一時間のおつかい
莉磨side
「……何してるの?」
月の寮のロビーにあるソファに広げられた洋服たち。それを前に思案していると、瑠佳さんに声をかけられた。
「瑠佳さん……どれか持って行かない?」
「え?」
「……寮の子達に配ってるの。こんなにいらないから」
「これ全部莉磨の?」
「まあね」
これでも多少は減った、うん。ロビーを通り掛かる夜間部生に声を掛け、気に入った物があればーーサイズの問題はあるがーー持って行ってもらった。
洋服の吟味を始めた瑠佳さんに礼を言いながら、後の洋服をどうしようかと考える。売ってしまうのが一番手っ取り早いけど、もし見つかれば絶対に面倒になる。夜間部生に配るのは、バレても言い繕えるけど。
「いらないのに、一体どうしたの?」
「仕事でね……ここのブランドの代表が、私を気に入ったらしくて」
「……お礼と宣伝をかねてってさ」
欠伸をしながら支葵も会話に加わる。支葵にあげてもどうしようもないのに、支葵は服を物色し始めた。
「カーディガンとこのストール、貰っていいかしら」
「うん」
いっそのこと、普通科生に配りたい。でも一騒動になるのは想像に難くない。美夜を通じて上手くやってもらおうかとも考え、それはそれで申し訳ないな、と却下する。
結局、余れば私物化する以外にはなさそう。元から洋服は多く持っている方だから、収納出来るか不安だけれど。
「……ねぇ、莉磨」
「なに?」
見ると、支葵がある服を一着持ち上げていた。それは明らかに普段着としては使えないから、袋から出してすらいない服。似たようなのが何着かあって、実の所、処理に最も困る服だった。
「こんなのまで?」
「そうよ……デザインは悪くないと思うけどーー」
ガチャ、と寮の扉が外から開いた。まだ日が落ちてすぐだからか、「お邪魔します」と言った声は控え目。扉から顔を覗かせた美夜が、私たちに気付いてにこりと笑った。
「あら、美夜じゃない」
「こんばんは、瑠佳さん。莉磨さんと千里さんも」
今夜は夜間部の授業が休みで、美夜たちの仕事もない。封筒を持っているから、玖蘭寮長にでも用事があるのだろう。一人で月の寮を訪れるとは、危ない気もするけど。
あ、美夜にも何か持って行ってもらおう。私の方が身長が高いけど、許容範囲だろう。……美夜より小さいあの風紀委員には厳しいかも。
そこでふと、私は支葵と美夜を眺めた。
「これどうしたの?」
「莉磨が……仕事先に気に入られて、一方的に送りつけられたヤツ」
「結構あるね……」
「美夜は枢様に用事かしら?」
「うん、郵便物が紛れてたんだって」
正確には、支葵の持っている服と美夜を。
美夜は、化粧もしないし髪もいじってない。でも、まつ毛が長く色白で締まる所は締まってる。バランスのとれたきれいな体型。
吸血鬼ほど美人かと言えばそうじゃないけど、人間にしては素材が良い方。ちょっと手を加えれば、そこらの人間のモデルより映えるはず。
「……美夜、今時間ある?」
「んー、理事長が晩御飯ご馳走してくれるから……でも一時間ちょっとはあるよ」
腕時計を確認した美夜の腕を掴んで捕獲する。
「……ヘアメイクも全部するから」
「…………え、今?」
「今」
瑠佳さんとも支葵とも視線を交えて、私の思惑を察すると小さく頷いた。
「私も参加するわ」
「オレもー」
「え、でも、私なんか」
半歩後ずさった美夜だけど、腕を掴んでいるから逃げられない。私は小首を傾げて、美夜の顔を覗いた。
「……どうしても、駄目?」
「っ……莉磨さん」
「決まりね」
美夜を落とすのは結構簡単ね。
「はい、これ」
「可愛い……けど、私より莉磨さんの方が似合うと思うんだけど」
「美夜に着て欲しいの」
あまり時間がないので、一着を選んで押し付ける。困ったような美夜だけど、お願いだって言えば断れないようで、素直に私の部屋に押し込まれた。
ドアの前で待ち構えるのは、私と瑠佳さんと支葵。瑠佳さんは美夜を妹みたいだって気に入ってるし、支葵は多分、暇潰しっていうのもあると思う。
五分弱で、部屋のドアが控え目に開いた。
「終わった?」
「うん、多分。サイズも大丈夫」
部屋に入ると、落ち着かないのか、そわそわとスカートと触る美夜がいた。姫系かロリータに分類されるデザインだけど、全体的に落ち着いた色合いだからしつこさは無い。
うん、似合ってる。
「あら、やっぱり可愛いわ!ここからは私達ね」
瑠佳さんが嬉々として言う。私も支葵も頷いて、美夜を椅子に座らせた。
支葵はヘアメイク、瑠佳さんは手先、メイクは私。支葵に櫛を通される美夜は、右手を瑠佳さんに託し、同時にメイクも施されるという身動きがとれない状態になった。
「美夜……今まで爪のお手入れとかは?」
「……したことないです」
「駄目よ、これからはしなさいね。また教えてあげるから」
「うん、ありがとう……?」
美夜は元々色が白いし、全体的に薄めでいこう。まつ毛は長くて綺麗に生えてるから、アイラインもいらないかな。シャドウで十分。ビューラーでまつ毛上げて、マスカラで。
下地を塗りながら計画を立てる。テキパキとメイクを進めるが、ビューラーをかける段階で私は衝撃を受けた……ちょっと大袈裟だけど。
「……美夜」
「なに?莉磨さん」
「あんたのまつ毛ってどんな根性してるのよ」
「根性……?」
美夜のまつ毛は下向きで、それを上げようとしてるのに上がらない。
「ビューラーがきかないのよ」
「……なんかごめん」
「頑固なまつ毛ね……」
ビューラーがきかないなんて初めて聞いたわ、と瑠佳さんが言って笑う。私も初めてよ、こんなのは。
なんとか上げて……よし、マスカラ。
「莉磨……コテある?」
「ある、そっちの棚」
「んー借りるね」
「うん」
あっちこっち触られているからか、無口な美夜を三人で飾る。そうして二十分程で、私たちは頷き合った。
椅子から美夜を立たせて、姿見の前に連れて行く。鏡で自分の姿を見た美夜は、目元を赤くして口をパクパクさせていた。
「さ、三人の技術に感動……!」
そこなの?
巻いたツインテールの髪を揺らして、艶のある指先を眺め、まつ毛をぱたぱたさせる美夜に、思わず苦笑した。
「素材がいいからよ。化粧濃くないもの」
「同感ね。……妹に欲しいわ」
ぼそりとした瑠佳さんの呟きが本気っぽくて反応に困る。すると支葵が美夜の腕を引いて、突然部屋を出た。
「支葵?」
「……一条さんに見せびらかしてくる」
「ええ?!」
美夜が私や瑠佳さんを見て助けを求めてくる。けれどごめんね美夜、面白そうだから止めないわ。
一条さんの部屋に向かう途中で、偶然、一条さん本人に出くわした。
「あれ?美夜ちゃん!」
「う、こんばんは……」
「うわあ、可愛いよ!似合ってる!」
褒める一条さんと狼狽える美夜。期待通りの反応に小さく笑う。私と瑠佳さんと支葵はちょっと自慢気に、美夜を一条さんの方へ押す。
照れる美夜を囲んで話し込んでいると、どこからともなくやって来る架院さんと藍堂さん。美夜を見て驚いたような顔をしたけれど、すぐに可笑しそうに笑いながら輪に加わった。
「珍しい格好だな、美夜。良いんじゃないか?」
「素直だな、英」
「……僕が素直なのはおかしいのか」
だって英はいつまで経っても子供だもの、と瑠佳さんが鼻で笑う。
「ありがとう……でも流石に落ち着かない」
「飾られたんだな」
私たちを見て状況を把握した架院さんが、軽く美夜の頭に手を乗せる。すると支葵が架院さんの腕を掴んだ。
「駄目だよ……オサワリ禁止」
「おい、俺を変質者扱いする気か?」
「ところで美夜、いいのか?時間は」
支葵と架院さんを無視して、藍堂さんが言った。ああ確かに、と思ったけれど時計を持っていなかった。腕時計をしていた一条さんが時間を告げると、美夜が焦りを顔に出す。
「もうそんな時間……早く着替えて戻らーー」
「そのままよ」
私が遮って言うと、美夜は小首を傾げた。
「そのまま戻るのよ。それあげるし、着てた服は、なにか袋に入れてあげるから」
「……このまま?」
「莉磨の言う通りよ、もったいないわ。近くまでは付いて行ってあげるし」
「あ、ありがとう瑠佳さん……じゃなくて、このままはちょっと恥ずかしいんだけど」
美夜はこの後、理事長や風紀委員と夕食のはず。男の風紀委員の反応が面白そう。というか、私としては、"私たちが"飾った美夜を見せびらかしたいだけなのだけど。
私は美夜の顔を覗き込んで、
「折角可愛いのに……駄目?」
「う……」
やっぱり、美夜を落とすのは簡単ね。
一条さん達から、呆れたような笑いが聞こえた。
fin
(私的居住区廊下で零とばったり)
「あ、零!ごめん、ちょっと遅れたかも」
「っは、おま……!おい、どうしたそれ」
「月の寮に、手紙を届けに」
「どうしてそうなる……?」
「莉磨さんと瑠佳さんと千里さんがしてくれたの。着替えさせてくれなかったから、開き直ってそのまま」
「ったくお前は……けど、まあ、悪くない」
「あ、ありがと」
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