13:正義の味方が勝てない世界
「シュウ、何をしているの」
「ジョディか。少々気になることがあって、ね」
「ジンの所持品?」
「ああ⋯」
ベレッタ、ゴロワーズ、マッチ、財布、携帯電話、ピルケース、手袋⋯そして現在赤井が手にしているチェーンに通されたリング。品物だけ見れば、特段これといって不自然な点など見当たらない気がするのだが。
「そのアクセサリーに、何かあるの?」
「いや⋯見た目は至ってシンプルなシルバーリングだ」
ところが赤井はどうにも解せない、と疑念を抱いていた。
「ジンは組織の中でもわりと洒落た身なりをしていたじゃない。単にその延長でしょう?」
「確かにその可能性も十分考えられるがな⋯」
彼が愛用しているただのアクセサリー。云ってしまえば、それで片付いてしまう。とはいえ、任務中に何かのはずみでリングを失くしてしまう様な事態に見舞われでもすればそれこそ己に繋がる痕跡を現場に残してしまうことになる。煙草はジンが極度のヘビースモーカーであるからして任務に必要がない物といっても常に携帯していることには納得がいく。その他の物品についても用途などを考慮すれば頷ける。
しかしこの指輪に関してはどうだ?常時身につけていなければならない物⋯だとは考え難い。あの男はわざわざ自ら不要なリスクを抱えるような男ではない。となれば、答えはただ一つ。この指輪がジンにとってとても重要な意味・役割を持っていたということ。
「悪いが至急、ジュイスに連絡を取ってくれないか」
「シュウったら⋯。また個人的に鑑識を依頼するつもりね?」
「念の為どうしても調べておきたい。だがくれぐれもこの件は内密に頼む」
「ハイハイ。言われなくてもちゃーんと分かってるわよ」
「フッ⋯いつもすまないな」
***
現在、赤井は単身で一時的に日本に戻って来ていた。突如浮かび上がった一人の女の身辺を調査するために。
「リングの内側に文字?」
『ええ。かなり特殊な技法を用いてるみたいだけど』
ジュイスの説明によるとそれは刻印されたものではなく、特殊なインクで描かれているらしい。加えてそれが剥がれ落ちてしまわないよう更にコーティング加工されているとのこと。
『使用されているのはブラックライトのみに反応する液体か何かね』
「なるほど。よって他人の目には単純な装身具として映り、更に文字そのものも晒される事はない⋯と」
『そういうこと』
「ところでリングにあった文字についてだが、」
『ああ。それならドイツ語で⋯』
いつも傍に、か⋯。
赤井はその言葉を心の内で呟くと真剣な眼差しで前を見据えた。自身の見解が間違っていなければ、あれは特別なペアリングだ。あの男にまさかそんな相手が存在するとは到底信じ難かったが、その後独自の調査で有力な情報を一つだけ入手することができた。過去に“それらしい人物の自宅をわずかな期間だが監視していた”というジンの配下であった組織員の証言を得たのだ。件に関わった組織員は彼以外には存命しておらず、その任務もジンが独断で指示を出していたらしくこの証言だけが唯一の手掛かり。
赤井は男の証言を元にすぐさま行動した。住所が判ればその他の情報は自然と芋づる式に浮かび上がってくる。
該当するマンションには社会人になったばかりの女が一人暮らしていて。ここ数年で家主が変わった形跡も、なし。
恐らく彼女がジンの⋯。
赤井は目的のマンションまで辿り着くと早速ターゲットの監視を開始する。初めて目の当たりにした彼女は実年齢よりも若干幼く見えたが、ごくごく平凡な女だった。毎朝7時半に家を出て電車に乗って職場へ行き、仕事が終わればそのまま帰宅という生活スタイル。組織との関わりを窺わせるような素振りも全く見えない。本当に彼女がジンと繋がっていたのか?と疑問を抱かずにはいられなかった。
そうこうしているうちにあっという間に時間は経過していき⋯とうとう明日はアメリカ本部に戻らなければならない、そんな時だった。仕事を終え、いつもなら真っ直ぐに帰宅するか近場のスーパーで買い物を済ませるかのどちらかだった彼女が今までにない行動に出た。いつもの帰路を逸れてその先へどんどん歩みを進めていく。徐々に人の気配が薄れ、辿り着いたのは古びた倉庫。現在使用されている気配はなく、彼女は倉庫の入口付近で徐に腰を下ろした。次に膝を抱えるとゆっくりとした動作で顔を埋めた。
泣いて⋯いるのだろう。微かに肩が震えている。思わず目を逸らしてしまいたくなるような、そんな光景。彼女のこんな姿を見たのはこれが初めてで。すると次の瞬間、僅かに顔を上げた彼女が服の下に身に着けていたであろう何かを取り出す仕草を見せた。その光景を見て赤井はハッと小さく息を飲む。遠目にしか確認できないが、恐らくあれは――。
更なる確信を得ようといよいよ赤井はその場から踏み出そうとした。⋯が、突如後ろから響いた声でその動きは遮られる。
「まさかお前が再び俺の前に姿を現すとは⋯流石に予想できなかったよ」
「彼女に一歩でも近づいてごらんなさい?只じゃ済まないわ」
「どこか遠い異国の地で、とっくに悠々自適な逃亡生活を送っているものだとばかり思っていたがな」
赤井の前に現れたのは全くの別人に変装したベルモット。普段は声も変えているのだろうが、今は本来の彼女の声で喋っている。
「言っておくけど、彼女に尋問しても無駄よ。組織に関する情報は一切持ち合わせていないから」
「お前達と繋がりがあったにもかかわらず何の情報も持たない⋯か。俄かには信じられん話だな」
「エンジェルは特別な存在。ジンが唯一“組織”と“あの方”に対して裏切りを図った証⋯ともいえるかしら」
只ならぬ空気が赤井とベルモットを包んでいた。互いの言動次第で一触即発ともなりかねない。
「信じる信じないは貴方の自由。だけど彼女は本当にアタシ達とは違う、表の世界の人間よ」
「だがジンと深い関係だったことは事実だろう?」
「だからこそ、よ。ジンは万が一自分の身に何か起った際にも彼女だけは絶対に巻き込まないよう考慮していた」
「組織の掟に反してまで⋯か。それほどまでに彼女が奴にとって大切な存在であると?」
「そうよ」
ベルモットが嘘を吐いているようには思えなかった。もしもそれが事実であるなら、仮に『苗字名前』という人物を拘束したところで何の意味もない。FBIが欲しているのは組織が関連している事件の証拠や情報。二人の色恋沙汰など提供して貰ったところで時間の無駄にしかならないのだから。
「フッ⋯いいだろう。お前がそこまで云うのなら、このまま彼女からは手を引こう」
「あら。貴方、案外話の分かる男じゃない」
「代わりといってはなんだが⋯ベルモット。お前には俺と共にアメリカの本部まで同行してもらおうか」
「悪いけど、それはできない相談だわ⋯」
そういうとベルモットは懐からUSBメモリを1つ取り出すと赤井に向ってそれを放った。赤井は動じることなくパシ、と器用に片手で掴んでUSBを受け取る。
「組織に関わっていた海外の顧客データよ」
「ホォー⋯」
「今日のところはそれで手を打って頂戴」
そこでふいにベルモットが名前の方へ視線を向けたのを見て、赤井も反射的にそちらに意識を持っていかれる。二人でやりとりをしている間にどうやら彼女の涙も止まったらしい。良かった⋯と赤井は内心ほっとした。女の涙ほど、見ていて痛々しいものはない。
そうして再び後ろを振り返ったとき、すでにベルモットの姿は消えていた。赤井は僅かに口角を上げてUSBを内ポケットに仕舞うと自身もその場を静かに離れて行った。
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※お題配布元:fynch
2015/3/25
「ジョディか。少々気になることがあって、ね」
「ジンの所持品?」
「ああ⋯」
ベレッタ、ゴロワーズ、マッチ、財布、携帯電話、ピルケース、手袋⋯そして現在赤井が手にしているチェーンに通されたリング。品物だけ見れば、特段これといって不自然な点など見当たらない気がするのだが。
「そのアクセサリーに、何かあるの?」
「いや⋯見た目は至ってシンプルなシルバーリングだ」
ところが赤井はどうにも解せない、と疑念を抱いていた。
「ジンは組織の中でもわりと洒落た身なりをしていたじゃない。単にその延長でしょう?」
「確かにその可能性も十分考えられるがな⋯」
彼が愛用しているただのアクセサリー。云ってしまえば、それで片付いてしまう。とはいえ、任務中に何かのはずみでリングを失くしてしまう様な事態に見舞われでもすればそれこそ己に繋がる痕跡を現場に残してしまうことになる。煙草はジンが極度のヘビースモーカーであるからして任務に必要がない物といっても常に携帯していることには納得がいく。その他の物品についても用途などを考慮すれば頷ける。
しかしこの指輪に関してはどうだ?常時身につけていなければならない物⋯だとは考え難い。あの男はわざわざ自ら不要なリスクを抱えるような男ではない。となれば、答えはただ一つ。この指輪がジンにとってとても重要な意味・役割を持っていたということ。
「悪いが至急、ジュイスに連絡を取ってくれないか」
「シュウったら⋯。また個人的に鑑識を依頼するつもりね?」
「念の為どうしても調べておきたい。だがくれぐれもこの件は内密に頼む」
「ハイハイ。言われなくてもちゃーんと分かってるわよ」
「フッ⋯いつもすまないな」
***
現在、赤井は単身で一時的に日本に戻って来ていた。突如浮かび上がった一人の女の身辺を調査するために。
「リングの内側に文字?」
『ええ。かなり特殊な技法を用いてるみたいだけど』
ジュイスの説明によるとそれは刻印されたものではなく、特殊なインクで描かれているらしい。加えてそれが剥がれ落ちてしまわないよう更にコーティング加工されているとのこと。
『使用されているのはブラックライトのみに反応する液体か何かね』
「なるほど。よって他人の目には単純な装身具として映り、更に文字そのものも晒される事はない⋯と」
『そういうこと』
「ところでリングにあった文字についてだが、」
『ああ。それならドイツ語で⋯』
いつも傍に、か⋯。
赤井はその言葉を心の内で呟くと真剣な眼差しで前を見据えた。自身の見解が間違っていなければ、あれは特別なペアリングだ。あの男にまさかそんな相手が存在するとは到底信じ難かったが、その後独自の調査で有力な情報を一つだけ入手することができた。過去に“それらしい人物の自宅をわずかな期間だが監視していた”というジンの配下であった組織員の証言を得たのだ。件に関わった組織員は彼以外には存命しておらず、その任務もジンが独断で指示を出していたらしくこの証言だけが唯一の手掛かり。
赤井は男の証言を元にすぐさま行動した。住所が判ればその他の情報は自然と芋づる式に浮かび上がってくる。
該当するマンションには社会人になったばかりの女が一人暮らしていて。ここ数年で家主が変わった形跡も、なし。
恐らく彼女がジンの⋯。
赤井は目的のマンションまで辿り着くと早速ターゲットの監視を開始する。初めて目の当たりにした彼女は実年齢よりも若干幼く見えたが、ごくごく平凡な女だった。毎朝7時半に家を出て電車に乗って職場へ行き、仕事が終わればそのまま帰宅という生活スタイル。組織との関わりを窺わせるような素振りも全く見えない。本当に彼女がジンと繋がっていたのか?と疑問を抱かずにはいられなかった。
そうこうしているうちにあっという間に時間は経過していき⋯とうとう明日はアメリカ本部に戻らなければならない、そんな時だった。仕事を終え、いつもなら真っ直ぐに帰宅するか近場のスーパーで買い物を済ませるかのどちらかだった彼女が今までにない行動に出た。いつもの帰路を逸れてその先へどんどん歩みを進めていく。徐々に人の気配が薄れ、辿り着いたのは古びた倉庫。現在使用されている気配はなく、彼女は倉庫の入口付近で徐に腰を下ろした。次に膝を抱えるとゆっくりとした動作で顔を埋めた。
泣いて⋯いるのだろう。微かに肩が震えている。思わず目を逸らしてしまいたくなるような、そんな光景。彼女のこんな姿を見たのはこれが初めてで。すると次の瞬間、僅かに顔を上げた彼女が服の下に身に着けていたであろう何かを取り出す仕草を見せた。その光景を見て赤井はハッと小さく息を飲む。遠目にしか確認できないが、恐らくあれは――。
更なる確信を得ようといよいよ赤井はその場から踏み出そうとした。⋯が、突如後ろから響いた声でその動きは遮られる。
「まさかお前が再び俺の前に姿を現すとは⋯流石に予想できなかったよ」
「彼女に一歩でも近づいてごらんなさい?只じゃ済まないわ」
「どこか遠い異国の地で、とっくに悠々自適な逃亡生活を送っているものだとばかり思っていたがな」
赤井の前に現れたのは全くの別人に変装したベルモット。普段は声も変えているのだろうが、今は本来の彼女の声で喋っている。
「言っておくけど、彼女に尋問しても無駄よ。組織に関する情報は一切持ち合わせていないから」
「お前達と繋がりがあったにもかかわらず何の情報も持たない⋯か。俄かには信じられん話だな」
「エンジェルは特別な存在。ジンが唯一“組織”と“あの方”に対して裏切りを図った証⋯ともいえるかしら」
只ならぬ空気が赤井とベルモットを包んでいた。互いの言動次第で一触即発ともなりかねない。
「信じる信じないは貴方の自由。だけど彼女は本当にアタシ達とは違う、表の世界の人間よ」
「だがジンと深い関係だったことは事実だろう?」
「だからこそ、よ。ジンは万が一自分の身に何か起った際にも彼女だけは絶対に巻き込まないよう考慮していた」
「組織の掟に反してまで⋯か。それほどまでに彼女が奴にとって大切な存在であると?」
「そうよ」
ベルモットが嘘を吐いているようには思えなかった。もしもそれが事実であるなら、仮に『苗字名前』という人物を拘束したところで何の意味もない。FBIが欲しているのは組織が関連している事件の証拠や情報。二人の色恋沙汰など提供して貰ったところで時間の無駄にしかならないのだから。
「フッ⋯いいだろう。お前がそこまで云うのなら、このまま彼女からは手を引こう」
「あら。貴方、案外話の分かる男じゃない」
「代わりといってはなんだが⋯ベルモット。お前には俺と共にアメリカの本部まで同行してもらおうか」
「悪いけど、それはできない相談だわ⋯」
そういうとベルモットは懐からUSBメモリを1つ取り出すと赤井に向ってそれを放った。赤井は動じることなくパシ、と器用に片手で掴んでUSBを受け取る。
「組織に関わっていた海外の顧客データよ」
「ホォー⋯」
「今日のところはそれで手を打って頂戴」
そこでふいにベルモットが名前の方へ視線を向けたのを見て、赤井も反射的にそちらに意識を持っていかれる。二人でやりとりをしている間にどうやら彼女の涙も止まったらしい。良かった⋯と赤井は内心ほっとした。女の涙ほど、見ていて痛々しいものはない。
そうして再び後ろを振り返ったとき、すでにベルモットの姿は消えていた。赤井は僅かに口角を上げてUSBを内ポケットに仕舞うと自身もその場を静かに離れて行った。
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※お題配布元:fynch
2015/3/25