07:No way!

私の家にあの“黒ずくめの組織のジン”が突如姿を現してから間もなく一週間。元の世界に戻る気配もなく、そろそろシングル布団を一組購入すべきか⋯と悩みながらいつものように帰宅する。
ところがリビングの明かりはついておらず彼の姿も見当たらない。ようやく戻ってくれたかと喜びに浸ったのも束の間。よくよく見れば、初日と同様ソファに横たわる長身。

っていうか、いい加減外から帰ったら靴を脱ぐことを覚えてよ⋯!

若干怒りに震えながらもまずは電気をと間接照明のスイッチを入れる。辺りが眩しすぎない程度のオレンジに包まれ、彼が右腕で目を覆うようにしている様が目に入った。

(珍しく寝入ってる、)

相変わらず起きる気配がないので手近にあったブランケットを手に取り、せめてもとお腹の辺りにさっと掛けてやる。ところがこの動作には流石に気づいたようで。

「⋯帰っていたのか」
「ええ、たった今」
「今何時だ⋯」
「もうすぐ7時です」
「そうか⋯」

言いながら彼は上体を起こしたものの何だかいつもと違って覇気がない気がする。一瞬寝起きだからだろうかとも思ったけれど、どうも様子がおかしい。

「もしかしてジンさん、具合悪いんですか?」
「⋯⋯」
「熱、計ってみましょう」
「俺に構うな⋯放っておけ⋯」
「私お人好しにはなれませんって言いましたけど、そこまで鬼にもなれません」

銀髪の隙間からジロリと睨みを利かせられるも知ったこっちゃない。脇腹の傷の件もあるし、あまりに酷いようなら無理矢理にでも病院に連れて行かねば。

兎にも角にも、まずは熱の計測をと救急箱から体温計を探して来て差し出す。

「俺に構うな、とさっきも言った筈だ⋯」
「一週間近くも人の家に居座っといて何を偉そうなことを。あまりにも駄々を捏ねるようなら救急車呼んで問答無用で病院送りにしますよ」
「⋯チッ、」

真顔で言い放ったのが功を奏したのか、渋々ながら体温計を手に取る。暫くして計測終了の電子音が鳴り響いた。

「39.2℃⋯高熱です」
「フン⋯大したことはねぇ」
「そんな意地を張ってもしょうがないでしょーに」
「⋯⋯」
「とりあえず私のベッド使っていいですから、早く横になって下さい」

そう促せば私の顔をじっと見据えた末、徐に立ち上がると素直にベッドへ足を向けた。

「――でもその前に、」

靴を脱いで下さい、と指示を出す。
至極億劫そうな表情で自身の足元まで視線を落とした後「ああ⋯今気づいた」と言わんばかりに本日二度目の舌打ちをした。


***


「ジンさん、入りますよ」

一応ノックをしてから自室のドアを開ける。

「一先ずタオルと着替え持ってきました。もう一度、身体起こせますか?」

返事を聞きベッドの下に置いてあったクッションを背中に挟んでやり、ついでに着ているワイシャツを脱ぐように促す。さっきまで頑なに放っておけと豪語していたけれど、ベッドで横になることを了承した彼は驚くほど素直でそれだけ身体が辛いのだろうと推察する。

ポットから洗面器にお湯を注ぎタオルを浸してから固く絞り、背中だけ私が拭いていいかと尋ねると、応答はないものの体勢を変えて背中を此方に向けた事で肯定の意だと受け取る。

「髪の毛、前にやってもらえますか」

銀髪を片手で纏める仕草も去ることながら、背中もとても綺麗。体格を見れば男だと分かるけれど肌質とその長い髪だけ見れば女性と見紛うほど。むしろ女の私なんかより余程キレイなんじゃないだろうか。そんな事を思いながらも丁寧に背中を拭っていく。

「熱くないですか?」
「ああ⋯」
「後は自分でお好きなように。今お粥も準備してるので頃合いを見計らってまた声を掛けます。あ、あと上服を完全に着るのは私が来てからにして下さい。消毒してからの方が良いと思うので」

それから宣言通り、頃合いを見計らい再び自室を訪れ消毒に取り掛かる。傷口を覆っているテープを剥がすと生々しい、縫合された傷跡が顔を出す。見れば背中とは違い、前面には至る所に古傷の跡。

「怪我なんて日常茶飯事、な身体ですね⋯」
「フン⋯」
「痛みませんか?」
「痛みはコントロールできる」
「まさか」
「意識から切り離せばいい」
「でも今は熱にやられてるじゃないですか」
「今は任務中じゃねぇだろうが」
「本当にジンさんって“組織の為なら”って人なんですね」
「組織の為=あの方の為だからな⋯」
「あの方の正体って女ですか?それとも男?」
「ククッ、さぁな⋯」

答えてやってもいいが代わりに組織に紛れ込んでいるネズミの情報を吐け、と言われ慌てて拒否する。悪いけど原作の根幹を揺るがしてしまうような言動は一切するつもりはない。

「なんだ⋯“あの方”について知りたくねぇのか」
「そりゃあ知りたいけど、」
「だったら等価交換だ。お前も知っている限りの情報を吐け」

彼は挑発的に笑って私に答えを迫る。

「――スタウト、アクアビット、リースリング」
「ほぅ⋯本当に知っているとはな⋯。だがそいつらはすでに全員始末した」
「(それが判ってたから答えたんだけど)だったら後は知りません」
「キールとバーボンについてはどうだ⋯?何か心当たりがあるんじゃねーのか」
「さぁ⋯?」
「名前⋯」
「はい!この話はここまで。お粥、出来てるけど食べます?」
「⋯⋯今はいらねぇ」
「そうですか」

酷く不満げな視線を適当にかわして「じゃあ、」とその場から立ち去ろうとした所で腕を掴まれ強い力で引っ張られる。咄嗟のことで当然ながら踏ん張ることはできず、ベッドに雪崩込んでしまう。

「何するんですかいきなり⋯!」
「ベッドを俺に譲って⋯今夜は何処に寝るつもりだ」
「何処って、ソファに決まってるじゃないですか」
「見たところこのベッドはダブル仕様のようだが⋯?」
「ええ、リサイクルショップでの掘り出し物です。ベッドは広いに越したことはないので」

新品のシングルベッド同様の値段で手に入れたこのベッド。特に大きな傷等も見当たらず、考えていた予算内でこのサイズが購入できるとあって即決した。

「いつ男ができてもいいように、という訳か」
「はぁ?!違います!」
「ククッ⋯そう吠えるな⋯」

本気でそんな意図はないのに勝手に決めつけられて腹が立つ。

「どう解釈しようがジンさんの勝手ですけど、とにかく離して下さい⋯!」
「このスペースなら二人で寝ても問題無ェ⋯」

名前、今夜もいつも通りお前も此処で休め。
有り得ない提案に一瞬脳内がパニックを起こしてしまったのか、何のリアクションもできぬままポカンと彼の顔を凝視してしまう。するとあろうことか、目の前の銀髪男はそのまま目を瞑るという行動に出た。

「ちょっと⋯!ジンさん?!」
「⋯⋯」
「あからさまに眠ったフリするのやめて下さい⋯!」

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お題配布元:fynch
2016/7/7