学園で戦争が起こった。寮長がちょっとおかしな言動を始めた上に、人間なはずの知り合いが純血種様だったという衝撃を飲み込むため、級友とお茶をしながら会議をしている最中のことだった。
聞いたところによると個人VS個人っぽいので、私闘のほうが正しいのかもしれないが、純血種様方の私闘であるため戦争と言っても過言ではないだろう。なんでも、死んだと思われていた純血種様と我らが寮長がお家の事情で戦っているらしい。詳しい話を聞く時間はなかった。
昼間でも不自由なく動けるタイプの吸血鬼であるわたしは、コートをひっつかんで外に出た。
わたしの通う学園は特殊で、人間の通う普通科と、非公式で吸血鬼の通う夜間部が共存している。伝言ゲームで、寮長の「普通科の子たちを守ってあげて欲しい」という遠回しな命令が下ったので、動かない訳にはいかなかったのである。多分、寮長が言わなくても動く吸血鬼は多かろうと思う。わたしの家の派閥的には寮長側ではなく、敵の純血種様側なのだが、いつもわたしをちやほやして楽しい思いをさせてくれた子たちが無暗に吸血鬼の餌になっていいとは思えないのだ。
と、いうのが、先ほどまでの話。蒸し暑さに顔を上げると、どこかの山中にいた。
寮の外に出ようと移動している最中、床をぶち壊して移動してくる純血種様と遭遇してしまってからの記憶がない。混乱した頭では「純血種様の不思議パワーで移動させられたのかな?」としか考えられなかった。残念ながら、わたしたち貴族階級とは比べ物にならない能力を持つ純血種様の力の暴発ならあり得ると思えてしまう。
もしくは、純血種と出会った瞬間、意識を刈り取られてわたしは死んでいて――なんてことも、あり得なくはない。
「瞬間移動とか、長距離移動とか、空中浮遊とか、肉体変形とか、なんでも出来るもんなあ」
他者を容赦なく長距離移動なんて朝飯前なのだろう。きっとそうだ。
ここがどこかは知らないが、気候が変わるほど遠いのは確実だ。南のほうだろうか。学園がある地域は"涼しい"から"寒い"しか存在しない気候で吸血鬼向きなのだが、ここは違う。ひんやり空間を好む吸血鬼を、太陽の照り付ける地に放置するなど、嫌がらせ以外にない。
お気に入りのコートを脱ぎ、袖をまくる。ブーツを傷つけながら、第一村人発見目指してざかざか移動をしていく。道へ出ることは出来たが、一切舗装されていない土の道だった。
道があるなら、人もいるだろう。
日陰を選んで歩いていると、掘っ立て小屋のような、非常に質素でこころもとない作りの建物を見つけた。人の気配もあった。これでこの訳分からない状況を脱せると、意気揚々と声をかけ、そして凍り付いた。
「伺いたいことがあるのですが…………」
いたのは三人の子どもと、畑に立つ両親らしき男女。五人とも汚れた着物を着ていた。着物は東の島国の伝統衣装だと聞いたことがある。ここは、学園からずっと遠い東のほうの国だろうか。そう思考が回ったのはほんの数秒だった。
妙なのだ。まず、着物が汚れている。次いでバイクや自動車といった移動手段がない。ちらりと見えた掘っ立て小屋の中にはかまどがあった。古の品である。かまど。ここで生活しているのだと想像は容易いが、冷蔵庫や電子レンジがある気配がない。なんというか、ここが相当な田舎地域だとしても、文明のにおいがしない。
わたしは吸血鬼の貴族階級の中でも庶民派な自覚があるのだけれど、人間が住む地域の田舎はこれほどなのか。
「変わった着物……」
子どもが呟いて、我に返る。幸い、言葉は通じるようだ。言語が地域ごとに異なっていた時代など大昔なので当然と言いたいが、こうも未発達の生活を見せられると言葉が通じないのではという気がしてしまう。文化圏が違い過ぎる。
子どもたち三人がぽかんとわたしを見る一方で、両親らしき男女が慌てた顔で駆け寄ってきた。腰を抜かされたり、叫ばれたりしないあたりマシな対応と言えようが、ばっちり不審者扱いされている。東の国での着物着用は絶対ではないはずだが、男女の視線がわたしの頭からつま先まで忙しないので、洋服のせいで不審者扱いされている可能性がある。
「な、どちらのかた……?」
逆に問いかけられても答えられない。
わたしはまず場所を確認した。聞いたことのない地名が飛び出したので首都も問うたが「しゅと」と復唱されて質問を撤回した。次いで、世界的に有名な政治家や俳優の名前を上げてみると、彼らは不思議そうな顔で首を横に振った。
「参考になりました」
このまま立ち去るのは問題な気がしたので、五人の記憶をさっと誤魔化してからとっとと小屋を離れた。コートを頭から羽織って日よけにしつつ、大きな道を走って距離を取る。ある程度離れたら、また森の中に入った。
昼間は体力の消耗が激しいので、日が暮れてから行動を開始することにした。
太陽が沈んで、まず空を見上げて星をみた。一切覚えのない星図で絶望した。国が違うどころか、世界が違う可能性が出てきた。純血種様こわすぎ。改めて思い知る純血種様の力に恐れているばかりもできない。が、寮長推しの級友のように洗脳や幻覚の能力を持たないわたしでは、おそらく人里に紛れることはできない。しかし、この地の人間に接しないと馴染むことが出来ない。
都合のいい空き家かなにかないかなと山を猛スピードで徘徊すると、木々の中に一件、貧相な小屋があった。明かりはついている。出来る限り気配を消して、木板が一枚だけの壁に耳をつけた。声はしない。人間のにおいはするので、一人暮らしかもしれない。
このまま山を徘徊してもどうにもならない。まずかったらまた記憶を誤魔化せばいい。
己を奮い立たせ、建付けの悪そうなドアを叩いた。
「ごめんください」
「おやぁ?」
しわがれた声がした。扉が開くまでの数秒は、寮長の部屋に呼ばれたとき並の緊張感があった。
出てきたのは腰の曲がったご老人で、ついでにかなり認知機能が怪しかった。着物をつくろって夜更かししていたというお爺さんは、わたしのことを"喧嘩した勢いで出て行った息子"だと思っていた。性別を間違われていたが最早いつものことなので、これ幸いと勘違いに乗っかり、家に転がりこんだ。
その日はそのまま、せんべいみたいな布団を並べて横になった。本来夜行性な上、予想外の事態で睡眠どころではなかったので――ふかふかのベッドじゃない、というのもある――ただ寝転がっているだけだった。
翌朝、吸血鬼への嫌がらせなのか朝日とともに起き出したお爺さんは、わたしに着物を支給し、畑仕事に誘った。ちなみに、洋服へは「はーこりゃまた若いモンは」とこの世界の若者への認識をゆがめていた。
お爺さんは畑で自給自足の生活をし、たまに野菜や山菜を持って村におり、必要なものと交換しているという。
お爺さんとの生活はとてもありがたかった。お爺さんの本物の息子は大層覚えが悪かったそうで、わたしが着物を着つけられなくても、農具を扱えなくても、「ばっかおめぇ」とけらけら笑いながら教えてくれた。
名前についても問題はなかった。「おめぇ、名前なんだったかな」「やだなあ、忘れたの?」「もう歳じゃけの」というやりとりが何回かあり、毎回答えが出ないままで、罪悪感が薄れて良かった。別人の名前を名乗って別人になりきってしまうのは、なんだがやってはいけない一線な気がしたのだ。従って、「おめぇ」と呼ばれる生活を続けた。
わたしが物事を学ぶには良い生活だったけれど、一月を過ぎたある日、ぽっくりお爺さんは逝ってしまった。
吸血鬼は死んだら灰になるので墓などないが、人間は違う。火葬やら土葬やらの知識はあったので、小屋のそばに深い穴を掘って埋めた。火葬は火力がないのでやめた。
「名残惜しいけど、ここを出るか」
男物だけど着付けは出来るようになったし、かまどでの炊事もそこそこ身についたし、畑仕事もほどほど覚えた。畑は、こっそり能力を使っただけあって立派に育っていたけれど、ここで長い一生を終える気はなかった。
山菜探し中に見つけた藤の木の枝を少し貰い、お爺さんのお墓に軽くさす。お世話になった感謝も込めて気合を入れると、枝はみるみる根を張って幹を伸ばし、花房をつけた。わたしの特殊能力は植物成長特化なので、このくらい出来てしまうのだ。
狂い咲きの藤に手を合わせ、わたしは山を降りた。
最小限の荷物で山を降りる。照りつける太陽に対する苦手意識も大分薄れていた。太陽の下で畑仕事をしたのが荒療治になったような気がする。
最短距離で村へおりる。
認知機能の怪しいお爺さんとは仲良くなれても、人里に馴染めるかが不安だったが、拒絶されたりヒソヒソされることはなかった。お爺さんが山を降りるときは――息子の顔を知っている人間がいたら大変まずいので――理由をつけて同行しなかったのだ。
人里に馴染めるかチャレンジなので、特に目的もない。ぶらぶらして、旅人ですと言いながら適当に話をしていると、お爺さんの情報が入って来た。
「山菜取りのね、じいさんがいるの。ばあさんが死んでから、山の小屋に引きこもっちゃって」
「変な人だったけど、山菜は美味しいのよ。そういえば、ここ何度かは大量だったわね」
「山菜深追いして転ばない様にしてもらわなきゃねぇ」
嫌われているんだか好かれているんだか分からない反応に笑ってしまった。その美味しい山菜は手に入りづらくなるけれど、勘弁してあげてほしい。
お爺さんが暮らした村をぐるりと回って、吸血鬼探しの旅が始まった。
東の島国っぽいこの世界に放り出されてから、吸血鬼で良かったと思ったことは数知れない。
怪我は早く治るし、体が丈夫で人間ほど休養を必要としない。朝日は苦手だけれど動けないほどではないし、夜行性なので夜目も効き、深夜でも問題なく行動できる。吸血鬼は戦闘民族ではないものの、人間よりは身体能力が高いので、山でイノシシやクマに遭遇しても華麗に回避できもする。なにより最大の利点は、一日三食を必要とせず、栄養バランスと無縁なことだろう。吸血鬼の主食は血液で、血液さえ摂取出来ていれば身体に一切問題はない。排泄物もほとんどない。
血液調達は、出来るだけ人間から行っている。夜に家に忍び込み、いただきますをし、記憶を誤魔化してとんずらする。人間は怪我が治るのが遅い上、処置せずに放置することになるので、首ではなく出血のマシな腕からいただいている。お弁当として、竹を使った入れ物に血をためておくのも許してほしい。容器への血液保存術式は吸血鬼のたしなみなので、血液が痛むこともない。一つの村に長く滞在すると怪しまれる可能性もあるので、一週間と置かずに移動する日々を送っている。
獣は獣臭いから出来るだけ避けている。庶民派とはいえ、臭い血は嫌だ。
金策は主に山菜だ。たまにイノシシやクマやシカを仕留められたらそれも売る。得たお金で着物を新しくしたり、宿代にしたり、たまの贅沢で人間の食べ物を買ったりしている。
一度、妙なことを言われた。
「おい待ッ……いや、今は昼……気のせいか、仕事のしすぎか……」
どこにでもいそうな袴姿の、ガタイのいい人間だった。何事か聞いてみようと思ったが、タイミングを逃して分からずじまい。どことなく、吸血鬼ハンターの奴らに似ていた。腰に下げた刀から、とてもとても嫌な感じがする。二度目に吸血鬼ハンターのような気配を察知した時は、気づかれる前に距離を取った。