01:近すぎた昨日、遠すぎる明日

イチジの部屋に呼び出され唐突に告げられた。
サンジが生存していた事実と、ある計画のために彼をジェルマへ連れ戻すことが決定されたということを。

上手くすれば今もサンジが何処かで生きているかもしれない⋯いや、生きている筈だという希望をアイラはずっと抱いていた。
レイジュからサンジの葬儀は実は偽りで、ずっと地下牢で監禁されていた彼をどさくさに紛れて逃がした事を教えて貰っていたから。

どこかの街で優しい人達に出会って、幸せに暮らしていますように。
アイラの願いはただそれだけだった。

それなのに、どうして今更⋯。

無意識に思案していれば、目敏いイチジはその様子に気づく。

「意外な反応だな」

その呟きに、アイラはすぐさま我に返る。

「もっと驚愕するかと思ったが」
「もちろん⋯驚いてるわ」

今までずっとイチジを含む他の兄弟達には“サンジは亡くなったと理解している”というていで過ごしてきたのだ。当然ここでボロを出すわけにはいかない。
驚きすぎて逆にリアクションが取れなかったのだ、と暗に示して表面上はあくまで冷静に取り繕う。

「お前はあの“出来損ない”をずっと気に掛けていただろう?」
「⋯子供の頃の話?だったら別にサンジだけに限ったことじゃないわ。むしろ貴方達と過ごした時間の方が多かったくらいよ」
「ああ⋯そうだったな。お前はあの“出来損ない”を痛めつけている時に限って、おれたちの意識を別の方へと上手く誘導していた」

実際、彼女が提案してくる遊びは実に興味をそそるもので。
科学者ならではの『実験』と称した遊びの数々はイチジの知識欲を埋めてくれる上に良い退屈しのぎであった。だから当時アイラがそうしてさりげなくサンジを庇っていたことにも、あえて気付かぬ振りをしてやっていたのだ。

「生前、ソラ様は私に言ったわ。『あの子達をお願いね』って」

ソラは母を早くに亡くしたアイラを我が子のように気に掛けて可愛がった。それはイチジ達を出産し療養している間も変わることはなく、彼女が亡くなった今でもアイラはソラを本当の母親のように思っているし、彼女が残した意思を可能な限り守っていくと自分自身に誓っている。

「だから例え貴方達にとってサンジが出来損ないだろうとそんなことは関係なかった。ソラ様は貴方達全員を大切に想ってたはずだから」
「成程。やはりお前もくだらない感情を持つ脆弱な人間に過ぎない、という訳か⋯」
「⋯⋯」
「だがお前には“価値”がある。ジェルマの科学力を支える重要な頭脳だ。だから父上がお前をおれの婚約者としたことに、特に不満を感じたことはない」

アイラの父親も科学者で、ジャッジが政府の手を逃れこの王国で遺伝子の研究を続けていた時からの良きパートナーだ。そのおかげでアイラも幼少期から王族と同等ともいえる何不自由ない環境で暮らしている。

「今や実の父君をも凌ぐだろうと称されるその頭脳。遺伝子に何の操作を加えず、お前が誕生し成長したのは奇跡といっていいだろう」
「⋯⋯」
「そしてその容姿も⋯ジェルマ王国第一王子の妻として申し分ない」

云いながらゆっくりとイチジはアイラとの距離を詰め、そっと彼女の頬に手をやった。

イチジ自らの意思でこんな風に触れてきた記憶はない。幼少期に一度だけ、溺死しかけていた所を助けてもらったことがある程度だ。

まるで想像もしなかったこの状況に困惑しているアイラの身体は硬直している。

すると次の瞬間。
イチジはアイラの耳元に唇を寄せ、こう囁いた。

「サンジに会いたいか⋯?」

一瞬、何を問われているのか分からなかった。

会いたいか、会いたくないか。
会えるものなら当然会いたいに決まっている。
けれど素直に首を縦に振る事が正解なのか、それとも意に反した答えを紡ぐ方が得策なのか⋯イチジの意図する真意が全く見えず困窮する。

ところがイチジは端からアイラの返答に耳を貸す気はなかったのか。
言葉に詰まる彼女に僅かに口角を持ち上げてから、今度は兵士に命令する時と同じ口調で発した。

「今日から暫くの間、おれの許可がある時以外この部屋から出ることを禁ずる」

今度は突然の軟禁宣言に、アイラは瞠目する。

「その間の兵士のメンテナンスと研究は部下に任せておけ。長期休暇だと思ってゆっくり休むといい」
「⋯つまりは軟禁ってことよね?だったら休暇なんて言葉でごまかさないでちゃんと説明を、」
「口答えは無用だ。―ああ、それと今回の件が片付いたらおれ達も正式に式を挙げる。父上からの命令だ」
「?!」
「どうせ暫くは暇なんだ。侍女達と当日着るドレスの相談でもしていろ」

イチジは彼女のことなどお構いなしに言いたいことを告げるとマントを翻し部屋を出ていく。
アイラは呆然と立ち尽くし、イチジの背中を見送るしかなかった。

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2020/02/09
お題配布元:誰花