海とあなたの物語H

「何も予定がないなら一緒に街へ降りてみないか」

例の射撃訓練事件から以降、イゾウが何かと声を掛けてくることが増えていた。この船に残ると決断したのはイゾウ自身だけれど、以前に増して近頃やたら絡んでくるのはおでんさん達が側に居ない現実に無意識に寂しさを感じているせいだろうとずっと思っていたので、昨夜何気なくそれを口にしたところ全く予想もしなかった答えがさらりと返ってきて。

イゾウの言う『好き』が家族愛でなく、恋愛感情を含んだものであると理解すると同時にどうリアクションすれば良いのか分からず半ば放心状態。イゾウは深く溜息を吐いた後、鈍いにも程があるだの何だのと一通り悪態をついたかと思えば、最後は人の髪を乱暴にガシガシと掻き混ぜてから「兎に角おれの気持ちはそういうことだ」と穏やかに言い残し自室に戻っていったのだった。

(昨日の今日でどことなく気まずいとか、そういうのは無いんだ⋯?)

あまりにも普段通り過ぎて内心そんなことを考えていると、イゾウはイゾウで何かを察したらしい。

「嬢ちゃんはおれと二人で出掛けんのは、もう嫌なのか?」
「そんなことはない、けど⋯」
「この島は武器屋が充実してるらしい。射撃もそれなりに上達してきたし、護身用に嬢ちゃんにぴったりな銃を選んでやるよ」

昨夜の告白(?)は夢だったんじゃないかと思えるほど自然な態度で接してくる彼に、変に意識してしまう自分の方がおかしいのかと徐々に思い始めて。

嫌じゃ無ェならさっさと来い、とイゾウに急かされ気づけば船を後にしていた。


***


実際街に足を踏み入れると武器屋だけでなく他にも沢山の店があり街自体に活気が溢れている。中心部に近づくと人通りも多くなりはじめ、途中向かいから歩いてきた相手とすれ違いざまにぶつかりそうになった所でぐいっと腕を引かれた。

「余所見しながら歩いてる輩が多いんだ。気を付けな」
「あ、ありがと」

イゾウに礼を言って再び前を向いて歩き出す――が、一旦解放された腕が今度は手繋ぎ状態に。

「ちょっと⋯イゾウ」
「ん?」
「これ」

足を止め、繋がれた手に目配せして暗に言いたいことを告げる。

「またぶつかって怪我でもされちゃ困るからな。それとあれだ、迷子防止」
「迷子になんてならないし!」

子供扱いも大概にしてよ、と咄嗟に手を離そうとしたけれどそれ以上の力で阻止されて。
急にからかいの表情を引っ込め、おれとこうしてんのは嫌か?と真面目な顔つきで問われると怒りのボルテージも急降下する。

というかこのやり取り、なんかデジャヴ⋯。

「⋯別に嫌ってわけじゃないけど」
「そうか。それを聞いて安心した」
「いやだから⋯!安心するしないの問題じゃなくてね⋯!?」
「好いた女とこうやって街を歩くのも、悪くねェな」

彼が何事もなかったように振る舞ってくれるなら私も、とようやく普段通りの空気に落ち着いてきた矢先。イゾウがぽつりと漏らした爆弾発言に一気に心臓の鼓動が跳ね上がる。動揺を隠せていないことは重々承知しているけれどイゾウはそれ以上何か言ってくる訳でもなく、やたら上機嫌で正面を向いて歩き始めたので結局繋いだ手はそのままに流れに身を委ねてしまった。


そうこうしている間に目的地に到着し、そこからは沢山の種類の中から私に合いそうな物をイゾウは真剣に選んでくれて最終的に候補は二つまでに絞り込まれた。店主も凄く気の良い人で、納得いくまで何度でも手にしてみていいからと言ってくれたので遠慮なく交互に持ち替えては握った感覚と感触を確かめる。

「―決めた。こっちのコルトにする」
「ああ、いいんじゃねェか」
「本当に助かったよ。銃の知識なんて皆無だし、自分一人じゃ絶対選びきれなかったから」
「お安い御用さ」

言うが早いか、イゾウはアイラが選んだ銃とホルスターを持って会計カウンターへ。そのまま懐から財布を出そうとしている様子を見て慌てて止めに入る。

「イゾウいいって!ちゃんと自分で払うから」
「おれが誘って連れてきたんだから余計な気遣いは無用だ」
「だけど」
「ここまで来て嬢ちゃんはおれに恥をかかせるつもりか?」

今後自分が使用する物なのだから自分で、と思って食い下がっていたけれどイゾウの一言で我に返る。これ以上の押し問答は店主にも迷惑が掛かるだろうし、イゾウにも男の立場というものがあるのだろうと大人しく引き下がり素直に礼を述べた。すればイゾウも口角を上げ、ぽんぽんと優しく頭を撫でつけてくる。

イゾウの本心を知ったせいか、その行為自体に深い意味はないと判ってはいても何だか気恥ずかしさを感じてしまい⋯外で待っていることを告げて一足先に店を出た。

「お二人さん仲が良いねぇ。恋人同士かい?」

アイラが店外に出た後、カウンター越しに二人のやり取りを見ていた店主が問うた。

「残念ながらハズレ、だ」

苦笑しつつも気分を害した訳ではない様子でイゾウは答える。

「ずっと家族・仲間として過ごしてきたせいか⋯ちぃとばかりややこしいんだ、色々と」
「そうなのかい?――まぁ何はともあれ、俺の目にはとても似合いの二人に見えたよ」

言いながら差し出された包みをイゾウはふっと柔らかく笑んで受け取る。世辞ではない店主のその言葉が、純粋に嬉しかった。


***


行きとは違い人も疎らになった帰り道。
イゾウはいつもの片腕を懐に突っ込んだ格好で、アイラは銃の入った包みを胸の前で抱えるようにしながら二人並んで歩いている。

この無言状態にやや居心地の悪さを感じてチラリと隣に居るイゾウの表情を伺う。すれば此方の視線に気づいた彼とすぐに目が合った。

「如何した?」
「え、いや⋯別に?」
「そうかい」
「うん、そう」

そう言って、どちらからともなくクスクスと笑い合う。

そうだ。
いつものこの空気感が心地良い。

だから⋯。

「――あのね、イゾウ。私は⋯」

言いかけるとそれを遮るようにイゾウが被せ気味に声を発した。

「確か嬢ちゃんの理想は『年上』で、」
「⋯っ?!」
「『周りに気配りが出来て面倒見が良くて良識がある人』だったか。見た目は⋯なんつってたか⋯?」

記憶を辿るようにうーんと首を傾げた後、イゾウは突如アイラの顔を覗きこむ様な形で見遣った。

「うゎっ?!」
「嬢ちゃん的におれの顔の造りはどうだ?」
「ど、どうって⋯イゾウは誰が見ても美人さんだよ」
「⋯⋯前から思ってたけどなァ?男に美人って、そりゃ褒めてんのか」
「はぁ?どう考えても褒めてるでしょ」
「化粧施してる男なんざ、気色悪いとは思わねェのか」
「そんな風に考えたこと只の一度もないけど?」

誰もが羨むような容姿を神から与えられておきながら一体何を言ってるんだこの男は、と本気で思う。

「イゾウは女形で化粧映えしてるからパッと見た第一印象で美人って思っちゃうけど、体格や声でちゃんと男の人だって判るし。そのギャップがいいんじゃない?」

イゾウは基本的に人前に出る時はきちんと身形を整えているのでスッピンや髪を下ろした姿を見るのは本当に稀だけれど、間違いなく素も相当ハイレベルな美男子。

「っていうかさっきから何なの?私の理想って」
「なんだ、覚えてないのか」

イゾウ曰く、おでんとトキの祝言の席でトイレから戻ったあと立腹したままハイペースで酒を口にしている最中にサッチから面白半分に質問されて、その日は珍しく素直に応じていたらしい。

今まで酒を飲んで記憶を飛ばしたことなど一度も無かったのに⋯その件については一切身に覚えがない。

焦りと動揺で目を泳がせ始めたアイラにイゾウは愉快だと云わんばかりにくつくつと笑い始めて。それを見ていたら段々腹が立ってきて未だ笑い続けているイゾウを放置して、そのまま歩き出せば慌てたように後を追ってくる。

「ったく嬢ちゃんは⋯!また拗ねてんのか」
「煩い」
「まァそういう訳で、一先ず顔の造作は合格ってことでいいか?」
「そういう訳でって何?そもそもその話を持ち出すなら、イゾウは年下なんだから“私の理想”に叶ってないでしょ」
「あ?実年齢はそうでも現実は嬢ちゃんが年下みたいなもんだろ」
「そんな屁理屈は通用しません⋯!!」

next