするとは。彼女を見ているだけで此方も自然と温かい気持ちになってくる。赤井はあの男(ジン)が彼女に執着する理由が何となく理解できた気がした。名前のような女性が隣に居てくれたら、ただそれだけで――。

一瞬、自分の世界に耽っていた。
ふと我に返ると半分程オムライスを平らげた名前が赤井の皿にチラリと視線をよこしている。

「良ければ味見してみるか?」
「えっ」
「食べたいんじゃないのか?」
「あ⋯バレちゃいました?実はデミグラスはまだ食べたことがなくて」

せっかくなので赤井さんもどうぞ、と名前は自分のオムライスを差し出した。結局互いに皿を交換してオムライスを味見してみることに。

「うわ、デミも美味しい!私オムライスは断然ケチャップ派なんですけどこれはお気に入りになりそうです」
「君の言う通りどちらも美味いな」

二人で満足げに微笑み合い、その後もほのぼのとした雰囲気で食事は進んでいった。


***


「今日はありがとうございました」
「それは此方の台詞だ」

それに良い店も教えて貰ったしな、と赤井は付け加える。気に入ってもらえて本当に良かったと名前は思った。そしてふと何か思いついたように持っていたバッグの中を探り始める。赤いリボンで口を結んだ透明の小袋を一つ取り出すと彼に差し出した。

「邪魔になるかもしれませんけど、良かったら食べてください」
「クッキーか⋯?」
「はい。今日料理教室で作ったんです」

お口に合わなかったら捨てちゃってください、と笑い混じりに名前は云った。

「有難くいただこう」
「ふふ。それじゃあ私はこれで失礼します」
「ああ、気を付けて帰れよ」
「はい!赤井さんもお仕事頑張ってくださいね」

ペコリと一礼して名前は背を向けて歩きはじめる。角を曲がり、彼女の後ろ姿が見えなくなると赤井は徐に受け取った包みを開けてクッキーを一枚口に運んだ。仄かな甘さとふわりと広がるシナモンの香り。そして同時に浮かんだのは彼女のあの屈託のない笑顔。

「まいったな⋯」

突如自身に芽生えた淡い感情に赤井は独りごちてオフィスへと足を向けた。

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2014/8/17