王の征く末


(パパと出会う前の話/朔夜さま)
※諸注意
 V騎士要素有りでも可というお言葉に甘えまして、V騎士要素ゴリゴリのお話です。
 また、幼女主の正体&V騎士原作9巻のある重大なネタバレを含みます。
 謎めいた幼女のままがいい方はUターンをおすすめします。 
 自己防衛お願いします。






 人が出入りすることのない、小さな山。鬱蒼と草木が生い茂っているが陰鬱な雰囲気はなく、人を拒絶するような神秘を秘めている。
 そこに、居を構えている者がいた。山奥にひっそりと建つ洋館。洋館の周囲だけは草木も手入れされ、季節の花が咲き誇っている。
 普段は誰も訪れないその場所へ、一人の男が足を運んだ。
 細身の長身、癖のある黒髪、影のあるワインレッドの瞳。この世のものとは思えないほどの、美しい男だった。
 彼は黒いコートに革靴と、この山奥には相応しくない身なりをしているが、洋服に一切の泥や葉を付けず、館の前に立っていた。
 彼が玄関扉へ向かって一歩踏み出すと、どこからともなく現れた小さな影が立ちはだかる。
 彼の腰ほどもない小さな女の子は、怯えた目をしながらも、己の責務を果たさんと強い口調で言った。子供の声なため、残念ながら迫力は伴わなかったが。

「っここは、橙茉さまのしろである!何のようだ」

 彼は小さな門番の精一杯の虚勢に、クスリと笑って膝をおる。

「友人に、就寝の挨拶を。通してくれないかな?」
「か、かってに通すわけにはいかない」
「喧嘩しないよ?」
「……"あなたたち"は、けっこう自分かってだと、橙茉さまもおっしゃっていた」
「自分のことは棚に上げて……」
「とにかくっ。橙茉さまのおゆるしを――」

 門番の言葉を遮って、頭上で小鳥が羽ばたいた。白い小鳥は二人の頭上で二度円を描くと、窓から館に入っていく。
 彼は立ち上がり、門番へ微笑みかける。小さな門番はどこか不貞腐れたような表情で、おざなりに頭を下げた。

「……ようこそいらっしゃいました。われらが始祖、玖蘭(くらん)の君」




 彼は気配を頼りに、ある一室のドアをノックした。入室が許可されると、ため息を隠さず、館の主に文句をつける。

「君ね……もっと早くに気付いてたろう。あの子、可哀想に……怖がらせてしまった」
「有能でしょう、あの子の誘導と洗脳。さすがに、わたくしたちには効かないけれど」
「はあ……」
「自慢したかったの。久しぶりに会う同胞に」

 部屋でくつろぐのは、これまた美しい女だった。長いまつげで飾った目を細めて、彼に椅子を勧める。
 彼はコートを脱いで椅子の背にかけると、彼女の向かいに座る。テーブルには彼の分のコーヒーカップがすでに用意されていた。

「随分と、可愛らしい門番だね。娘かい?」
「孫かひ孫か、そのあたりかしら。血族なのは変わりないもの」
「それはそうだけど」
「能力があまりにも強く現れたせいで、村にいられなくなったのを拾ったのよ」

 カップに口をつけて、一息。

「久しぶりね、枢(かなめ)」
「うん。何百年ぶりだろうか」
「さあ。あなた、ちっともかわらないから分からないわ」
「君もね」
「さっき、就寝の挨拶と言っていたけれど」
「ああ。……すこし嫌気がさしたんだ、傲慢な同族に」
「あなたは息抜きが下手くそだものね」
「僕も君のように、さっさと隠居すべきだったかな」
「でも、未来に懸けるなんてあなたらしい」
「そうかな」

 彼女がカップを置いて、頬杖をつきながら外へ視線をやった。屋敷の外よりももっと遠く、地平線まで眺めているようだ。
 彼はそれが、自分とよく似ているように思えた。
 長すぎる時間を生き、幸福も絶望も一通り味わうと、全てを見透かすことが出来ると錯覚してしまう。そしていつの間にか、心が傾くことがなくなる。
 どんなに秀でた能力があっても、独りで世界を楽しむことは難しい。

「……君は、まだしばらくここで?」
「いいえ。わたくしは全てと引き換えに、"果て"を見に行くことにしたの」

 ぼんやり遠くを見ていた彼女の目が、子どものような光を灯した。

「ずっとずーっと遠くの何処かへ。不老不死のこの身を有効活用するのよ」
「……出来るのかい?そんなこと」
「理論上は。途方もないエネルギーが必要になるけれど、わたくし自身を使えば、なんとか」
「そういえば、君は魔術に興味を示していたね」
「ええ。ありあまるエネルギーの活用法を探していたの」
「結局君も――――」

 君も、この世界に嫌気がさしたのではないか。
 彼はそう問おうとして飲み込んだ。未来へ逃げる己とは違い、彼女は旅に出る道を選んだのだ。
 彼女は、死にたいから命を燃やすのではない。その先へと行くために、命を費やすことを厭わないのだ。なんと有意義な最期だろうか。
 彼は眩しいものを見るように目を細めた。

「――いや、なんでもない。途中で燃え尽きないの?」
「それなら、そこで終わりというだけよ。果てを一目見られれば、わたくしは満足だわ」
「いつの間にか、優秀な魔術師になっていたんだね」
「コレのために学んだだけだから、あとのことは全く分からないけれど」
「なんだか、楽しそうだね」
「楽しみよ、とても。あなたも来る?」

 彼女は笑みを浮かべているが、声音はいたって真面目だ。本気で、片道切符を命で買わねばならない旅に誘っている。
 彼には魅力的な提案だった。小石が心に蓄積し、胸は重くなる一方。永い眠りを決意するほどにたまったそれを、放り出せたらどれだけ楽か。
 けれど、彼は頷けなかった。彼女の言った通り、彼は"未来に賭ける"のだ。抱え込んだ重みを受け入れられるような世界で、新しく大切なものを得られるのなら。

「僕はいいよ。それで、あの門番はどうするんだい?」
「……あなたに預けようかと思ってたのよ、本当はね」
「タイミングが悪かったね」
「本当に。頼まれてくれる純血種なんていないのよ」
「ああ、混血だからか……」
「なんだかんだ上手くやるでしょうし、あまり心配もしていないけれど」

 親身になっているかと思いきや、彼女はぽんとそんなことを言う。それだけ小さな門番を買っているのだろうが、思わず苦笑がもれる。
 彼にそれを非難することは出来ない。"自分たち"は結局、自分本位の生き物なのだ。
 好き勝手に力を奮った同朋も、早々に見限って引きこもった彼女も、理想の未来を夢見る自分も。

「ついでに、僕からも提案なんだけど……君、僕に添い寝をしてくれる気はある?」
「あら、本気?」
「半分は。君が起きていて、かつ、退屈そうだったら、誘うつもりだったんだ」
「添い寝は出来ないけれど。眠るまでそばにいてあげることは出来るわ」
「……お願いしようかな」
「任せなさい」

 彼女の言葉は、彼の心を少しだけ軽くした。他の同族ならば"寝首を掻かれる"心配や"力を取り込まれる"心配が少なからず出てしまうが、彼女はそんなことに興味がないと知っている。
 知っているからこそ、共に眠ることを提案する気にもなったのだ。

「ありがとう、錦」

 彼女はきっと、彼に就寝の挨拶をして、意識が深く沈むまで子守唄を歌い、少し前髪を撫でてから蓋をする。厳重に封印をほどこし、時が来るまで、彼の眠りを守ってくれるだろう。

 


 夜に生きる者が、最も力を奮える時間帯。生気の鎮まりは彼らの呼吸を促し、迷子をかどわかす闇は彼らに安息をもたらす。
 山奥にたたずむ洋館は、昼も夜も静かなものだったが、その夜は様子が違っていた。
 一人が生活するのに十分な広さのある部屋の床一杯に、複雑な陣が描かれていた。見る者によれば狭いと苦言を呈しそうな部屋だが、床を目一杯キャンバスとして利用した作品は、独特の迫力と気味の悪さがある。
 無作法にも床に寝そべった館の主が、隣で寝転がる小さな門番に言う。

「わたくし、心中する趣味はないのだけど……」
「だって、もえ尽きるの、いやなんです。たくさん助けてもらった恩返し、まだできてないから」

 少し緊張した様子の子どもの言葉は要領を得ないものであったが、彼女は「そう」と相槌を打つ。
 子どもは、いつだったか彼女が送った日傘を抱いて、彼女をうかがっている。いくら自分が希望しても、主人と定めた彼女が否と言うのであれば、陣から出ていかざるを得ない。子どもはまさしく子どもだが、忠誠は一人前だ。
 彼女は少しだけ笑って、白く柔らかい腕を伸ばす。子どもに腕枕をしてやると、子どもは嬉しそうに目を閉じた。

「ならば、利用させてもらうわ。わたくしたちは元来、自分勝手で、傲慢で、本能に従う獣だもの」




 
 どこか遠くの、空の果ての、またずっとその先で、あどけない声で呟いた。

「こんなに上手くいくなんて」

 高層ビルの屋上、さらに避雷針のてっぺんで、小さな影は笑む。
 闇に沈んでいるはずの地上は色とりどりの光を持ち、夜空を映したかのようだ。
 その光は、全てが生きている。

「ああ、なんて楽しみなのかしら!」
 
 小さな影は、違うにおいのする空気を目一杯吸うと、底の見えない夜闇へ踏み出した。
- 1 -

×獣の鼓動next
ALICE+