魅入られて 1


 錦は昇降口で、B組の少年探偵団と遭遇した。ぱっと笑顔になった歩美が口を開く前に、控えめに手を振る。

「一緒に帰りましょう」
「うん!今日はね、博士のところに寄るんだけど、良かったら一緒に行かない?」
「そうねえ」

 横目でコナンを見やる。コナンは錦への苦手意識が払しょくしきれないらしく「ゲッ」と表情が引きつっていることがままあるのだ。今回はあまり気にしていないのか、錦が様子を窺ったことに目を瞬いているのみで、「ゲッ」と言う声は聞こえない。ただ、錦の視線を受けてすぐに半目になり「俺はなんも言ってねえだろ」とふてくされたように呟いたあたり、コナン自身も普段の対応を自覚しているようだ。

「お邪魔しようかしら」
「やったあ!あのね、博士ががっかい?に行ってたお土産があるんだって」

 ぐう、と元太の腹が鳴る。全部食べたりしちゃ駄目ですよ、と光彦が先手を打った。



 阿笠邸では、学会の食事会で好きなだけ食事をしてご機嫌だという阿笠に迎えられた。食事は哀からの情報である。帰宅した阿笠の状況を一目で見抜いた哀は、これからの栄養管理について頭を悩ませているらしい。
 テレビ前のソファに座り、テーブルを囲む。テーブルにはそれぞれの飲み物と、地名が焼き印されたどら焼きが並んだ。バラエティ番組をBGMに、阿笠の学会お土産話が始める。
 阿笠の話はかみ砕きにかみ砕かれ、歩美や元太や光彦にも分かりやすい内容であるものの、子どもたちは学会そのものに対する興味が薄い。阿笠の話に適度に相槌を打ち、リアクションをすると、お菓子の消費に専念し始めた。
 錦はどら焼きを片手に、阿笠に話を振る。

「お食事、美味しかった?」
「う……哀君に聞いたんじゃな」
「ふふ、食事はとても大事で、とても楽しいもの。仕方ないわ」
「錦君……!」
「健康を害しては駄目だけれど」
「錦君……」

 阿笠が半分だけのどら焼きを持って肩を落とす。残りの半分は哀が食べている。

「何も、責めているのではないわ。次から気を付けましょう。哀さんだって、博士を心配しているだけだもの」
「安心して。今まで以上に、わたしが目を光らせるから」
「い、今まで以上に……」
「灰原の言うことちゃんと聞けよ、博士」
 
 気遣うが故の容赦ない言葉に、阿笠がしょんぼりしつつも嬉しそうにする。小学一年生にたしなめられる大人という図は、阿笠邸では珍しくない。
 錦は小さな手で阿笠の膝をぽんぽん叩き、ありがたくどら焼きを味わう。口内の水分をもっていかれながら食べ進めていると、突然光彦がテレビに指をさした。

「これはきっと、IoTテロです!」

 聞き覚えのある言葉に、錦はテレビに注意を向けた。危険に突っ込んでいく子どもたちや、公的で危険で責任ある職についている父親とともにいれば、自然と身に着く知識だ。
 テレビは、いつの間にかバラエティ番組からニュース番組に変わっており、男性キャスターがよどみなく原稿を読み上げている。いわく、とある病院とその付近で通信障害・電子機器故障が起こっているらしい。
 自信満々な光彦に対し、冷静に返したのはコナンだった。
 
「多分、違ぇだろうな。ニュースを聞く限り、オフライン機器……インターネットにつながない機械まで止まってるみたいだから」
「そ、そうなんですか」
「可能性が無いとは言わねぇけどな」

 IoTテロ――Internet of Thingsのテロ。つまり、インターネットに接続できる機器を利用したテロだ。コナンによって否定されたが、電子機器に影響が出ている、と聞いて連想してもおかしくはない言葉である。
 IoTテロでないにしても、妙な出来事であることには変わりがない。病院で機器が使えないとなると、治療に大きな支障をきたす。問題の病院では、患者の移送が急ピッチで進められているらしい。病院周囲では携帯電話やテレビはもちろん、懐中電灯や電子タバコまで使用できなくなっているという。
 一時的な電子機器異常は他の地点でも確認されているということで、早急な原因究明が求められていた。現在確認されているのは全て病院近辺だが、現代文明にとっては脅威だ。いつ他の地域で発生するか、気が気ではない。
 錦は慌ただしいニューススタジオを見つめながら、物知りな探偵に問いかけた。

「江戸川君は、何だと思うの?」
「んー……小規模電磁パルスとか。非常口の電気すら点かねえってのはな……」
「妙な事件ね」

 工学系の知識に乏しい錦には、原因が分かりそうにない。機械類とはそもそも相性があまり良くないのだ。長い間生きてきたが、電子機器との付き合いはここ三年程度で、まだまだ仲良くなれていない。
 阿笠が首をひねり、コナンと哀が頭を悩ませているなら、錦に出来ることは呑気にコーヒーを飲むくらいだ。

「電気の存在が否定されてるみてーだ」
「まだ死者がいないことが幸いね」
「油断は出来ねぇな」

 コナンと哀がしみじみと呟く。病院が騒動の中心なのだから、当然の危惧だ。
 錦は何気なく自分の携帯を確認した。父親からのメールや着信はなかった。

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