08:いいなり。

昨日の突然の高熱は風邪などではなく、どうやら疲労から来たものだったらしい。久し振りにゆっくりベッドで休んだおかげもあってか気分もすこぶる良好。

隣を見れば無防備に眠るこの家の女主。
あの後、本当に戻って来たのかと無意識に口角が上がる。

「ん⋯」

じっとその姿を見つめていると僅かに身じろぎした直後、薄らと開く瞼。

「――⋯おはよう、ございます⋯?」
「まさか本当に潜り込んで来るとはな⋯」
「⋯ジンさんがそうしろと脅したんでしょーに」
「俺は脅した覚えはない」
「ハイハイ。それより体はどうですか?」
「チッ⋯ああ、問題ない」
「それは何より」

ベッドから降りると名前は朝食の準備をしてきます、と言ってリビングに向かった。


***


「まだ本調子でないならジンさんの分はお粥か雑炊にでもしましょうか?」
「いや、同じものでいい」
「ならもうすぐパンが焼けるのでそこのマーガリンでどうぞ」
「⋯バターはないのか」
「ありません」
「⋯⋯」
「あ、マーマレードなら確か冷蔵庫にあったような」

欲しいなら自分で探せと指示を受け、ジンは渋々ながら冷蔵庫を開けて物色する。

「おい⋯」
「ありました?」
「あるにはあったが、賞味期限が半年前だ」
「あー⋯でも未開封だし冷蔵庫に仕舞ってあったんだから多分大丈夫です」
「⋯⋯」
「私マーマレードもジャムも嫌いなんで食べないんですよ」
「だったら何故購入した」
「同僚からのお土産です。流石に捨てちゃうのは気が引けたのでそのまま」
「⋯⋯」
「丁度良かった。ジンさんが食べてくれるなら無駄にならなくて。あ、珈琲はブラックで?」
「⋯⋯ああ」

まさか賞味期限切れの物を食わされる羽目になるとは思いもしなかったが、実質居候の身でこれ以上文句を言うこともできず⋯。念のため確認したが特に匂いや味も問題なさそうだったのでマーガリンよりはマシだ、と冷蔵庫の奥で長い眠りに就かされていたオレンジマーマレードをトーストと共に食した。(これが予想以上に美味な品で驚愕)

「今更だが、今日は休みか」
「ええ。おかげさまで2連休です」
「そうか。⋯ああ、それからもう一つ」

立ち上がって三段ボックスの引出しから通帳を取り出して彼女に差し出す。

「当面の家賃代わりに受取れ。食費・光熱費諸々全て込みだ」
「あ、これって私が貸した通帳⋯」

何気なくペラリとページを捲ると同時に名前は瞠目した。

「これはどういう⋯?!」
「いつまでも“無一文の居候”なんざご免だからな」
「⋯⋯」
「案ずるな。犯罪紛いの事なんざ一切やっちゃいねぇ」
「⋯本当に?」
「ああ」
「だけどこんな短期間にこの額って⋯どう考えても可笑しいし怪し過ぎます」
「フン。お前に説明しても到底理解できねぇだろうよ」
「ジンさんが真面目にコツコツ外でアルバイトなんてする訳ないし⋯投資の類ですか?」
「まぁそんなところだ」

暫し思案した後、名前はそれ以上何も言わず素直に通帳を受け取った。犯罪紛いの汚れたお金でないなら有難く頂戴しておきますと。ところがふと何か思いついたのか、再度通帳を差し出してきた。

「これだけ資金があってお金を稼ぐ目途もついたのならホテル暮らしでもしたらどうです?」
「ククッ、金があるならさっさと出て行け、という訳か⋯」
「別にそんなつもりじゃ、」
「それ以外に何がある?」
「ジンさんだって私なんかと窮屈な共同生活するよりその方が余程気が休まるでしょう?ずっとソファで寝て、大して凝りもしない料理食べて過ごすよりもずっと」
「一理あるが、そいつは出来ねぇ相談だ⋯」
「どうして」
「俺が初めてこの世界に現れたのはこの家だ。だとすると還れる可能性が一番高いのもこの場所だ」
「⋯なるほど」
「お前がどうしても出て行け、というなら他の方法を模索するしかねぇが⋯」
「だからそこまで鬼じゃありませんよ、私だって」

ジンさんの言うことは尤もだと思います、と共感の意を示した名前。よってこのまま共同生活を継続していくことを承諾したも同然である。

「じゃあ早速このお金で布団を一組⋯」
「その必要はない」
「――はい?」
「寝床はお前のベッドがあるだろう」
「でもそれだとまたジンさんがソファで寝ることに、」
「ベッドで休めば問題ないだろうが」
「ジンさんがベッド使ったら私の寝る所がないじゃないですか」
「昨夜と同じスタイルで寝ればいい」
「なっ⋯?!昨夜は緊急事態だったから仕方なくで、」
「大して広くも無い部屋にこれ以上余計な物を増やしてどうする」
「大して広くも無い部屋で悪かったですね⋯!」

next

お題配布元:Cock Ro:bin
2016/7/25