09:宣戦布告

ひと月に一度、ジンは日本にあるFBIのオフィスに顔を出さねばならなかった。日常生活における聞き取りや大まかなスケジュールなどを申告しておく為だ。それに加え、当人の供述とマイクロチップで収集した行動データをランダムに比較して大きな誤差や嘘偽りがないか調査する。今回で3度目となる本日の定例報告はジョディが担当する⋯筈だったのだが。

「何故お前が此処にいる⋯」
「ジョディは急遽別の案件を担当することになってな」
「お前でなくとも他の人間がいくらでもいるだろうが」
「生憎だが、今手が空いている者が誰もいなくてね」

取って付けたような台詞にジンは舌を打つ。赤井の目を見ればそれが適当な返答であることは一目瞭然だった。しかしここで下手に食い下がっても意味はない。

軽い溜息を吐いて、ジンは渋々現状を受け入れる。

「⋯なら、さっさと始めろ」
「よし。では早速先月から昨日までの――」


***


「⋯以上だ」
「他に報告しておくことはないか?」
「現時点では無い」
「そうか。もし何かあった場合は面倒だろうが逐一此方に知らせてくれ」
「云われなくても解っている」

やれやれとジンは立ち上がって置いていたジャケットを手に取った。上着を羽織り、そのまま部屋を後にしようとする。

「ああ⋯1つ言い忘れていた」

ドアノブに手を掛けたところで赤井の声が響いてジンは反射的に立ち止まった。見れば彼は何か企んでいるような、そんな表情をしている。

「貰ったクッキーはとても美味かった、と伝えておいてくれないか」
「⋯何の話だ」
「なんだ。何も聞いていないのか」

赤井はわざとらしくあの日の出来事を語ってみせる。勿論名前と食事を共にしたのは偶然の成り行きで彼女の“お礼がしたい”という意向からそういう流れになったに過ぎない。だがあえてそこには触れず、二人で食事をしたことと別れ際に菓子を贈られたことだけを強調した。事の次第を初めて聞かされたジンはものすごい形相で睨みつけている。

「彼女⋯名前は料理上手だな」

名前の名が呟かれた瞬間、ジンは一気に詰め寄り赤井の胸倉を掴みあげた。

「慣れ慣れしくあいつの名を口にするな⋯!」
「フッ⋯この程度の事でそうカッカするな。それとも、また監獄に出戻りたいのか?」

赤井はジンを挑発するように唇の端を引き上げた。この男がどれほど彼女に執着しているか、改めて実感する。

この日を迎えるまで意図せず己に芽吹いてしまった感情に対し罪悪感を抱かなかったと云えば嘘になるが、赤井はすでに決心していた。自分の感情に蓋をするのも、フラれ続けるのももう真っ平御免だ。名前がジンと深い関係であることは重々承知しているが籍を入れている訳ではない。望みは薄いがその僅かな可能性に賭けてみることにしたのだ。

それに宿敵であるこの男が恋のライバル、というのもまた一興。

「名前に妙な真似をしてみろ⋯只じゃおかねぇぜ⋯」
「悪いが、それは約束できない」
「あァ?」
「これは紛れもない、俺からの『宣戦布告』だ」

強気な眼差しでジンの瞳を射抜き、ニヤリと笑って腕を払いのけると赤井はその場を立ち去った。彼の姿が扉の向こうに消え、部屋の中は静寂に包まれる。こんな形で再び“赤井秀一”と対峙することになろうとは⋯。

つい先程まで忌々しい気持ちだけが己を支配していたが、今はもうそうではなくなっていた。元々ジンは好戦的な性質である。どこまでいってもあの男とは宿敵でしかないのだ⋯と愉しそうに嗤ってみせた。

「フン⋯上等じゃねえか」

名前は誰にも渡さない。
奪えるモンなら奪ってみろ。

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2014/8/23