戦地に赴くみたいな





 あらためて合宿施設を調べると、確かに相当な設備だった。陸上競技場、野球場、テニスコート、他にも運動公園が複数あり、体育館とアリーナもある。問題の体育館はバスケコート二面、アリーナはバスケコート三面。
 スポーツ施設は宿泊施設利用客が優先予約出来るシステムで、専用というわけではないらしい。もちろん、宿泊客以外も利用できる。しかし驚いたことに、今回の合宿ではアリーナと体育館はほぼ貸し切り状態だという。玲央ちゃんいわく、元々洛山が全部部員での合宿を予定していておさえていたらしい。洛山バスケ部員からの反発はないのかと気になったが、合宿は軍別で行うのが通例で、全員合宿はまだ告知されていなかったため、各校精鋭合宿に切り替えたとのことだった。代わりの施設も手配済みだから良い、らしい。
 あと、この合宿にはまた別の事情もあった。
 そもそもの目的はバスケ技術の向上だ。十年に一度の天才は、同じく十年に一度の天才が相手のときしか本気を出すことができない。常に手を抜いているということはないだろうが、あのゾーンとかいう状態を飼いならすには、どうしても厳しい環境が必要なのだという。無冠の五将はキセキに次ぐ実力だ。集められるのも当然と言える。
 別の事情は、どちらかというと大人のものだ。キセキと無冠をダークホースが破るというかつてない盛り上がりを見せたウィンターカップ後、高校バスケへの世間の関心は依然とは比べ物にならないほど上がっている。ただでさえ天才が多く技が華やかだったところに、無名の高校の優勝だ。高校野球と並ぶほどの注目度をマスコミが放置するわけがない。しかし、各学校、取材を快く受けるほどの環境は整っていない。それでもマスコミからの取材申し込みは止まない。そこで、合同合宿を一部公開することで取材を集中させて対応すると、そういうことらしい。
 わたしはバスケ部員ではないので、どんな事情を聞いても「ほへえ」としか言えないのだが。


 霧崎第一からは、一軍数人プラスわたしの十五人ほどが参加した。各校、そのくらいの人数で集まるらしい。洛山、誠凛、海常、秀徳、桐皇、陽泉、霧崎第一の七校から十人から二十人ほど。百人規模の合宿になる。
 霧崎第一バスケ部のバスが宿泊施設の駐車場に停車する。時刻は午前十一時だ。これからまず部屋に荷物を置いた後昼食を取り、一旦体育館で全員が集合して挨拶、軽くトレーニングをして終了となる。本格的に練習をするのは明日と明後日だ。
 荷物を持ってバスを降りると、山崎くんが施設を見上げていた。花宮くんは先に施設へ入ってカードキーを受け取りに行った。

「でけえし綺麗だな。さすがっつーかなんつーか」
「部活の合宿っていまいちイメージ沸かんけど、そういう感じなんだ」
「うちはまだ予算あるほうだからマシだと思うけどな」

 普通がわからないのでマシも分からないが、山崎くんが言うならそうなのだろう。確かに、この合同合宿宿泊施設は、学生が利用するにはしきいが高い気がする。
 間抜けに施設を見上げていると、松本くんが会話に加わった。

「キャプテンが綺麗好きだからな。部室も、男子の部活にしてはかなり綺麗なんだぜ」
「そうなんや。花宮くんちょっと潔癖っぽいもんね」
「そうそう。まあ、そりゃ俺たちも汚ねぇよりは綺麗なほうがいいけどな」
「あ、やべ睨まれてる点呼だ」

 少し遅れて、霧崎第一の輪に集合する。わたしは一歩引いたところに立っていた。花宮くんが慣れた様子で点呼をとっているのを見ながら、普段近くで見られない監督業と主将業に勝手にどぎまぎする。端的に言うと、見慣れない行動はなんでもかっこよく見えて困るのだった。
 点呼とスケジュールの確認が終わると、カードキーが配られる。二人か三人一部屋だ。わたしは一人部屋、というわけもなく、なんと他校の女子と同室になる。経費的な都合だろう。事件が起きないことを祈るが、それはそれで漫画のようで面白そうだなというのが本心だ。
 部屋割り表を眺めていると、花宮くんに呼ばれる。他の部員はキーを受け取り次第移動しているので、わたしと花宮くんの他、花宮くんと同室の瀬戸くんが残っているだけだった。

「由都、鍵」
「はいキャプテン」
「なんだそれ。普通でいい」

 花宮くんにカードキーを差し出される。もらおうとしたものの、何故か花宮くんはキーを離さない。カードキーから花宮くんへ視線を移して見上げると、やたら真剣な表情だった。

「由都、いいか。出来るだけひとりになるな。俺じゃなくてもいいから、ウチの奴らのとこにいろ。実渕でもいい。やむを得ない場合は絶対にスマホを忘れるなよ」
「そんな、戦地に赴くみたいな……」
「似たようなもんだ」
「特に気を付ける相手っている?」
「誠凛」
「んふふふ」
「笑うところじゃないんだよな……」

 カードキーを受け取って歩き出す。フロアは大体学校ごとに分かれているが、女子部屋はなにせ入り混じっているのでその限りではない。フロア的には洛山と同じエリアになる。
 エレベーターで花宮くんと瀬戸くんと別れて部屋に向かう。洛山はもう到着しているはずだが――最も遠いが、ホスト校ということで到着予定時間が早かった――フロアは静かだった。既に昼食に向かったのかもしれない。静けさも相まってビジネスホテル然としているので、ただ旅行に来たかのような気分になった。
 カードキーを差してドアを開ける。大概部屋に入ってすぐにあるカードキーポケットを探すと、既に一枚刺さっていた。おやと思いながらカードキーを追加し、短い廊下を抜けて部屋を見る。

「あ」
「あ」

 部屋はベッドが三台あるだけのこじんまりしたものだった。まさにビジネスホテル。その内の一台、窓から遠い手前のベッドに先客がいた。桃色の長髪。ウィンターカップで挨拶をした、桐皇バスケ部の美人マネージャーだ。荷物整理中だった。
 何か言われるかなと思いきや、彼女は笑顔でわたしの前に立った。

「桐皇の桃井さつきです! よろしくお願いします」

 かわいい。 

「霧崎第一の由都恭夏です。お久しぶりです」
「わたし一年なので、敬語いりませんよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。桃井さんも気を使わなくていいよ。気楽にやろ」
「あはは、はい。あ、ベッドどっちにします? わたし、勝手にここ使っちゃいましたけど」
「窓際使ってもいいかなあ」
「早い者勝ちですよ」
「ならいっか」

 荷物を置いて、窓から外を見る。テニスコートや体育館など、一部の施設は確認できる。
 振り返ると、桃井さんが荷物整理を再開していた。食事の後、挨拶をしてそのまま練習だ。わたしの荷物は体育館シューズくらいなものだが、有能マネージャーは準備があるのだ。
 桃井さんがノートやバインダーをトートバッグに入れるのをみて、自分の場違い具合を再認識していると、携帯が震えた。花宮くんから、昼食のお誘いだった。

「桃井さん、わたし先にお昼行ってくるね」
「はーい」

 かわいい。
 わたしは携帯と、丸めた合宿案内をスカートのポケットに入れ、体育館シューズを持って食堂に向かった。


 一階、エントランス横の食堂の入り口で瀬戸くんが立っていた。

「あ、来たね」
「待ってた?」
「花宮は用事があって急いでるから、俺が付き添い」
「ご迷惑をおかけします」
「俺もこの合宿楽しみだったからいいよ」

 食堂内には、色々なジャージがいた。何度か試合も見に行っているので、大体のチームカラーは把握している。すべての学校が揃っている気がした。部屋に誠凛の女子高生監督がいなかったのは、先に打ち合わせか何かに行ったのかもしれない。
 食事は二択だ。肉か魚か。魚にした。
 食堂内にはもちろん霧崎第一の姿もあって、その近くで食べた。古橋くんたちはいたが、花宮くんはもう移動したらしい。早食いだ。
 わたしの食事速度が遅いのは分かり切っているので急ごうとしたが、「時間あるしゆっくり食えば?」と瀬戸くんに言ってもらえたので甘えた。

「つか由都の飯少なくない?」
「全部のカウンターで『少な目』オーダーした結果。これでも多いなあ……」
「どれが?」
「正直、ごはんと、この魚半分と、サラダ半分でいい」

 ご飯は自分でよそったので良いのだが。
 一つ一つ指さしながら言うと、瀬戸くんが顔をしかめる。

「それは少食が過ぎるだろ」

 言いながら、わたしのおかずを全て半分にしてくれる。

「俺じゃなくても、誰でも。どうせ食べ盛りしかいないから」
「ありがたい」
「ならこれもいらないの?」

 横から腕が伸びてきて、リンゴが一切れ――一切れと言うには大きい――乗った小皿がさらわれる。食器を片付ける途中の原くんだった。

「いいよ、あげる」
「まじで。ヤッター」

 原くんはその場でリンゴを口にいれると、そのまま通り過ぎて行った。食べ歩きを山崎くんに注意されると、適当な場所で立ち止まって嚥下していた。
 わたしは、ずいぶんと余白の多くなったプレートを見る。これなら食べきれそうだ。
 それでも、わたしと瀬戸くんの完食タイミングが同じなのだから不思議である。


 昼食を終えて体育館に移動する。学校ごとに分かれているような、そうでないような状態だった。皆全国レベルの選手たちだ、他校であっても知り合いは多いのだろう。学校だけで固まっているのは霧崎第一だけだった。どことなく遠巻きにされているような気がするが、当の彼らは全くそれを気にした風がない。
 瀬戸くんに続いて霧崎第一エリアに向かっていると、横から強い衝撃がくる。

「恭ちゃん!!」

 わたしを横から捕まえた玲央ちゃんは、その場でわたしを抱きかかえてくるりと回転する。わたしの足は浮いていた。身長が三十センチも違う上に相手はアスリートだ、わたしはこうも簡単に振り回される。
 地に足をつけて対面した玲央ちゃんは、興奮しているのがよく分かった。

「久しぶり、玲央ちゃん。朝早かっただろうに元気やね」
「だってすごく楽しみにしてたんだもの。バスケも、恭ちゃんと会えるのも」
「わたしも。玲央ちゃんがバスケしてるとこ見たい」
「もちろんよ! 花宮をぼこぼこにしてやるわ!」
「ふふふどっちも応援する」

 玲央ちゃんとじゃれていると、学校ごとに集合せよとスピーカーから声がした。また後でと玲央ちゃんと別れ、霧崎第一のほうへ走る。いつの間にか瀬戸くんは輪に入っていて、輪の中心には花宮くんがいた。
 花宮くんが洛山を一瞥する。

「俺の名前が聞こえた」
「玲央ちゃんがぼこぼこにするって」
「物理的に?」
「多分バスケで」
「多分か……」

 点呼が終わると、洛山の監督から挨拶があり、洛山の主将からは施設利用の注意事項やスケジュールの確認があった。一刻も早く練習したいということだろうか、開会式は思ったより早く切り上げられた。
 移動のため、全員が一斉に立ち上がる。圧迫感がすごい。分かっていたが、みんな大きい。わたしからすれば十分長身な花宮くんでさえ、この中だと平均的か少し低いくらいだというのだから本当に驚きだ。特に紫のジャージ、陽泉高校のメンバーは本当に大きい。二メートル越えがごろごろいるのだ。
 霧崎第一はこのままこの体育館を使用することになっている。洛山、秀徳、海常と同じだ。誠凛、桐皇、陽泉はアリーナへ移動する。明日はまた変わる。練習試合も多く組まれているが、今日は慣らしが目的らしい。
 みんなが移動する中で、花宮くんの袖を引く。

「わたし、一旦部屋に戻るね。途中でこっち見に来てもいい?」
「ボールに気をつけろよ。キャットウォークも出入り出来るって聞いてるから、上がっててもいい」
「分かった」
「他の学校の奴らに絡まれたら走って逃げろ」
「んふふ、さすがにそれはしないけど、来るときに連絡入れるね」
「見るようにする」

 古橋くんたちにも軽く手を振って、体育館を後にする。足早にエントランスを横切って、エレベーターを呼んだ。
 早く今日のノルマを片付けて、見学させてもらいたい。


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