海とあなたの物語D

「世界から見ると“ワノ国”はこんなに小さい。お前はどこで生まれた?トキ!」
「わからない。両親の故郷が“ワノ国”という事しか。だから私には“ワノ国”しか目指す場所がないの」
「⋯⋯」

トキの返答に、おでんは一瞬だけ沈黙する。

「おそらくこの船は当分“ワノ国”へは行かねえ。不運だったな」
「いいの!あなたと居ると目的地に着いた様な気持ちになるから」
「ん??なぜだろうな」
「うふふ♡なぜかしらね♡」

<<ぽっ♡>>

おでんとトキのやり取りを物陰からこっそり盗み見ていたマルコ達はその甘さを含んだ空気に思わず頬を染めて。その時、ネコマムシがタイミング悪く「おい。おでん様はどこに」などと言いながら近づいてきたものだから皆は慌てふためく。

「行くなヤボ猫!!」

モビーディック号に、春到来の予感。
海賊船に乗船していてまさかこんな光景を目にする日がやって来ようとは。

“二人が上手くいきますように”と心内でひっそり願いながら静かにその場を離れた。


***


夜が更けてからの見張り台。
此処は私が特に気に入っている場所の一つで。

昼間とは正反対のシンと静まり返った空気の中、目の前に広がる海と満天の星空を堪能できるのは見張り当番の時にしか味わえない貴重な瞬間。

そんな中。
ギシリ⋯ギシリ⋯と静寂を揺るがす音。

振り向くとほぼ同時に、ひょっこりとイゾウの顔が現れる。

「もしかして交代の時間?」
「あぁそうだ」

イゾウは見張り台に足を踏み入れながら肯定した。

「私まだ全然眠くないし、折角ここまで来てもらってなんだけど。明朝まで私がこのまま見張りについてるから今夜は休んでいいよ」
「そういう訳にもいかねェだろうよ。眠くなくても、嬢ちゃんは部屋に戻って休みな」

言いながらドカリと腰を下ろすイゾウ。
どうやら、テコでも動く気はないらしい。

「そもそもこんな夜更けに女が見張り番請け負ってるってのもどうなんだって話だろう」
「うわ、イゾウもみんなと同じこと言うの?」
「そう考えるのが普通ってことさ」
「だってこの時間に此処に居るの好きだし。それに“女だから”って理由で色々甘やかされるのは⋯ちょっと嫌だから」
「くっ⋯嬢ちゃんらしいな」
「それはどーも」
「馬鹿、褒めたんじゃねェよ」

その後は渋るイゾウに“眠くなるまで”という条件付きでこの場に留まることを許して貰って。決して広くはない見張り台の上で私とイゾウは世間話を続けた。

「そういえばおでんさんとトキさん、なんか良い雰囲気じゃない?」
「⋯それで昼間、マルコ達がニヤつきながら騒いでたのか」
「トキさんに嫉妬しちゃ駄目だよ」
「嫉妬?」
「だっておでんさんはイゾウにとって大切な主君でしょ。トキさんに取られたら寂しくなるんじゃないの」
「おれにとってはむしろ逆だ。おでん様が所帯を持ち、子が生まれれば光月家の将来も安泰。こんな喜ばしいことはないさ」

やけに説得力のあるイゾウの返答に相槌を打とうとした瞬間。

くしゅん!!

少し前から薄ら寒さを感じ始めていたせいか唐突にくしゃみが出た。
すれば案の定、イゾウはすぐさま部屋に戻るよう忠告してくる。

「だから大丈夫だってば」
「いいから早く戻れ」
「“眠くなるまで”って約束だったじゃない。私まだ眠くない」
「ハァ⋯まったく嬢ちゃんは⋯」

呆れたように溜息を吐きながら、イゾウは仕方なさ気に見張り台に常備してある毛布に手を伸ばした。

「―ほら、寒けりゃこいつを羽織ってな」
「イゾウが使いなよ。強引に居座ってるのは私の方なんだから」
「⋯⋯」
「⋯⋯」

両者、譲らず。

⋯が、以前と同様先に折れたのはイゾウの方で。
先程よりも更に深い溜息を吐いた彼は毛布を広げて自身の肩に羽織る。

素直でよろしい!と内心満足気にしていれば。
次の瞬間、イゾウは自身の胸元辺りを指しながら「此処へ来い」と宣言した。

「!!?」
「毛布はこの一枚だけだ。誰かさんが部屋には戻らないと駄々をこねるから、こうするしかないだろ」

確かにイゾウの言動は理にかなっている。
かといえ、流石にこの提案に従うのは⋯。

今回ばかりは私が折れるしかないかも、と妥協し始めた矢先のことだった。

どうやら痺れを切らしたらしいイゾウが強引に私を引き寄せ、足の間に収めるとそのまますっぽり毛布ごと身体を包み込んだ。

「これなら二人とも寒くねェだろう?」
「ぅあッ」

図らずも突然耳元で響いた低い声に背筋がゾクリとして、反射的に妙な声を上げてしまう。

「ふっ⋯嬢ちゃん、耳が弱いのか?」
「う、煩いな。からかわないでよ」

尚もくつくつと笑い続けるイゾウに仕返しの意味も込め、些か強めに彼の腹目掛けて肘を引いた。

「ぅぐっ⋯!?」
「さっきのお返し」

後ろを向いてベッと舌を出せば。
イゾウはやや口角を引きつらせながら私を見下ろした後、最終的に諦めの境地に達したのか「やれやれ⋯」と愚痴をこぼしつつも風邪を引かぬようにとずり落ちた毛布を再度引き上げた。

「―もしかしてイゾウって、意外とタラシ?」
「? 誑し?」
「いつもこんな調子で女の子口説いたりしてるのかなぁ⋯と」
「おれはおでん様に仕える身だぞ。女にうつつ抜かしてる暇なんざありゃしねェさ」
「⋯イゾウが“おでんさん命”だってことが改めて良く分かったよ」
「まァそういうことだ」


***


「おーいイゾウ!交代の時間だよ⋯ぃ?」

片目を瞑りながら唇に人差し指を当てて「静かに」のポーズを向けるイゾウ。
その懐には毛布と共に包まれたアイラの姿。

「眠くなったら部屋に戻るという約束だったんだがな」

気付いたらいつの間にか寝息を立てていた、とイゾウは言った。

「へェ〜⋯珍しいこともあるもんだな。アイラが人前で熟睡してるとこなんて初めて見たよい」
「!――そうなのか」
「ああ。大体こいつが見張り番の時は明け方まで誰も寄せ付けねェんだよい。お前よく追い返されなかったな」
「追い返されたが、おれが見張る時間だと言い張った」
「ははっ!そいつは傑作だ」

他の船員ならば大人しく引き下がったであろう場面でイゾウはそうしなかった。良くも悪くも、彼はこの船に来てまだ日が浅くアイラのちょっとした我儘とも云えるルーティンを把握していなかった事が上手く作用した形だ。

「マルコ、悪いが先に嬢ちゃんを部屋まで運んでやってくれねェか」
「おう。もちろんだよい」

なるべく起こさないようにと配慮しながらそっとアイラをマルコに預ける。

「ご苦労さん。アイラを送り届けたらすぐ戻ってくるよい」
「ああ。そう慌てなくても構わねェさ」

アイラを抱きかかえたまま降下していくマルコを見送り、ずっと同じ姿勢でいたせいでガチガチに凝り固まった体を解すべくイゾウは大きく伸びをした。

「また少し、冷えてきたなァ⋯」

先程まで内側にあった温もりを僅かに恋しく思いながら、イゾウはもうじき夜明けを迎える空を見上げて独りごちた。

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