海とあなたの物語C

「お⋯気がついたかぃ」

静かに降ってきた声は聴きなれたマルコのもので。反射的に体を起こそうとしたけれど、上手く力が入らない。

「無理するんじゃねェよい」

言いながらマルコはそっと額に手を当てると少しだけ険しい顔つきになる。

「また熱が上がってきたな⋯」
「⋯なんか寒気がするかも」
「なら毛布を持ってきてやるよい。ちなみに食欲は?」
「ん⋯今はあんまり」
「果物なら食えそうかい?」
「まぁ⋯それくらいなら」
「分かった。サッチに頼んでくるから大人しく休んでろよい」

そうして部屋を出て行くマルコを見送り、頭痛と気怠さに負けてまた目を閉じた。


昨夜は一向に弱まる気配を見せない雨の中、イゾウに船まで連れ帰ってもらったあと自力で何とかシャワーを浴びて着替えを済ませた。
本来なら湯船に浸かって冷えた身体を芯から温めたかったのだけれど、早く皆に謝らなきゃと気が急いていたし、疲労感プラス足も痛めていたのでそこまでする気力がなかったのだ。

そんなこんなで気付いたらこの有様。
最後、マルコに足の手当てを頼んで包帯を巻いてもらおうとした辺りから記憶が途切れている。恐らくその時に意識がブラックアウトしたんだと思う。

(っていうか⋯イゾウは大丈夫だったのかな)

ずぶ濡れた上に私を背負ったまま結構な距離を歩かせてしまった。
私よりも遥かに疲労度は大きかったはず。

(まぁでも捻挫したおかげで一応彼と和解(?)できたし、これも怪我の功名ってやつなのかな)

回復したらもう一度イゾウにちゃんとお礼を言おう⋯などとぼんやり考えている内に再び眠りに落ちてしまった。


***


「マルコ!」
「おう、イゾウか。どうしたよい」
「嬢ちゃんの様子はどうだ」

丁度アイラの部屋から出てきたマルコが見えて、イゾウは咄嗟に声を掛けた。
彼女を連れ帰った後、足の手当を受けている最中に意識を失ったと耳にして。結局あれからアイラが床に伏せてしまったので互いに顔を合わせるタイミングがないまま、今日に至っている。

「ほぼ微熱程度で食欲も戻ってきたから、もう心配ないよい」
「―そうか」

心底ホッとした表情を浮かべるイゾウを見て、マルコの口元も自然と緩む。

「お前らのわだかまりも解けたようだし、おれも一安心だよい」
「⋯だと、いいけどな」
「は?違うのか!?」
「とりあえず詫びを入れることはできた」
「なんだよい!なら大丈夫じゃねーか」

嬉しそうにポンっ!と肩を叩いてきたマルコにイゾウも口角を上げて応える。

「なんなら、ちょいと見舞いに行ってみるかい?」

マルコの提案にイゾウは思わず渋い顔をした。
いくらなんでもそれは時期尚早なのではないのか、と。ここで距離感を見誤ればそれこそ元の木阿弥だ。

「アイラもお前にもう一度ちゃんと礼が言いたいってこぼしてたよい」
「――本当か」
「ああ、だから行ってこい!」

マルコに後押しされ、イゾウはこの船に乗船して初めてアイラの部屋の前に立った。
一呼吸おいた後、彼女を驚かせないよう控えめにノックをする。

「どうぞー」

アイラの応答を確認したところでイゾウは静かに部屋の戸を開けた。

「よぉ、嬢ちゃん」
「!?!」

全く予期していなかった見舞い客の登場に、口にしていたサッチ特製のドリンクを危うく吹き出してしまいそうになった。

「調子はどうだい」
「けほっ⋯お、おかげさまで」
「そいつは良かった」
「まさかイゾウが訪ねてきてくれるとは思わなくて吃驚した⋯」
「⋯迷惑だったか?」
「まさか!迷惑な訳ないでしょ。―あ、良ければそこの椅子使って」

イゾウは礼を言ってベッド脇に腰掛けると、初めて訪れた部屋に物珍しさも手伝って無意識に周囲を見渡した。

「嬢ちゃんの部屋は随分設備が充実してるな」
「いいでしょう?薬の調合や保存、その他諸々の作業を一括して出来るようにって父様が配慮してくれたの」

簡易的だがコンロ付きのシンクに冷蔵庫。軽食くらいなら作れてしまえそうな雰囲気。

「完全回復したら、この前のお礼にお茶とお菓子でもご馳走するよ」
「そんなことしたらサッチが拗ねるんじゃないか?あいつは世話焼きだから」
「うん、だからサッチには内緒で」

自分で出来ることは自分で、とメインの食事以外は基本的にこの部屋で自己完結させてしまうから『遠慮せずにもっと頼ってくれよ』とサッチはいつも嘆いている。

「それはそうと⋯本当にあの時はありがと。お世話になりました」
「どういたしまして」
「? 何で急にニヤついてるの」
「いやね、あんなに意地張ってた嬢ちゃんがこうも素直になるもんなのかと思って」

そう口にするや否や、イゾウはとうとう堪えきれなくなったのか肩を震わせながら笑い始めた。

「笑ってるけど意地っ張りなのはむしろイゾウの方でしょ?しかも“嬢ちゃん”呼び、全然直ってないし!」
「―あァそれな。マルコに聞いたぜ、嬢ちゃんはおれより3つも年上なんだって?」
「そうそれ!」
「⋯⋯」
「⋯⋯何よ。人の顔ジロジロ見て」

今改めて見ても、年上には見えない。
ギリギリで同い年が良いところ。逆に3つ年下だ、と言われた方が違和感は無いに等しい。

「くくっ⋯悪いが当分の間は“嬢ちゃん”でいかせてもらう」
「はぁ?!ちょっとそれ、どういう意味よ」
「んん?そのまんま、言葉の通りさ」

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