何がそれほど愉快なの



「あ、もう仕上げですか?」

長期休暇中、夕飯時に美夜は居住区のキッチンに顔を出した。何か手伝おうと思ったのだが、美夜がキッチンにはいる時間がいつもより遅かったことと、理事長の準備がいつもより早かったことで、盛り付けの段階に入っていた。

「もうすぐ運んでもらっていいかい?」
「はい、もちろん。この箱は……?」
「ああ、ぼくの知り合いからのお土産だよ。開けて見てくれる?ジュースだって言ってたから、皆で飲むといい」

テーブルに乗っていた箱を示すと、理事長は笑顔で答えてくれた。カッターを持ってきてテープを切り、蓋を開けると、500mlほどのボトル瓶が三本入っていた。

「あ、きれい」

黄色がかった瓶と、桃色がかった瓶と、ほとんど透明で薄っすら黄緑の見える瓶。ラベルを見ると、柚とサクランボと梅味らしい。どこかの特産品なのだろうか。

綺麗な色だと呟くと、コップがとこりとテーブルに置かれる。

「折角だから、味見してみなよ」
「え、いいですよ、後で皆で」
「飲んでみたいでしょ?」
「興味はあります」

どれも美味しそうだなとボトルを眺め、柚に視線を合わせると、理事長が蓋をあけてコップに注ぐ。ご飯もあるからね、とコップの半分ほどに注いだ。

「あ、すみません」
「いつもご飯手伝ってもらってるしね。はいどうぞ」

笑顔でコップを渡され、もう断る選択肢はない。理事長が料理を運び始めるのを視界にいれながら、かすかに黄色のジュースを口にいれた。


* * *


優姫side

四人で夕飯を食べ進める内、私は異変に気付いた。美夜がおかしい。なんかおかしい。いつもにまして笑顔が多い。ご機嫌らしい。何かいいことでもあったのだろうか。

「ごちそーさまでした」

四人で手を合わせて言い、皿を片付け始める。カチャカチャと皿を重ね、理事長がお盆に乗せて大半を運ぶ。残った皿を持って行こうと一番に席を立ったのは美夜で、でもどういう訳か、ふらついてテーブルに両手をついた。

「おい、どうした」
「え、ははは、ちょっとふらふらする」
「大丈夫?!」
「あはは、大丈夫」

やっぱりおかしいよ。こんなにへらっとしてる美夜は初めて見る。何とも言えない表情で、私は零と顔を見合わせた。

美夜は動こうとするがやはりふらつくようで、椅子に座り直して、両手で顔を覆っていた。休ませた方がいいのかとも思うけど、当の本人がへらへらしている。

「ふっ……ふふふふ。何でふらふらするんだろっはは」
「え、ちょっとほんとにどうしたの?!」
「落ち着け、美夜」
「落ち着いてくくっ……なんか笑えてきた」

珍しく零もうろたえている。顔を覆う美夜は肩を震わせていて、見ただけでは泣いているようにも見える。

「ふっふふふ、く、ははっ」
「っ……理事長ー!!美夜が壊れーー」
「うわああああ!」

理事長を呼ぶと同時、本人が叫びながらやってくる。理事長は、ごめえええええん、と意味の分からない謝罪を叫んで、笑う美夜の肩を掴んだ。

「あっははは理事長どーしたんですっふふふ」
「ごめんね美夜ちゃん、僕はオトーサン失格だああ!」
「あはははは!理事長、揺さぶらないでくださいよーははっ」
「未成年の娘にお酒を飲ませちゃうなんて、僕は、僕は……!」
「あああ頭がくがくするっふふふ」

揺さぶられながら笑う美夜に、涙ながら謝る理事長。なかなか状況把握に苦しむけど、理事長の言葉の中に流してはいけないワードがあった。ああほら、零が黒いもの背負ってる。


「……酒、飲ませたんですか」
「あ、もしかしてえっふふふあのボトル……!あははは!」
「美夜、ちょっと口閉じよう。締まる話も締まらないよ」

零が理事長の胸ぐらをつかんで美夜から引き離す。揺さぶられていた美夜はというと、テーブルに突っ伏して「ふふふふふふふふ」と一定のリズムで笑う。え、なに、こわい。

「飲ませたっていうか!気付かなくて!」
「アルコールのにおいするだろ」
「果実酒だったから、果物の香りが強くって……!」
「ねえねえ美夜、お酒だって気付かなかったの?」
「そういう香りの飲み物だとおっんふふふふふふ」
「そんなとこで世間知らずを発揮しないでよ……」
「理事長……あんたは一回きっちり絞らねーといけないらしいな」
「待、ちょ、きりゅ……!」
「あっははは理事長苦しそうっくふふ!」
「美夜、それは笑顔でいう言葉じゃないよ!はい、とりあえず水」
「ごっめん笑って飲めないっひひ」
「お願いしっかりしてっ。いつも美夜が一番ちゃんとしてるのにっ」

箸が転げても笑える、とか言うけど、箸が転げなくても美夜は面白いらしい。頬がゆるゆるな美夜はすごいレアだと思うけど、はやく立ち直ってもらわないと理事長が死んじゃう。なんかもうすでに顔が土色に近づいてるし!

必死になって言うと、美夜は突然きりっと真顔で座り直す。何度か咳払いをして深呼吸。

「はー……うん、よし。大丈夫」
「おお、切り替え清々しいね」
「よし、だいじょ……くっくっく」
「肩震えてるから!」
「も、止まらな……!零、零、理事長悪くなっふー……はー、よし。止めてあげてえっふ、くく」
「楽しそうだなお前……」
「ぎ、ぎりゅうぐ……首」
「あっはははははお腹痛……っ!」

なんだろうこの状況……!美夜は泥酔って感じじゃないけど、ツボってるのか笑いの止まる気配がない。椅子に座ってられないらしく、お腹を抱えてうずくまって床を叩いている。

「いや、もうほんと……どうすればいいの私……?!」

……落ち着くのよ、黒主優姫。今この場で一番まともなのは多分私。なんとかして収拾をつけないと。私にある選択肢は三つ。

その一、美夜の酔いを冷ます。
そのニ、零をなだめる。
その三、傍観に徹する。

「……未成年に酒飲ませてどうするんだ?仮にも理事長が。俺も美夜がそこまで疎いとは思ってなかったが、あんたボトル見たんだろ。気付けよ。アルコールの匂いもしただろ。普通の人間よりも嗅覚いいはずだろ?あ?」
「すごい錐生くんが饒舌だ……っご、めんごめん締めな゛いでっ……!あれ、川が見える……」
「くっはははふふふふふふふふふふふふふふ」

…………あ、これ三つ目しかないや。


fin
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