11:今夜はブギー・バック
今日はジンとの約束があるので定時で帰宅することは事前に周知済み。上司や同僚たちに挨拶をし足早にエレベーターに乗り込む。
ところが職場を出てすぐに名前は驚いた。目の前には家にいるはずの恋人の姿。シンプルだが品の良さを感じさせるスーツに加え、年代物のポルシェに凭れ煙草を吸っている姿は本人の容姿も相まって否が応でも道行く人々の注目を集めている。
名前は慌ててジンの元へ駆け寄った。
「ジン⋯?!こんな所で何を、」
「なんだ、意外と早かったな」
「今日は約束してたからちゃんと定時で⋯じゃなくて!私の質問に答えてよ」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。見ての通り、お前を迎えに来てやったんだ」
「迎え?そんなの聞いてないし」
「言ってねーからな」
「と、とにかく早く移動しよう」
「あァ?」
「もし職場の人達に見られでもしたら⋯!」
「別にいいだろう」
「良くない!うちはミーハーな女子社員が多いし、根掘り葉掘り色々詮索されると面倒だもん」
「ったく⋯。ならさっさと車に乗れ」
とは言いつつ、緩慢な動作で煙草を揉み消しているジン。早く早く!と名前に急かされ彼は若干呆れながら運転席のドアを開けた。車が発進し、名前はようやく一息つく。
「はぁ〜。なんだかいきなり疲れた⋯」
「まだ何もしちゃいねえだろうが」
「いったい誰のせいだと⋯」
「あ?」
「⋯いえ。わざわざ迎えに来て頂いてありがとうございます」
「フン。分かればいい」
「それはそうと、今日はどこに行くの?」
「着いてからのお楽しみだ」
「っていうか、ジンってばキメすぎじゃない?私こんな格好だし隣歩きづらい⋯」
「お前のはちゃんと用意してある」
「へ?」
「何も心配する必要はねぇから黙って座ってろ」
結局詳しい説明は一切なされぬままポルシェは目的地に向かってひた走る。そして到着したのは名前も見覚えのある建物だった。
(こ、此処って⋯!)
そこはジンと初めてディナーを共にしたホテル。車を降りた後ジンはフロントでキーを受け取るとそのままエレベーターへ。行き着いた先はやはりというべきか、セレブ感漂うスイートルームがあるフロア。
「ほんと何から何までデジャブだよ⋯」
「ベルモットは不在だがな」
そう言ってジンはドアにカードキーを差し込んだ。
「お前のドレスは中に用意してある。着替えたらフロントに電話しろ。ヘアメイクを施すよう頼んである」
「え⋯」
「その辺で適当に時間を潰してくるから済んだら俺に連絡を入れろ」
「ちょ、ちょっと待って」
「部屋を出る時カードキーを忘れるなよ。お前はそそっかしいからな⋯」
ジンはキーを名前に握らせると踵を返してエレベーターに向かう。名前はまだ何か言いたげにしていたがあまり彼を待たせるのも悪いか、と思い直してジンの指示通り部屋に入る。するとそこに用意されていたのは紛れもなくあの時と同じ赤色のドレスだった。
準備が整いジンに連絡を入れると1階のラウンジにいるとのこと。先にレストランへ行っていろ、という彼の提案を却下して自分も1階まで降りると告げて電話を切った。いくら一度訪れたことがあるとはいえ、流石に一人では居心地が悪い。1階に到着しキョロキョロと辺りを見回してラウンジを探す。が、よく分からなかったのでとりあえず案内板で確認することに。
「えーと、ラウンジ⋯ラウンジ⋯」
「ちょっと失礼。落し物だ、お嬢さん」
ん⋯?私⋯??
そう思いながら名前は後ろを振り返った。
「っ、赤井さん⋯!?」
「名前、なのか?」
「はい」
「驚いたな⋯。まるで別人だ」
「それはいい意味で、と解釈しても?」
「勿論」
「だったらいいです」
「フッ⋯相変わらず面白いな、君は」
それはそうと、さっき落としたぞ。
赤井から差し出されたのはダイヤがあしらわれた小さなイヤリング。それを見て名前は咄嗟に耳に手を当てた。
「あ、ほんとだ。片方付いてない」
「見たところ高価な品物のようだ。気をつけろよ」
「ありがとうございます。助かりました」
せっかくジンにプレゼントして貰ったのだ。贈られて早々危うく失くしてしまう所だった。名前は受け取ったイヤリングをすばやく付け直す。
「今日はどうした?そんな洒落た格好で⋯」
――名前
赤井の問いかけを遮るようにして響いた低音ボイス。その声に振り向いた名前の姿にジンは思わず見惚れてしまい一瞬目を見開くが、次に向かいに立つ男を視界に捉えるとすぐに顔を顰めた。
「⋯成程。そういう訳か」
「赤井秀一⋯こんな所で何をしている」
「とある事件の捜査でね。悪いがこれ以上は話せん」
どうやら嘘ではないらしい。
ジンはそう判断した後、すぐに彼女の方へ意識を向けた。
「名前⋯こっちへ来い」
ジンは彼女の腕を掴むとすばやく引き寄せる。
「ちょっ⋯!急に引っ張ったら危な、」
言いかけて咄嗟に名前は口を噤んだ。ジンと赤井は尋常でない空気を醸し出し視線をぶつけ合う。
「“名前に妙な真似はするな”と忠告した筈だが⋯?」
「まだ何もしちゃいないさ。今のところは、な」
「⋯⋯」
そんなやり取りをしている二人を「周りの視線が痛いから⋯」と名前は慌てながらもさりげなく宥める。彼女に諭されジンは軽い溜め息を吐くと頭にポンっと片手を乗せた。
「⋯そうだな。こんな奴に構ってないでとっとと行くか」
「もう、そんな失礼な言い方しないの。私が落としたイヤリングを拾ってくれたんだから。⋯すみません赤井さん。私たちこれから食事の予定があるので今日はこれで」
ジンは赤井に勝ち誇った笑みを向けると名前の腰にさり気なく腕を回しエスコートする。が、彼も負けじと最後に一言。
「次は俺からも食事に誘おう。名前が良ければ付き合ってくれ」
「え⋯?」
「チッ⋯!ただの戯言だ、構うな」
赤井が放った誘い文句に対し思案する暇を与えずジンは名前を連れて立ち去る。そんな二人の背中を赤井は大胆不敵に見つめるのであった。
***
「今夜は恋人同士として此処にいるんだよね。なんだか不思議な気分⋯」
思い出に浸る名前を見てジンもあの夜の出来事を思い出していた。自身が初めて彼女に特別な感情を抱いたのは、きっと⋯。
そうこうしているうちに飲み物と料理が運ばれてきてディナーがスタートした。料理を口に運ぶ度に満面の笑みを浮かべる名前。その笑顔を見ているだけでジンの心は満たされていく。
「そんなに美味いならこいつも食え」
「え、いいよ。だってジンの分じゃん」
「いいから食え」
「ほんとにいいの?私これ以上は遠慮しないよ?」
「クッ⋯ああ、遠慮はいらねぇ」
「では頂きます」
こんなにも幸せそうに食べてくれるのなら連れてきた甲斐があるというもの。そして粗方皿の上が片付いた所で名前は徐にナイフとフォークを置いた。
「そういえば、」
「なんだ」
「今日はどうしてここに連れてきてくれたの?」
「さぁな⋯。何故だと思う?」
「あ、ひょっとしてジンの誕生日とか?」
「⋯⋯」
「⋯あれ?違った?」
「もう少しまともな思考はできねーのか」
「だって他に思いつかなかったんだもん」
「フン。まぁ精々一人で悩んでろ」
「ジンの意地悪⋯!」
すっかり拗ねてしまった様子の名前。まるで子どもだな⋯と思いつつ、ジンは何か思いついたのかニヤリと口の端を持ち上げた。これで彼女の機嫌も一変するであろう事を確信して。
「名前」
「⋯何よ」
「今夜のお前は格別に綺麗だぜ⋯」
先程のむくれた表情はどこへやら。予期せぬ突然の甘いセリフに一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた名前。ジンはそこへ更に追い打ちを。
「部屋に帰ったら真っ先に抱いてやるから、あまり食い過ぎるなよ」
「な、なに言って──!?」
半ばパニックを起こしている彼女を余所にジンは思惑通りだ、と満足気に微笑むと何事もなかったかのように食事を再開させた。
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2014/10/19
ところが職場を出てすぐに名前は驚いた。目の前には家にいるはずの恋人の姿。シンプルだが品の良さを感じさせるスーツに加え、年代物のポルシェに凭れ煙草を吸っている姿は本人の容姿も相まって否が応でも道行く人々の注目を集めている。
名前は慌ててジンの元へ駆け寄った。
「ジン⋯?!こんな所で何を、」
「なんだ、意外と早かったな」
「今日は約束してたからちゃんと定時で⋯じゃなくて!私の質問に答えてよ」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。見ての通り、お前を迎えに来てやったんだ」
「迎え?そんなの聞いてないし」
「言ってねーからな」
「と、とにかく早く移動しよう」
「あァ?」
「もし職場の人達に見られでもしたら⋯!」
「別にいいだろう」
「良くない!うちはミーハーな女子社員が多いし、根掘り葉掘り色々詮索されると面倒だもん」
「ったく⋯。ならさっさと車に乗れ」
とは言いつつ、緩慢な動作で煙草を揉み消しているジン。早く早く!と名前に急かされ彼は若干呆れながら運転席のドアを開けた。車が発進し、名前はようやく一息つく。
「はぁ〜。なんだかいきなり疲れた⋯」
「まだ何もしちゃいねえだろうが」
「いったい誰のせいだと⋯」
「あ?」
「⋯いえ。わざわざ迎えに来て頂いてありがとうございます」
「フン。分かればいい」
「それはそうと、今日はどこに行くの?」
「着いてからのお楽しみだ」
「っていうか、ジンってばキメすぎじゃない?私こんな格好だし隣歩きづらい⋯」
「お前のはちゃんと用意してある」
「へ?」
「何も心配する必要はねぇから黙って座ってろ」
結局詳しい説明は一切なされぬままポルシェは目的地に向かってひた走る。そして到着したのは名前も見覚えのある建物だった。
(こ、此処って⋯!)
そこはジンと初めてディナーを共にしたホテル。車を降りた後ジンはフロントでキーを受け取るとそのままエレベーターへ。行き着いた先はやはりというべきか、セレブ感漂うスイートルームがあるフロア。
「ほんと何から何までデジャブだよ⋯」
「ベルモットは不在だがな」
そう言ってジンはドアにカードキーを差し込んだ。
「お前のドレスは中に用意してある。着替えたらフロントに電話しろ。ヘアメイクを施すよう頼んである」
「え⋯」
「その辺で適当に時間を潰してくるから済んだら俺に連絡を入れろ」
「ちょ、ちょっと待って」
「部屋を出る時カードキーを忘れるなよ。お前はそそっかしいからな⋯」
ジンはキーを名前に握らせると踵を返してエレベーターに向かう。名前はまだ何か言いたげにしていたがあまり彼を待たせるのも悪いか、と思い直してジンの指示通り部屋に入る。するとそこに用意されていたのは紛れもなくあの時と同じ赤色のドレスだった。
準備が整いジンに連絡を入れると1階のラウンジにいるとのこと。先にレストランへ行っていろ、という彼の提案を却下して自分も1階まで降りると告げて電話を切った。いくら一度訪れたことがあるとはいえ、流石に一人では居心地が悪い。1階に到着しキョロキョロと辺りを見回してラウンジを探す。が、よく分からなかったのでとりあえず案内板で確認することに。
「えーと、ラウンジ⋯ラウンジ⋯」
「ちょっと失礼。落し物だ、お嬢さん」
ん⋯?私⋯??
そう思いながら名前は後ろを振り返った。
「っ、赤井さん⋯!?」
「名前、なのか?」
「はい」
「驚いたな⋯。まるで別人だ」
「それはいい意味で、と解釈しても?」
「勿論」
「だったらいいです」
「フッ⋯相変わらず面白いな、君は」
それはそうと、さっき落としたぞ。
赤井から差し出されたのはダイヤがあしらわれた小さなイヤリング。それを見て名前は咄嗟に耳に手を当てた。
「あ、ほんとだ。片方付いてない」
「見たところ高価な品物のようだ。気をつけろよ」
「ありがとうございます。助かりました」
せっかくジンにプレゼントして貰ったのだ。贈られて早々危うく失くしてしまう所だった。名前は受け取ったイヤリングをすばやく付け直す。
「今日はどうした?そんな洒落た格好で⋯」
――名前
赤井の問いかけを遮るようにして響いた低音ボイス。その声に振り向いた名前の姿にジンは思わず見惚れてしまい一瞬目を見開くが、次に向かいに立つ男を視界に捉えるとすぐに顔を顰めた。
「⋯成程。そういう訳か」
「赤井秀一⋯こんな所で何をしている」
「とある事件の捜査でね。悪いがこれ以上は話せん」
どうやら嘘ではないらしい。
ジンはそう判断した後、すぐに彼女の方へ意識を向けた。
「名前⋯こっちへ来い」
ジンは彼女の腕を掴むとすばやく引き寄せる。
「ちょっ⋯!急に引っ張ったら危な、」
言いかけて咄嗟に名前は口を噤んだ。ジンと赤井は尋常でない空気を醸し出し視線をぶつけ合う。
「“名前に妙な真似はするな”と忠告した筈だが⋯?」
「まだ何もしちゃいないさ。今のところは、な」
「⋯⋯」
そんなやり取りをしている二人を「周りの視線が痛いから⋯」と名前は慌てながらもさりげなく宥める。彼女に諭されジンは軽い溜め息を吐くと頭にポンっと片手を乗せた。
「⋯そうだな。こんな奴に構ってないでとっとと行くか」
「もう、そんな失礼な言い方しないの。私が落としたイヤリングを拾ってくれたんだから。⋯すみません赤井さん。私たちこれから食事の予定があるので今日はこれで」
ジンは赤井に勝ち誇った笑みを向けると名前の腰にさり気なく腕を回しエスコートする。が、彼も負けじと最後に一言。
「次は俺からも食事に誘おう。名前が良ければ付き合ってくれ」
「え⋯?」
「チッ⋯!ただの戯言だ、構うな」
赤井が放った誘い文句に対し思案する暇を与えずジンは名前を連れて立ち去る。そんな二人の背中を赤井は大胆不敵に見つめるのであった。
***
「今夜は恋人同士として此処にいるんだよね。なんだか不思議な気分⋯」
思い出に浸る名前を見てジンもあの夜の出来事を思い出していた。自身が初めて彼女に特別な感情を抱いたのは、きっと⋯。
そうこうしているうちに飲み物と料理が運ばれてきてディナーがスタートした。料理を口に運ぶ度に満面の笑みを浮かべる名前。その笑顔を見ているだけでジンの心は満たされていく。
「そんなに美味いならこいつも食え」
「え、いいよ。だってジンの分じゃん」
「いいから食え」
「ほんとにいいの?私これ以上は遠慮しないよ?」
「クッ⋯ああ、遠慮はいらねぇ」
「では頂きます」
こんなにも幸せそうに食べてくれるのなら連れてきた甲斐があるというもの。そして粗方皿の上が片付いた所で名前は徐にナイフとフォークを置いた。
「そういえば、」
「なんだ」
「今日はどうしてここに連れてきてくれたの?」
「さぁな⋯。何故だと思う?」
「あ、ひょっとしてジンの誕生日とか?」
「⋯⋯」
「⋯あれ?違った?」
「もう少しまともな思考はできねーのか」
「だって他に思いつかなかったんだもん」
「フン。まぁ精々一人で悩んでろ」
「ジンの意地悪⋯!」
すっかり拗ねてしまった様子の名前。まるで子どもだな⋯と思いつつ、ジンは何か思いついたのかニヤリと口の端を持ち上げた。これで彼女の機嫌も一変するであろう事を確信して。
「名前」
「⋯何よ」
「今夜のお前は格別に綺麗だぜ⋯」
先程のむくれた表情はどこへやら。予期せぬ突然の甘いセリフに一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた名前。ジンはそこへ更に追い打ちを。
「部屋に帰ったら真っ先に抱いてやるから、あまり食い過ぎるなよ」
「な、なに言って──!?」
半ばパニックを起こしている彼女を余所にジンは思惑通りだ、と満足気に微笑むと何事もなかったかのように食事を再開させた。
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