荒野に眠る


 幼いあの時のことを、俺はよく覚えている。
 モニターではなく、本当は鏡なのではないかと思った。じっと見ていると、当然、別人だとは分かった。黒髪は短いが俺よりも長く、目の色は俺よりも明るく、顔つきは似ていても俺よりも成長しているものだった。
 母親は違うが、俺とその子は確かに血がつながっていた。父が、今の俺の母と結婚する前に付き合っていた女性との子供だ。父はその女性と別れ、火星に赴任し、俺の母と出会ったのだという。
 女性は妊娠に気付いても父には連絡を取らず、一人で産み、一人で育てた。父によく似た子どもを見せてやりたいと連絡を寄越し、それで発覚したそうだ。不仲で別れた訳ではなかったらしいし、連絡は取りやすかったのだろう。驚いたでしょう、と言う楽しそうな女性の顔も、まだ覚えている。
 そうして、俺のもう一人の母と姉は火星に来ることになった。父は歓迎していたし、母も友人が増えるのは嬉しいと喜んでいた。火星人の母は、地球人でありながら気さくで優しい女性に憧れていたらしい。両親が喜んでいるのならきっと良いことなのだと、幼い俺も楽しみにしていた。
 俺も姉も父親によく似ていた。俺と姉も、本当によく似ていたと思う。
 しかし、俺が姉と直接顔を合わせることはなかった。地球から火星へ向かう宇宙艇が、襲撃に遭い、生存者は確認できなかったというのだ。
 幼かった俺は幼いなりに悲しんだが、成長するにつれて悲しみも薄れていった。俺だけではなく、両親も。忘れたわけではないが、きちんと思い出として昇華出来たのだろう。
 俺の中での姉は、あの時から成長していない。たまに夢に出てくるときも、ずっと小さいままだ。俺が大きくなっても姉は子ども。ろくに会話した覚えもないので、夢の中の姉は喋らない。
 姉は、自分よりずっと大きい俺をいつまでも弟扱いする。落ち込んだ時の夢で会う姉は、しゃがんだ俺を抱きしめて頭を撫でてくる。よく頑張ったね、と声もないのに笑いかけるのだ。
 
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