合同合宿?


 寒さが和らぐ日が増えてくると、学校では進路の話が格段に増える。三年生も目前なのだから当然だ。霧崎第一は進学校なので、進学希望者が九割である。わたしは考えた末に就職希望なので、同級生たちのような切羽詰まり方はしていないが、社会に出ることに対しての気の重さは感じてる。
 そうやって高校生活を謳歌している中で、それに拍車をかけるような言葉を聞いた。

「合同合宿?」
『そう。洛山主導でね』

 電話の向こうで玲央ちゃんが声を弾ませる。
 部活の合宿というのは、帰宅部のわたしにとっては無縁の言葉だ。花宮くんから多少聞くことはあるが、体験していないので漠然とした想像しかできない。しかも、玲央ちゃんいわく、複数の高校のバスケ部主軸メンバーを集めた大掛かりなものが計画されているという。既に各学校に連絡がされており、着々とメンバーが決まっていると。
 
「どこでやるん? かなりの人数になるよね」
『征ちゃんのお家が出資している施設よ。普段はスポーツ選手が特訓や調整で使っているの。VリーグやBリーグで使われることもあるのよ』
「施設利用料金えらいことになりそう」
『あはは、それはそうね。特別学生料金にしてくださっていて』
「すごいなあ。大変だけど、楽しそうやね」
『とても楽しみよ! キセキと無冠が集合……いえ、霧崎は良い返事をしていないみたいね。征ちゃんは残念そうだったわ。ま、予想通りだけど』

 玲央ちゃんがあまり興味無さそうに言う。霧崎第一がバスケ界隈で相当なヘイトを集めていることはわたしも重々承知なので、もちろん悲しくなるようなこともなく、ただ軽く笑った。

「花宮くんいつの間に断ってたんだろ」
『わたし、てっきり恭ちゃんは知っていると思ってたのよ』
「初耳やけど」

 古橋くんや原くんからも全く合宿の話題を聞いていないので、花宮くんは特に相談せずさっさと断っていたのかもしれない。

「楽しんでね。部活の合宿って未知だから聞くの楽しい」
『メンバーがメンバーだから、きっと賑やかだと思うわ。切磋琢磨して、インターハイ優勝はわたしたちがもらうわよ』
「うん、楽しみにしてる」

 電話を切ってから、玲央ちゃんが口にした"切磋琢磨"という言葉に笑った。花宮くんが嫌いな言葉の上位だ。これは確かに、花宮くんは行きたがらないだろう。



 合同合宿のことは下校時に花宮くんへ聞いてみようと考えていたのだが、朝、眠気にぼうっとしているとわざわざ古橋くんがわたしの顔の前で手を振ってきたので、ついでに聞いてみることにした。
 重い瞼を押し上げつつ、蛍光灯に光に顔をしかめつつ、わたしの机の近くで立っている長身を見上げる。

「いろんな高校のバスケ部で合同合宿するんだってね。昨日玲央ちゃんに聞いたけど、古橋くんも知ってた?」
「え?」
「キセキと無冠が集まるって。でもキリイチは行かないっぽい? 揃ってたら夢の共演やねぇ」
「初耳だが」

 古橋くんは時計を見て朝のSHR開始までの時間を確認してから、近くの空いている椅子を引き寄せて座った。

「詳しく聞かせてくれ。合同合宿?」
「洛山が主導で、各校の……キセキと無冠がいる学校の、主軸メンバーに声がかかってるらしいよ。キセキキャプテンの家が出資してる施設を格安で借りられるんやって。春休みに三泊四日」
「なんだそれは。面白そうじゃないか」
「あ、ほんまに? 嫌がるかと」
「スケジュールと方針にもよるが、赤司関係施設ってところに断然興味をそそるな。半端な施設なわけがない」
「玲央ちゃん、プロも使うって言ってた」
「気になるな」

 古橋くんが立ち上がる。また時計を確認しながら椅子を戻して、急いだ様子で携帯を操作する。「良い情報をありがとう」相変わらずの真顔で言って、自席に戻って行った。
 古橋くんが知らないということは、本当に、花宮くんはレギュラーに全く相談なく断ったのだろう。一考するまでもなかったということか。どういった形で誘いがあったのかは知らないが、メールや書面に"切磋琢磨"の文字があったらそれだけで断りそうである。
 真面目に部活をしているとはいえ、花宮くんの目的は青春をへし折ることだ。中々に矛盾しているが、そういうねじ曲がったところが花宮くんらしい。古橋くんや他の部員が合宿に興味を持っても、参加することはないだろう。
 そう考えていると、放課後、挨拶を終えたすぐに古橋くんと原くんがやってきた。同じクラスの古橋くんはともかく、原くんは移動が速すぎる。ちゃんと自分のクラスのSHRには出たのだろうか。それに、急がないと部活に遅れてしまうのでは。
 ふたりは迷いなく片膝をついた。

「少々よろしいでしょうか」

 原くんがポッキーの箱を差し出してくる。

「お力をお借りしたく」

 古橋くんがアルフォートの箱を差し出してくる。

「なるほど。花宮くん関連ですね」

 わたしは受け取りながら頷いた。


 頭一つとびぬけて背の高い古橋くんと原くんに両脇を固められ、バスケ部の部室方向へ連行される。途中で目標と出会う事が出来、わたしたちは廊下で立ち止まった。
 
「花宮くん」
「ん、ああ。……うん?」

 花宮くんはわたしを見て、古橋くんと原くんを見て眉を寄せる。「嫌な予感がする」生徒や教師の目もある場所だからか、表情の渋さはややマシだった。鞄を持ち直して、聞く姿勢にはなってくれている。

「合宿行かんの?」
「やだよ」

 間髪いれずに即答。"合宿"の単語だけで言いたいことが通じるあたり、監督兼主将の花宮くんには洛山からちゃんと連絡があったのだろう。

「行かねぇに決まってんだろ。大体、誰から聞いて……実渕か」

 話は終わったと言わんばかりに花宮くんが歩き出す。わたしも賄賂をもらった手前すんなり見送ることは出来ず、腕をとって引き留めた。振り払われはしなかったが、花宮くんはわたしを引っ付けたまま構わず部室へ向かおうとする。続いて原くんと古橋くんが腕をとると、さすがに前進を止めた。
 原くんがぶりっ子じみた声を出し、古橋くんも続く。

「行こうよー赤司グループのお抱え施設を格安利用だよー?」
「面倒くさいことになりそうという花宮の懸念はもっともだが、俺たちは赤司からの正式招待なのだから、そうおかしなことにはならないだろう。中々立ち入れない施設だぞ、面白そうじゃないか」

 花宮くんが嘆息する。

「そこは建前でも『バスケの勉強』とか言えよ」
「だって俺ら、別に全国優勝したいわけじゃないし」
「より勝ち進むことで、心を折る機会を増やすという意味ではありかもしれない」

 真面目に部活に取り組んでいる学生、しかもそこそこの強豪校とは思えない言葉に笑う。心底彼ららしい。
 花宮くんは苦い顔でわたしを見下ろした。

「そんなんでよく俺を動かそうと思ったな。わざわざ由都連れてきてまで。由都は無関係もいいとこだろ」

 それはわたしもそう思う。しかし、わたしの役割は花宮くんの説得ではなく、合宿の話を切り出すだけなのだ。原くんと古橋くんいわく「由都には実渕玲央っていう確かな情報源があるわけじゃん」「俺たちが聞いたところで白を切られるおそれがある」だそうだ。つまり、合宿参加についての話し合い――話し合ってはいないだろうか――になっている時点で、わたしの任務は完了なのだ。
 と、思っていたのだが。
 原くんと古橋くんがにこやかにわたしの顔をのぞきこんでくる。

「由都も合宿行きたいよね?」
「マネージャーみたいな顔をしているだけでいい」
「それ由都にメリット皆無だろ」

 呆れ声で花宮くんが突っ込んでくれる。
 原くんと古橋くんはめげなかった。

「バスケしてるかっこいい花宮クンを見学し放題。ついでに実渕もいる」
「いつもと違った環境での勉強は良い気分転換になるんじゃないか」
「でも勉強してたらバスケ見に行かれんのでは」

 話の流れで問いかける。「興味を持つんじゃない」花宮くんが低い声で言うが、原くんと古橋くんは対照的に楽し気だった。
 わたしは、漠然と思い描くだけだった"部活の合宿"というイベントが急に現実味を帯びてきて浮足立つのを感じた。興味があるかないかと言われれば、ある。

「旅行の予定もないから、正直めちゃくちゃ興味ある。玲央ちゃんとも会いたい。……花宮くんを見ていたいのも本当だよ。観客に紛れられる公式戦でしかバスケしてるとこ見られんし」
「ほらお花ほらほら」

 名前を出されて、花宮くんは驚いたようだった。決まり悪そうに頭をかく。

「……。部活に来ればいいだろ」
「立ち入り禁止みたいな感じじゃないの?」

 古橋くんが頷く。

「練習内容がアレだからな」

 花宮くんは額に手を当てて項垂れていた。わたしとしても予想外だが、思いのほか効いているらしい。多分、少し照れている。つられてこちらまで照れそうなので、実際問題どうなのかと古橋くんに話を振った。原くんは花宮くんに絡んでなんとか首を縦に振らせようとしている。

「でも、同行って可能なん? 完全に部外者なのに」
「同じ学校の生徒なんだから、そうおかしな話ではないだろ」
「バスケ部じゃないのは相当おかしな話にならん?」
「あいつらに、一目で由都の所属部を見抜ける技能はない」
「マネージャーの真似事しとったらいいのかな」

 マネージャー業務がまったくもって分からない。そもそも、バスケのルールすら最低限しか分からない。合宿の同行したくせ、本当にずっと勉強しているのも不審だろう。
 思案していると、原くんが羽毛並みに軽く言う。

「いーっていーって。勉強して、息抜きに練習見に来て、食事の準備くらいを手伝ってくれれば」
「そういうもん?」
「他校のやり方に口出ししないでしょ。まして、ウチとはどこも関わりたくないだろうしさ。だからねえ、お花、ねえねえ、いいじゃん行こうよ。楽しそうじゃん」

 花宮くんが、大きく息を吸って全部吐く。猫背に拍車を掛けながら、渋面で声を絞り出した。

「…………『マネ希望の女子生徒一人の同行を許可しないと参加しない』」

 原くんが分かりやすく顔を輝かせる。古橋くんは真顔だが、ハイタッチを求めてくるあたり嬉しいのだろう。
 『マネ希望』ということは、わたしがバスケ部所属ではないと気づかれても問題の無いようにしてくれるらしい。どうやら本当について行けるようだと、わたしは自分のテンションが一段階上がるのを感じた。

「無理矢理にもほどがあるが、由都は素行が良くて実渕とも知り合いだ、通るだろ」

 花宮くんは本当に頭が痛そうだが、わたしたちの反応を見てそれを少しだけ緩めた。ちゃちな説得に応じたということは、花宮くん的にも合宿参加のメリットを見出していたと思われる。

「わたし、実はずっとマネージャー業に興味があって」

 こころもち姿勢を正して真面目顔で言うと、花宮くんは疲れた顔で頷いた。


 一週間後、正式にバスケ部とわたしへ連絡があった。
 連絡後、説得の流れを知らない同級生バスケ部員からなんとも言えない視線を向けられるようになった。部員への事前挨拶はしなくていいと花宮くんに言われているので、部活へ顔を出すこと自体は不要だったのは幸いだ。

「他の部員の『察しました』って顔、ちょっと居心地悪いね」

 下校時に花宮くんに言うと、ため息交じりに返される。

「俺のセリフだわ」

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