15:華麗なるカレーパーティー

「久しぶりだな」
「赤井さん!お久しぶりです」
「こんな所で会うとは奇遇だな⋯。食材の買い出しか」
「はい。外出したついでに立ち寄ってみたんですけど、このスーパーは初めてで」
「ここは品揃えも豊富で比較的家計に優しい価格帯の店だ」
「そうなんですか?じゃあじっくり見て回らなくちゃ」
「ああ。ところで、今日は一人か?」
「あ⋯いえ、」

言いかけて後ろを振り返ると丁度ジンが店内に入ってくる所であった。この二人はなるべく会わせない方が良いのでは⋯?と名前は咄嗟に考えたがすでに後の祭りである。

「――!赤井秀一⋯」
「久しぶりだな、ジン」

ニヒルな笑みを浮かべる赤井とは対照的に苦々しい表情のジン。

「お前の様な男がスーパーで買い物とはな⋯。くくっ、ジョディにも見せてやりたいくらいだ」
「フン⋯お前にだけは云われたくねぇよ」
「はいはい!お互いご挨拶はその辺にして⋯っ」
「名前、そんな焦った顔をしなくとも大丈夫だ。別に何もしないさ」
「馴れ馴れしく名前の名を口にするな、と何度も言ってるだろうが」
「ジンってば⋯名前くらいでそんな目くじら立てなくても、」
「本人がこう言ってるんだ。何も問題はないんじゃないか?」

ジンの殺人眼力が今にも発動しそうな状況を見て、名前は慌てて別の話題を振った。

「あ、あのっ!えーと⋯赤井さんはどうしてここに?」
「カレーの材料の調達だ」
「カレーですか。美味しそう⋯って、赤井さんお料理できるんですか?!」
「まぁな。少し前に知人に教わった」
「それで自炊を?」
「ああ。おかげで食費は安く上がるし、いい気分転換にもなる」
「すごいですね!あ、実はこう見えてジンも料理上手なんですよー」
「ホォー⋯」
「名前⋯余計な事をいうな」
「だって本当のことだもん」

この意味不明な和気藹々としたやりとりにジンは徐々に頭痛がしてくる。

「唐突ですまない。今夜もし都合が良いなら夕飯を食べに来ないか。口に合うか分からんが、カレーをご馳走しよう」
「え、赤井さんが作ったカレーを?いいんですか⋯?!」
「おい⋯!」

『カレー』『ご馳走しよう』のセリフに釣られて目をキラキラ輝かせている名前。彼女は色気より食い気な性質であることは承知していたつもりだが、まさかここまでとは⋯。ジンの頭痛は更に酷さを増していく。

「赤井⋯どういうつもりだ⋯?」
「今夜はジョディとキャメルにカレーを振る舞うことになっている。良ければ一緒にどうか、と思ってね」
「断る」
「お前じゃない。俺は名前に聞いているんだ」
「名前⋯(分かってるだろうな?)」

赤井さんの作るカレー。
食べてみたい⋯!ぜひとも⋯!!
けれどジンの視線が痛い。それはもう、とてつもなく。
殺人眼力最強モードで絶賛炸裂中。

「(うぅ⋯どうしよう⋯)」
「おいおい⋯。そんな怖い顔で彼女を睨むな」
「五月蠅い。外野は黙ってろ」
「二人きりで食事をする訳じゃないんだ。別に構わんだろう?」
「⋯⋯」
「何ならジン、お前も来ればいい」
「⋯何?」
「そんなに彼女が心配なら同行しろ。俺は一向に構わんが」
「ジン⋯どうしても、ダメ⋯?」

名前の“カレーが食べたい”オーラに気圧されるジン。赤井が単純にカレーを振る舞いたいだけの目的で誘っている訳ではないのは明白だ。これを機に少しでも彼女と距離を縮められれば、とでも思っているに違いない。

⋯が、しかし。

彼女は全くその事に気が付いていない。もしも気付いていたとしたらそれはそれで大問題であるが、今のところ名前が赤井を異性として意識している様子は見られない。今日のところは自分が折れるしかないのか⋯。正直、赤井に挑発されっぱなしというのも気に入らない。

「チッ⋯好きにしろ」
「ほんと?ジンも一緒に行ってくれる?」
「⋯ああ。(お前一人で行かせられるか)」
「やった!じゃあ赤井さんお願いします」
「フッ⋯分かった。場所と時間は後で連絡しよう」
「はい、楽しみにしてます」
「⋯⋯」
「ではまたな」

赤井と別れた後、嬉々としながらスーパーで鼻歌混じりに買い物を楽しむ名前。一方のジンは仏頂面で何気なく陳列棚から手にしたリンゴを危うく握り潰してしまう所であった。


***


上官からの急な呼び出し、という事で結局この日赤井の自宅に現れたのはジョディのみ。名前とジンが訪れることを事前に知らされていなかった彼女は相当驚いた様子で。ダイニングテーブルに出来上がったサラダや取り皿などをせっせと運んでいる名前を横目に見ながら、キッチンに立つ赤井の傍まで歩み寄ったジョディはひそひそと小声で話しかける。

「ちょっとシュウ⋯名前はともかく、どうして彼が?」
「成り行き上、な」
「それにしたって良くここへ来る気になったものね」
「余程名前のことが心配なんだろう。彼女は⋯(自分の事には鈍感というか、無防備というか、)」
「――彼女は?」
「フッ⋯いや、何でもない」


もの珍しい面子で食卓を囲っているせいか、初めは少々ぎこちない雰囲気だったが各々カレーを口に運んだ瞬間空気は一変した。

「このカレー、ものすごく美味しいじゃない!」
「味が本格的過ぎてビックリです⋯!」

市販のルーは使わずにスパイスのみで作ったカレー。香りも最高に良く口に含んだ瞬間から多種類のスパイスが味覚を刺激する。

「ねぇ、ジンも何とか言ったら?」
「⋯⋯悪くはない」
「もう、本当に素直じゃないんだから」
「少なくとも口に合わない訳ではないんだろう?お前のことだ、心底不味いと思えば匙を置く筈だからな」
「さすが赤井さん。ジンの性格良く分かってますね」

図星を指されて居心地が悪いのか、ジンは眉間に皺を寄せて軽く舌打ちをした。

「俺は辛味が強い方が好みなんでね。女性陣には少し刺激が強すぎたかもしれんが、」
「私は辛いの好きなので大丈夫ですよ。ジョディさんは?」
「私も平気。けど、もう少しまろやかなタイプがあってもいいかもしれないわね」
「そうですね!2種類あればその分違った味が楽しめますし」

ジョディと名前のやり取りを聞き、ジンは徐に立ち上がった。そして赤井の方へ視線を向ける。

「おい。味噌は置いてあるか」
「味噌?ああ、それなら冷蔵庫に」
「種類は」
「赤、白の2種類だ」
「なら白を準備しろ」

そう言ってそそくさとキッチンへ向かい、ジンは几帳面に手を洗ってから少し深めの片手鍋を手に取った。寸胴鍋に残っているカレーを掬ってそれに移すとコンロにかける。一方で赤井は冷蔵庫から味噌を取り出してジンに手渡した。ジンは無言で受け取ると移したカレーに少量投入し、味を確認しながら軽く煮立った所で火を止める。

「ホォー⋯。白味噌とは、俺にはなかった発想だな」

感心したように呟いた赤井にジンは軽く鼻を鳴らして答えた。出来上がったカレーを別皿によそうとテーブルまで持って行き、コトリと音を立てて置く。

「味見程度に、メインの合間にでも楽しめ」
「ジンありがと」
「へぇー!ジンも中々やるじゃない」

揃いも揃って、ハイスペックな男達だ。
ジョディと名前は嬉々としながらジンによってアレンジされたカレーを口に運ぶ。

「これも美味しい!赤井さんの味はベースとしてきちんと残ってるのに、まろやかさと甘味がプラスされてる」
「カレーに白味噌なんてどうなのかしら、と思ってたけどこの味なら納得しちゃうわ」

女性陣のテンションが一気に上昇し、ジンは満更でもなさそうに少しだけ口角を上げた。直後再び席を立つと「煙草を吸ってくる、」とバルコニーの方へ行ってしまう。そしてジンと入れ違うようにして赤井が戻ってきた。

「席を離れたついでに食後のフルーツを用意した。済んだら二人で食べるといい」
「今日は至れり尽くせりでとっても幸せです」
「偶にはこうしてお姫様気分を味わうのも悪くないわね」
「ジョディは普段からそれほど料理はしていないだろう?」
「シュウったら!ほんと失礼しちゃうわね」

二人のやりとりに思わずクスクスと笑みをこぼす名前。

「赤井さんも食べてみます?ジンがアレンジしたカレー」
「先程キッチンで頂いたよ。まだ鍋に残っていたんでね」
「お口に合いましたか?」
「ああ。おかげであの男が料理上手だという君の言葉にも納得がいった」
「彼、以前より雰囲気が随分柔らかくなったわね。クールなのは相変わらずだけど」
「そうですか?私的にジンと付き合い始めて以降はずっとあんな感じだったから、よく分かんないです」

名前の答えに赤井とジョディは小さく笑うとまた別の話に花を咲かせた。


食事も終盤に差し掛かり、デザートを食している最中。

「ところで名前、」
「なんですか?赤井さん」
「俺が作った方とジンがアレンジした方。どちらがより好みの味だったか聞かせてくれないか」
「え?」

そこへタイミング良くバルコニーから戻ってきたジン。

「どうした」
「あ、ジン⋯!」
「名前、正直に答えていいぞ」
「えーと⋯、」

ジョディに説明しろ、と無言で目配せするジン。それを受けてジョディは若干言い難そうにしながらもそっと事の成り行きを話して聞かせた。するとジンもニヤリと口角を上げて名前に詰め寄った。

「ほぉー⋯そういう事なら俺にも答えを聞かせて貰おうじゃねえか」
「ジ、ジンまでそんな⋯っ」
「ちょっと二人とも!やめなさいよ、名前が困ってるじゃない」
「「名前、どっちなんだ⋯?」」

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2015/1/23
加除修正:2023/04/27