12:波のゆくさき
いつかこんな日が来るかもしれない、と心の何処かで覚悟はしていた。けれどもそんな日は永遠に来ないかもしれない、と希望的観測を抱いていたのも事実で。むしろ二人で過ごしていた時はどちらかと云えば後者を強く意識していた気がする。
世間一般の恋人関係とは多少ズレていたかもしれないけれど、彼も私も当たり前の様に互いの日常の中で共に過ごす時間を共有していた。例え短くても甘くて幸せなその瞬間が、片隅に浮かんでいる小さな不安をすべて呑み込んでしまうくらい大きな波となっていつも私の心に押し寄せていた。
だからこれからもずっと変わることなくそんな毎日が続いていくものだと、そう思っていた。けれどどうやらそれは間違いだったらしい。彼と私の住む世界は相反するものである、という漠然とした事実が現実のものとして唐突に突き付けられようとしていた。
今、この瞬間に―――。
***
『⋯俺だ』
「ジン?久しぶり!元気にして、」
『悪いが余計なお喋りをしている時間は無い。手短に済ませるから良く聞け』
「?」
『“俺に不測の事態が起こった時”の話は覚えてるか?』
「⋯ん?うん。ちゃんと覚えてるよ」
『なら今が“その時”だ。この電話を終えたらすぐに指示通り、俺に関連するものは全て処分しろ』
「え?ちょ、ちょっと待って」
『ないとは思うが万が一、お前の所に警察やFBIが訪ねて来た場合は“何も知らぬ存ぜぬ”で押し通せ。決して家の中に招き入れたり任意同行に応じたりはするな。令状がない限りそれで何も問題ない』
電話越しのジンの言葉が重ねられる度、私の身体が、心が、急速に感覚を失っていくのを感じる。まるで浜辺に打ち寄せられた波が、一気に引いてしまうかの様に。
ジンは何を言ってるの⋯?
そんな淡々とした口調で、変な冗談やめてよ。
ジンがそんな風に喋ると全然冗談に聞こえないんだから。
「いや、だから、全く状況が分から⋯」
『最初に云っただろう。詳しく説明している時間はない』
無意識の内に涙が溢れ出してくるのが、自分でも分かる。
早く、何か云わなくちゃ⋯。
何でもいいから、早く、早く――!
けれども喉の奥に何かが痞えている感じがして、うまく言葉が出てこない。気持ちばかりが急いて、空回りする。
『恐らくこれが最後の連絡になる。もう二度と逢うことも、ない』
「っ⋯」
『俺の事は忘れろ⋯何もかも全部、だ。いいな?これから先、お前は自分が幸せになる事だけを考えて生きていけ』
「やっ⋯やだよ私⋯!いきなりそんな勝手なこと⋯ッ」
『名前⋯』
“愛している”
その言葉を最後にジンは一方的に電話を切った。通話の終了を告げる無機質な音だけが、受話器から流れ続けている。名前は茫然とその場に立ち尽くしていた。携帯を耳に当てたまま、どうすることもできずに。
先程のジンの言葉が脳内で何度も何度も延々と繰り返される。そんなセリフ、今までだって一度も口にしたことはなかったのに。ジンは、本当に狡い。自分の事は忘れろと云いながら、それをさせない楔を私の中に打ち込んで。“さよなら”の代わりに“愛してる”なんて、そんなの酷すぎるよ⋯。
ここに来てようやく彼女は自身が置かれた状況を理解し始める。
もう二度とジンには逢えない。
もう二度と声を聴くことすらできないのだ、と――。
瞬間、彼女の身体はプツリと糸が切れてしまったかの様に崩れ落ちた。それは月が怖いほどに綺麗な夜の出来事だった。
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2014/9/6
世間一般の恋人関係とは多少ズレていたかもしれないけれど、彼も私も当たり前の様に互いの日常の中で共に過ごす時間を共有していた。例え短くても甘くて幸せなその瞬間が、片隅に浮かんでいる小さな不安をすべて呑み込んでしまうくらい大きな波となっていつも私の心に押し寄せていた。
だからこれからもずっと変わることなくそんな毎日が続いていくものだと、そう思っていた。けれどどうやらそれは間違いだったらしい。彼と私の住む世界は相反するものである、という漠然とした事実が現実のものとして唐突に突き付けられようとしていた。
今、この瞬間に―――。
***
『⋯俺だ』
「ジン?久しぶり!元気にして、」
『悪いが余計なお喋りをしている時間は無い。手短に済ませるから良く聞け』
「?」
『“俺に不測の事態が起こった時”の話は覚えてるか?』
「⋯ん?うん。ちゃんと覚えてるよ」
『なら今が“その時”だ。この電話を終えたらすぐに指示通り、俺に関連するものは全て処分しろ』
「え?ちょ、ちょっと待って」
『ないとは思うが万が一、お前の所に警察やFBIが訪ねて来た場合は“何も知らぬ存ぜぬ”で押し通せ。決して家の中に招き入れたり任意同行に応じたりはするな。令状がない限りそれで何も問題ない』
電話越しのジンの言葉が重ねられる度、私の身体が、心が、急速に感覚を失っていくのを感じる。まるで浜辺に打ち寄せられた波が、一気に引いてしまうかの様に。
ジンは何を言ってるの⋯?
そんな淡々とした口調で、変な冗談やめてよ。
ジンがそんな風に喋ると全然冗談に聞こえないんだから。
「いや、だから、全く状況が分から⋯」
『最初に云っただろう。詳しく説明している時間はない』
無意識の内に涙が溢れ出してくるのが、自分でも分かる。
早く、何か云わなくちゃ⋯。
何でもいいから、早く、早く――!
けれども喉の奥に何かが痞えている感じがして、うまく言葉が出てこない。気持ちばかりが急いて、空回りする。
『恐らくこれが最後の連絡になる。もう二度と逢うことも、ない』
「っ⋯」
『俺の事は忘れろ⋯何もかも全部、だ。いいな?これから先、お前は自分が幸せになる事だけを考えて生きていけ』
「やっ⋯やだよ私⋯!いきなりそんな勝手なこと⋯ッ」
『名前⋯』
“愛している”
その言葉を最後にジンは一方的に電話を切った。通話の終了を告げる無機質な音だけが、受話器から流れ続けている。名前は茫然とその場に立ち尽くしていた。携帯を耳に当てたまま、どうすることもできずに。
先程のジンの言葉が脳内で何度も何度も延々と繰り返される。そんなセリフ、今までだって一度も口にしたことはなかったのに。ジンは、本当に狡い。自分の事は忘れろと云いながら、それをさせない楔を私の中に打ち込んで。“さよなら”の代わりに“愛してる”なんて、そんなの酷すぎるよ⋯。
ここに来てようやく彼女は自身が置かれた状況を理解し始める。
もう二度とジンには逢えない。
もう二度と声を聴くことすらできないのだ、と――。
瞬間、彼女の身体はプツリと糸が切れてしまったかの様に崩れ落ちた。それは月が怖いほどに綺麗な夜の出来事だった。
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2014/9/6