就職先

 行動範囲を徐々に広げて一年と少し。吸血鬼とは遭遇しなかった。深夜の山で変なにおいの人間に追いかけられたことはあったものの、吸血鬼はいなかった。わたしの元居た世界でも、東の島国には吸血鬼が少なかったので、ここも同じなのかもしれない。同族捜索は気長にせねばならない。純血種様捜索などさらに長丁場だ。もし見つかったとして、協力してくれるかどうかが微妙なので――純血種様は皆自分勝手だ――帰ることはほとんど諦めているのだけれど。
 いつものように野生動物を舐め腐った装備で民家のない田舎道を歩いていると、突然立派な屋敷が現れた。高い塀が敷地をぐるりと囲み、中の様子はうかがえない。どこか花の香りがする気がする。木の門扉には大きく"藤"の文字があり、藤の模様が描かれていた。藤さんの家、だろうか。いささか主張の激しい表札だ。

「御用ですか」

 振り返ると、わたしの腰に満たない背丈の女の子が立っていた。手には毬。この家の子なのは確実として、塀の外に出た毬を拾っていたのだろう。
 
「立派なお屋敷だと思って、つい。藤さんのお屋敷?」
「藤は、お花の藤です」
「こんなに大きく書いているのは、なんで?」
「目印なのです。ある方々を助けるための。お庭には、大きな藤棚があります」
「……見せてもらうことは出来るかな?」

 お爺さんを思い出して、なんとなく聞いてみる。女の子は不思議そうにしたものの、一度晴天を見上げてから「良いですよ」と門を開けた。
 ちょうど藤の花が咲く時期だ。金木犀ほどではないにしても、敷地内は花の香で満ちていた。数えきれないほどの花房が下がっている。太陽の光が紫に透けて、木漏れ日のように、きらきらと。目を奪われるほどの見事な藤棚で、塀で俗世と藤を隔てているのかと思えるくらい、美しい光景だった。
 じいいっと下から視線を感じて、半開きだった口を閉じる。見惚れてしまっていた。

「綺麗な藤だね。本当に。こんな立派な藤棚は見たことがないよ」
「うん、綺麗でしょう」
 
 毬を持った女の子が自慢げに笑う。

「門の文字といい、この藤は何か意味があるの?」
「悪い鬼を、追い払うの」

 伝承やおまじないの類だろうか。民間信仰というか、そういう。盛り塩的なものだろうか。そう流しかけて腕を組む。吸血鬼だって、非公式の存在だ。こちらの世界で、非公式に鬼がいても不思議ではない。
 そこでひらめいた。思い出したのだ、嫌な気配の人間の存在を。
 吸血鬼ハンターに似た気配の人間。わたしを何かと勘違いしかけた人間。そして女の子の言う鬼とやら。

「……鬼を狩る組織とか、ある?」
「お兄さん、鬼殺隊を知ってるの」

 なんだその、殺意に満ち満ちた名前は。


 大人に無断で家に上がり込むのは体裁が悪いので、女の子の保護者に挨拶をしがてら、何気ない風を装って鬼殺隊とやらについて聞いてみた。保護者の初老の男性は女の子を見て呆れた顔をした後、言葉を選ぶようにして話してくれた。
 公にはなっていないが人を喰う鬼がおり、鬼殺隊はその人喰い鬼を討伐することを仕事にしている政府非公認の組織だという。藤の花は鬼が嫌う花で、藤を描いたこの家は、かつて鬼殺隊に助けられた恩を返すため、鬼殺隊に全面協力しているらしい。
 鬼とは無関係だったわたしに話すことは抵抗があったらしいが、その存在をを知っているからと教えてくれた。

「遭遇しないことに越したことはありませんが、もし鬼と出会ってしまったら。藤の花のある所に逃げ込むか、夜明けまで身を隠すのがいい。鬼は、陽の光を浴びると死んでしまうから」
「憶えておきます」

 見た目はほとんど人間だという。ちょっと親近感がわくが、なりふり構わず人を喰うのは反対だ。同族扱いされたくはない。わたしたち上位階級吸血鬼は、そんな節操なしではないのである。
 同族ではないにしても、近い存在である気はする。鬼殺隊がわたしを鬼だと思ったように、わたしが鬼殺隊の武器に対吸血鬼武器に似た感覚を抱いたように。鬼殺隊に入れば、吸血鬼の情報が入ってきたりしないだろうか。

「鬼殺隊に入るには、どうすればいいですか」
「興味本位ならばやめた方が良い。死にますよ」
「死ねば自己責任です」
「……剣士になるには、"育手"のもとで修業をする必要がありますが、あなたが今から修行をしても身体能力の向上は難しいでしょう。どうしても鬼殺隊に関わりたいというのなら、支援部隊の"隠"にされるといい。部門によっては命の危険もありますが、基本が事後処理ですし、色々な分野がありますから、剣士になるよりは生きていられるでしょう」

 鬼殺隊戦闘部隊である剣士たちのサポートをするらしい。鬼の情報収集や裏付け、怪我の処置や弔い、戦闘後の片付けや隠ぺい工作エトセトラ。
 正直なところ、剣士でもそこそこやっていけそうな気はするのだが、あんな嫌な気配の武器を使うのは遠慮したいし、鬼だと思われて斬りかかられることがないとも言えない。剣士とはちょっと距離を置ける隠のほうが向いている気がする。

ALICE+