コナンが実家に帰ると、居候の沖矢昴がいた。ただ「おかえり、ボウヤ」の声が赤井秀一だったので、彼は今なんちゃって変装中である。安全地帯であるからこその気のゆるみだ。それを責めないのは、コナンとて、この家を作戦会議拠点として使用しているからである。
家庭的スキルを磨いている赤井が、コーヒーを二カップ持ってリビングへやってくる。コナンは、今度こそ落ち着いてコーヒーを味わうことが出来た。
先に切り出したのは赤井だった。
「先ほどジェームズから連絡があってな。キュラソーはやはり、無事に逮捕されているらしい。しかし、重大な情報源かつ証拠のない犯罪者だ。極刑にはならない――出来ないだろうと」
「組織に戻るつもりはないようだったし、組織の連中も、あの騒ぎの中でキュラソーが生き残っていると考える可能性は低い。第二回キュラソー奪還作戦、もしくは、キュラソー暗殺作戦は行われないはずだね」
赤井が神妙な表情で頷く。
「そう信じている。キュラソーが日本警察に明かした情報如何によっては、キュラソー生存を組織が嗅ぎつけるかもしれないが……そこは日本警察のお手並み拝見といこう。そもそも、キュラソーが捕まったからといって協力的とも限らんが」
「そこだよね……」
「それで? お嬢ちゃんとあの喫茶店店員はなんと」
コナンは、つい聞いたばかりの話を赤井に伝えた。
橙茉錦の父親は降谷零の仲間であり、組織から抜ける際、死んだふりをして味方すら欺きつつ橙茉錦とある女性をつれて逃亡に成功。コナンが聞いた父親の死は、カバーの男のことであり、中身はしっかり生きている。離婚したという母親は、現在日本警察が保護している、と。
「あのお嬢ちゃんが、組織の関係者……いや、組織関係者の血縁というところか。スパイが逃亡時にわざわざ保護したと言うことは、よほど重要なセクションにいたのか……?」
「どうだろう。橙茉さんは、自分のことは組織に認識されてないって言ってたから。父親役とも仲が良いそうだから、何かの偶然で知り合って、ただ仲が良いから一緒に逃げただけかもしれない。その女性も。あと、安室さんから伝言も預かったよ」
「俺に? なんの恨み言かな」
赤井が沖矢の顔で器用に自嘲する。コナンは彼らの事情を知らないが、おそらく赤井の予想している内容ではないのだろうと思った。
「『謝罪するなら礼をしろ』……てさ。それだけ」
「……なんのことだ」
「さあ」
「謝罪……」
赤井が顎に手を当てて思案する。こればかりは、コナンも推理を手伝えない。
赤井が黙りこみ、ふと眉をはねさせて、驚愕を隠さずに顔を上げる様子をじっと見ていた。
「ああ、まさか……そうか、そうか」
「暗号の意味は?」
「おそらく、これには二人の人間が絡んでいる。コードネームをスコッチとしていた日本警察からのスパイと……宮野明美だ」
コナンは目を見開いた。
確証はないが、と赤井は前置きをしたが、口調は迷いがなく確信を持っていることが分かった。
「スコッチは、俺の不手際で死んだ。それについての謝罪を、以前彼は受け入れなかったろう。『謝罪を受け入れる気がない』だけではなく『謝罪する必要がない』とまで言っていた」
「つまり、そのスコッチは死んでいなかった?」
「そういうことだろう。同僚すら騙して死んだフリをしたスコッチは、橙茉錦を連れて逃亡し、宮野明美の保護にも成功した……そう考えると、タイミングも合う。お嬢ちゃんの母親が<家出>して明美が毛利探偵事務所を訪れた。父親は<死亡>して、おそらく職場に復帰したんだ。だからあの場にいた。あの眼鏡のせいか随分と印象は違って見えたがな」
「潜伏を止めたのか……。……ああ、だからだ!」
コナンは静かな納得から一転して声を上げた。頭を抱えて、そういうことかそういうことかと繰り返す。
珍しい様子に、赤井が笑いをにじませながら問うてきた。
「どうした、ボウヤ」
「橙茉さんは、ぼくに情報を渡そうとしなかった。キュラソーのことは日本警察のしかるべき部署が対応していることを知っていた。それもそうだ、自分の父親が公安なんだからな……!」
「ははあ、なるほど。知り合いが事故に遭ったと言ったそうだが、それも<知っている組織の人間が>という意味だったのかもしれないな。スコッチはじめ公安警察が対処していることを把握していのなら、たしかに、我々の出る幕はないな」
「橙茉さんは、キュラソーが事故で失くした所持品を探していて……。ああ、そういったことも全部、バックに公安がいたなら納得だよ。どこまでが橙茉さんの独断で、どこからが公安の指示かは分からないとしても」
コナンはため息をついて、まだ温かいコーヒーを流し込む。くそう、悔しい。キュラソーを逮捕出来たことは万々歳だが、自分が蚊帳の外であったことは少々悔しい。
それでも、大きく収穫はあった。橙茉錦が本当に敵になるような存在ではないとはっきりしたことが何より大きい。公安とも密接な関係にある。当初懸念していた、自分や相棒のような薬関係者ではおそらく――いや、これについては無いと言い切れないどころか、可能性が高くなったのでは。
コナンは頭をかいた。話をしていたのは安室が主だった。橙茉錦は、もしかしたら公安にさえ伝えていないことがあるのかもしれない。