海とあなたの物語F
「嬢ちゃん、そこはもう少し⋯」
「え?―痛ッ」
「ハァ⋯その調子じゃあいくら時間があっても足りねェよ」
こっちに寄越しな、とイゾウはアイラから白い布地と縫針を受取ると慣れた手つきで針を通していく。
「イゾウは良い奥さんになれそう」
「(ギロッ)」
「そんな睨まなくても⋯。だって化粧映えした美人さんのこんな姿見せつけられたら、ねぇ?」
「おれは“女形”であって“女”じゃねェ」
「だからモノの例えでしょ」
アイラの返答にフン、とイゾウは鼻を鳴らすと再び手を動かし始める。
手早いのにその動きは繊細かつ丁寧。
この調子なら当初の予定よりもずっと早く完成するかもしれない。
「もうこうなったらイゾウからの贈り物ってことにした方が良くない?」
「何言ってんだ。こいつを思いついたのは嬢ちゃんだろ」
「だけど結局作ってるのはイゾウだし」
「まさか嬢ちゃんがここまで不器用だとはおれも予想外だった」
「⋯⋯(怒)」
「薬の調合はお手のもんだってのになァ?」
「調合と裁縫は別物!」
「あ〜分かった分かった。分かったからそう鼻息荒くすんじゃねェよ」
最後は幼子を宥めるように軽くあしらわれて少々ムッとしたが、手伝って貰っている手前ここは大人しく引き下がることにする。
「おでんさんとトキさん、本当に夫婦になっちゃうとはねー」
「ワノ国に居る仲間達にも早く知らせてやりてェよ」
「国に帰ったら仲間内でもう一度盛大にお祝いすればいいんじゃない?」
「それはそれでまた大騒動になりそうだ⋯」
イゾウはその場面を想像して額に手をやる素振りを見せつつも、その表情は緩んでいる。
「その時は嬢ちゃん達も強制参加だから覚悟しとけよ」
「私達も?」
「おでん様のことだ。盛大な宴を開こうって時にこの船の連中をそのまま素直に海へ帰すと思うか?」
「⋯確かに」
イゾウとアイラは互いに笑い合う。
「じゃあその時にイゾウの弟にも会えるかな」
「あいつは人懐こいから嬢ちゃんともすぐ打ち解けるさ。他にも⋯」
その後もイゾウの故郷話は止まることなく、肝心の縫製作業はすっかり滞ってしまった。
***
おでんとトキの祝言を兼ねた盛大な宴。
流石のアイラも今夜は途中見張り台に行くようなことはせず、適度な距離感は保ちつつも酒盛りを楽しんでいる。
余興を終え、酒を手にして適当に仲間の間を闊歩していたイゾウはふとアイラの姿が目に留まり其方へと歩みを進めた。
「嬢ちゃんが此処に留まってるなんざ珍しいな」
「私だってこんな特別な夜に野暮な真似はしないわよ」
二人は口角を上げ、手にしていた杯を静かに合わせる。
「トキさん、とっても幸せそう。着物もよく似合ってて凄くキレイ」
「おれが手を貸したことは黙ってろっつったのに⋯余計なこと口走ったな?」
「だって本当のことだし」
宴が始まる前、イゾウはトキとおでんから感謝の意を述べられてアイラが馬鹿正直に着物の件を二人に話してしまったことを悟った。
「嬢ちゃん一人の手柄にしてくれて構わねェって言っただろ」
「そういうの、なんか気持ち悪くて嫌」
その場凌ぎに見栄を張った所でいつかはボロが出る。そうなった時、余計に恥をかく羽目になるからと言ったアイラにイゾウは感心する。
「見掛けに寄らず嬢ちゃんは時々妙に大人びてンな⋯」
「それどういう意味?っていうか、何度も言うけど私イゾウより年上だから」
「あァ⋯そういやそうだったな」
思い出したようにカラカラと笑うイゾウをジト目で一睨みする。
「折角の祝いの席だ、そう怖ェ顔するんじゃねーよ」
「一体誰の所為よ!誰の!」
「おいおい、めでたい席で喧嘩はやめとけよ?」
偶々近くを通りかかったサッチは二人のやり取りを聞きつけて声を掛けた。
「大丈夫だサッチ。ちょいと嬢ちゃんを揶揄って遊んでただけだ」
「なんだ、そうなのか(笑)」
「そうなのか(笑)じゃないでしょ⋯!」
「まァ落ち着けって。―そうだ、チョコレート食うか?」
サッチはエプロンのポケットから個包装された一口サイズのチョコをいくつか取り出すと、アイラの機嫌を伺うようにそれを差し出した。
もうここまで来ると反論するのも馬鹿馬鹿しくなってくるが、なんだかサッチにまで子供扱いされてるような気がしてモヤモヤは蓄積する一方。
アイラはチョコには目もくれず半ば自棄気味に残っていた酒を一気に煽った。空になったジョッキを乱暴に床に置くと唐突に立ち上がり、そっぽを向いて歩きだす。
「おいアイラ、何処行くんだ?」
「⋯ちょっとトイレ」
「嬢ちゃん一人で大丈夫か?」
「大丈夫に決まってる!」
思いの外しっかりとした足取りで場を離れていくアイラの後姿に、サッチとイゾウは顔を見合わせて小さく笑った。
「こりゃ完全にオヒメサマはご立腹だな」
「どうやらそうらしい」
「あいつの反応が面白ェって気持ちは判るがあんま苛めてやるなよ?おれにとっちゃアイラは大事な妹分だからな」
「あぁ、心得ておく」
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「え?―痛ッ」
「ハァ⋯その調子じゃあいくら時間があっても足りねェよ」
こっちに寄越しな、とイゾウはアイラから白い布地と縫針を受取ると慣れた手つきで針を通していく。
「イゾウは良い奥さんになれそう」
「(ギロッ)」
「そんな睨まなくても⋯。だって化粧映えした美人さんのこんな姿見せつけられたら、ねぇ?」
「おれは“女形”であって“女”じゃねェ」
「だからモノの例えでしょ」
アイラの返答にフン、とイゾウは鼻を鳴らすと再び手を動かし始める。
手早いのにその動きは繊細かつ丁寧。
この調子なら当初の予定よりもずっと早く完成するかもしれない。
「もうこうなったらイゾウからの贈り物ってことにした方が良くない?」
「何言ってんだ。こいつを思いついたのは嬢ちゃんだろ」
「だけど結局作ってるのはイゾウだし」
「まさか嬢ちゃんがここまで不器用だとはおれも予想外だった」
「⋯⋯(怒)」
「薬の調合はお手のもんだってのになァ?」
「調合と裁縫は別物!」
「あ〜分かった分かった。分かったからそう鼻息荒くすんじゃねェよ」
最後は幼子を宥めるように軽くあしらわれて少々ムッとしたが、手伝って貰っている手前ここは大人しく引き下がることにする。
「おでんさんとトキさん、本当に夫婦になっちゃうとはねー」
「ワノ国に居る仲間達にも早く知らせてやりてェよ」
「国に帰ったら仲間内でもう一度盛大にお祝いすればいいんじゃない?」
「それはそれでまた大騒動になりそうだ⋯」
イゾウはその場面を想像して額に手をやる素振りを見せつつも、その表情は緩んでいる。
「その時は嬢ちゃん達も強制参加だから覚悟しとけよ」
「私達も?」
「おでん様のことだ。盛大な宴を開こうって時にこの船の連中をそのまま素直に海へ帰すと思うか?」
「⋯確かに」
イゾウとアイラは互いに笑い合う。
「じゃあその時にイゾウの弟にも会えるかな」
「あいつは人懐こいから嬢ちゃんともすぐ打ち解けるさ。他にも⋯」
その後もイゾウの故郷話は止まることなく、肝心の縫製作業はすっかり滞ってしまった。
***
おでんとトキの祝言を兼ねた盛大な宴。
流石のアイラも今夜は途中見張り台に行くようなことはせず、適度な距離感は保ちつつも酒盛りを楽しんでいる。
余興を終え、酒を手にして適当に仲間の間を闊歩していたイゾウはふとアイラの姿が目に留まり其方へと歩みを進めた。
「嬢ちゃんが此処に留まってるなんざ珍しいな」
「私だってこんな特別な夜に野暮な真似はしないわよ」
二人は口角を上げ、手にしていた杯を静かに合わせる。
「トキさん、とっても幸せそう。着物もよく似合ってて凄くキレイ」
「おれが手を貸したことは黙ってろっつったのに⋯余計なこと口走ったな?」
「だって本当のことだし」
宴が始まる前、イゾウはトキとおでんから感謝の意を述べられてアイラが馬鹿正直に着物の件を二人に話してしまったことを悟った。
「嬢ちゃん一人の手柄にしてくれて構わねェって言っただろ」
「そういうの、なんか気持ち悪くて嫌」
その場凌ぎに見栄を張った所でいつかはボロが出る。そうなった時、余計に恥をかく羽目になるからと言ったアイラにイゾウは感心する。
「見掛けに寄らず嬢ちゃんは時々妙に大人びてンな⋯」
「それどういう意味?っていうか、何度も言うけど私イゾウより年上だから」
「あァ⋯そういやそうだったな」
思い出したようにカラカラと笑うイゾウをジト目で一睨みする。
「折角の祝いの席だ、そう怖ェ顔するんじゃねーよ」
「一体誰の所為よ!誰の!」
「おいおい、めでたい席で喧嘩はやめとけよ?」
偶々近くを通りかかったサッチは二人のやり取りを聞きつけて声を掛けた。
「大丈夫だサッチ。ちょいと嬢ちゃんを揶揄って遊んでただけだ」
「なんだ、そうなのか(笑)」
「そうなのか(笑)じゃないでしょ⋯!」
「まァ落ち着けって。―そうだ、チョコレート食うか?」
サッチはエプロンのポケットから個包装された一口サイズのチョコをいくつか取り出すと、アイラの機嫌を伺うようにそれを差し出した。
もうここまで来ると反論するのも馬鹿馬鹿しくなってくるが、なんだかサッチにまで子供扱いされてるような気がしてモヤモヤは蓄積する一方。
アイラはチョコには目もくれず半ば自棄気味に残っていた酒を一気に煽った。空になったジョッキを乱暴に床に置くと唐突に立ち上がり、そっぽを向いて歩きだす。
「おいアイラ、何処行くんだ?」
「⋯ちょっとトイレ」
「嬢ちゃん一人で大丈夫か?」
「大丈夫に決まってる!」
思いの外しっかりとした足取りで場を離れていくアイラの後姿に、サッチとイゾウは顔を見合わせて小さく笑った。
「こりゃ完全にオヒメサマはご立腹だな」
「どうやらそうらしい」
「あいつの反応が面白ェって気持ちは判るがあんま苛めてやるなよ?おれにとっちゃアイラは大事な妹分だからな」
「あぁ、心得ておく」
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