海とあなたの物語E

とある無人島に停泊したモビーディック号。
日中は島を探索しながら食料を調達したり船の修繕をしたりとクルーは各々働いていたが、夕暮れ時にはすでに宴が始まっていた。

この日、イゾウは初めて持ち芸の一つである射的を皆の前でやってみせた。ただの余興だと軽い気持ちで披露したが百発百中のその腕前に思いのほか場は大盛り上がりし、最後はビスタと“己の武器と戦い方”について語り合うまでに至ってしまった。

ビスタとの談義が一段落してイゾウは水を飲むためキッチンへ向かう。するとそこにはサッチがいて、上機嫌に盛り付け作業をしている最中だった。

「お、イゾウか。どうした?」
「水を一杯貰ってもいいか」
「もちろんだ。そこに置いてあるグラスならどれでも好きなの使っていいぜ」

サッチの指示通りグラスを一つ取って蛇口を捻る。
注いだ水を含みながら、チラリとサッチの方を見遣ると最後の仕上げとばかりにチーズをクラッカーの上に乗せていた。

「酒も食い物ももう十分揃ってンのにまだ何か作ってるのか」
「あ〜⋯これはアイラの分だ」
「嬢ちゃんの?」

アイラはいつも宴の際は乾杯の後、自身の腹が粗方満たされるといつの間にか皆の輪から外れて見張り台で一人静かに過ごしているのだという。

「アイラはな、マイペースそうに見えても実は結構周りに気ィ遣ってたりするんだよ。どうしたって男所帯には変わりないしな」

イゾウは黙って話に耳を傾けながら、サッチが手際よく出来上がった品と酒を手頃なバスケットに入れていくのをじっと見つめている。

「―これでヨシっと。イゾウ、悪ィが向こうに戻るならコイツをマルコに預けてくれねェか」
「マルコに?」
「マルコなら見張り台まで一瞬だろ?」

サッチの言葉に成程⋯と納得しつつも手渡されたバスケットを凝視して一時思案した後、徐に口を開く。

「嬢ちゃんに渡せば別にマルコじゃなくてもいいんだろ」
「? ああ、そりゃ構わねーけど」
「折角盛り上がってんのに水を差すのもなんだ、戻りついでにおれが届けてやる」
「そうか?じゃあ頼んだぜ。⋯あ、くれぐれも長居するなよ?アイラの機嫌を損ねる前に退散しろ」

サッチのアドバイスに片手を挙げて応えてからイゾウはキッチンを後にした。


***


(もう空になっちゃったかー)

持参した葡萄酒が底を尽き、下に降りて酒を追加するか否か思案する。

(でもサッチが気を利かせて何かしら用意してくれてたりするかもだし⋯)

普段のサッチ&マルコの動きを予想してもう少し待ってみようか、と結論付けた直後だった。背後から縄梯子が軋む音が聞こえて誰かが見張り台に上がってきていることを察知し、じっと凝視していれば案の定。

「サッチから預かってきた。嬢ちゃんへ差し入れだとさ」
「丁度持ってきたお酒が無くなった所だったの。ありがとう」

今日はマルコじゃないんだ、と思いつつ受け取ったバスケットの中身を確かめる。すると中には先程まで口にしていた葡萄酒と手軽に食べられそうなツマミが数種入っていて思わず口元が緩んだ。一方のイゾウもそんなアイラの表情を微笑ましく眺めた後にさりげなく歩みを進め、その場に腰を下ろした。

「え、ちょっと⋯イゾウ何やってるの?」
「ン?此処でちょっくら酔いを醒ましていく」
「⋯⋯」
「くくっ⋯サッチの言った通りだな」
「?」
「そいつを渡し終えたら、嬢ちゃんの機嫌を損ねる前に退散しろって助言されてな」
「〜〜〜分かってるなら早く戻れば?」
「嬢ちゃんには悪いが、おれは酔い醒ましも兼ねて此処へ来た」
「はぁ?!」
「この場所は嬢ちゃん専用って訳でもねェだろう?」

イゾウの言い分は正しい。
見張り台はこの船に乗っているクルー達全員に使用する権利がある。

「⋯⋯イゾウ面倒くさい」
「そいつは悪かったなァ」
「それ、悪いと思ってる人の顔じゃない」

全然悪びれる様子もこの場から立ち去る素振りも見せないイゾウに深い溜息を吐きつつ、渋々ながらアイラはこの状況を受け入れる外なかった。先日の見張り番の際、うっかり彼の懐で眠ってしまったことも未だ自分の中で消化しきれず気恥ずかしさが残ったままなのでイゾウと二人きりになるのは極力避けたいと思っていたのに⋯。

そんなアイラの胸中を知ってか知らずか。
イゾウは全く意に介しておらず、片膝を立て頬杖をついた格好で水平線を真っ直ぐに見つめていた。時折吹き抜けていく風が一筋垂らした前髪を悪戯に揺らしていく。

(うわ⋯改めて近くで見るとそこらの女より数十倍は色気あるかも)

何気なく横に視線をやれば、イゾウはどこか憂いを帯びたような表情をしていて。慕う主君の為とはいえ慣れない船上生活や習慣に彼も疲弊しているのかもしれないし、何か悩みがあったりするのかもしれない。そう考えればこれ以上不機嫌を垂れ流すのも大人げないか⋯と自分を納得させることができた。

「さっき余興でやってた射的、凄かったね」
「なんだ、嬢ちゃんも見てたのか」
「まぁね。イゾウの腕前がどんなものか興味もあったし」
「言ってくれるじゃねェか」

言いながらも、イゾウは満更でもない様子。

「ガキの頃は弟と二人で芸をしながら日銭を稼ぐ毎日で、碌に飯にもありつけずそりゃあ苦労したもんさ」
「それは大変⋯って、イゾウ弟がいるの?!」
「あァ」
「あ〜どうりで。意外と世話焼き体質なんだなーって思ってたけど、お兄ちゃんだからか」
「“意外と”ってのは余計だ」
「タラシなんて言って悪かったなって意味なのに」

イゾウの弟なら、さぞかしキレイな顔立ちをしているんだろうと勝手に想像してみる。

「ハァ⋯」

そんな中ふいに零れたイゾウの溜息。
先程までの、弟の話をしていた時とは打って変わり再び浮かない表情に戻っていた。

「どうしたの。何か心配事?」
「いや⋯そういう訳じゃねェんだが」
「???」
「余興をやってみせた後に⋯ビスタに言われたんだ。『大事なモンを守るなら、得意技で守ろうぜ!!』ってな」
「それってつまり、刀じゃなくて銃を武器に戦ったらどうかって話?」
「まァな⋯簡単に云えばそういうこった」
「ビスタにそう言われてイゾウはどう思ったの?」
「侍にとって刀は“魂”だ。理屈は頭で理解できても、そう簡単に捨てられるもんじゃねェのさ」
「ふーん。だけど刀だろうが銃だろうが、守りたいものの為に自分の出来る限りを尽くす事こそが“侍の生き方”なんじゃないの」

アイラの言葉に、イゾウは瞠目する。

「私だって大まかに云えば医者の端くれだよ。だけど私は外科的に人を治療することよりも薬を調合したり、心に深い傷が出来てしまった人の話をじっくり聞いてあげたりする方が向いてるの。客観的に見れば助かりそうもない大怪我した患者を手当てして治してあげる方が何倍もかっこいいし、出来る医者だって思えるでしょ?だけど私はそういう⋯取るに足らない見栄やプライドは捨てることにしたの。自分の一番得意な分野で、この船に⋯父様や仲間の為に最善を尽くして貢献できたらって思ってる」

一本筋の通った、凛とした声でそう宣言したアイラの横顔がやけに大人びて見えて。それと同時にイゾウの中で新たな決意が芽生え始めていた。

「――そうだな。アイラの言う通り、守るべきものの為には取るに足らない見栄やプライドは捨てちまった方がいいのかもしれねェ⋯」

イゾウはふっと表情を緩めるとアイラの頭をぽんと軽く叩いてみせた。

「私も偉そうなこと言えた義理じゃないけど⋯って、今私のこと名前で呼ばなかった?!」
「⋯⋯嬢ちゃんの聞き間違いだろ」
「絶対聞き間違いなんかじゃない⋯!」

それから暫くの間、賑やかな宴の声に混じって二人の愉しげな声が見張り台から響いていた。

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