五虎退

(縦書き強調のための「、、、」が残ってます)


 口上を述べたとき、その審神者(さにわ)は「へえ」としか言わなかった。
 五虎退は口元を引き結んだ。人見知りをする性質なので、突き放したような物言いをする審神者に委縮してしまっても仕方が無いと言える。
 虎を退けたという名を持っているのに、実際は異なる刀。それで失望されたのだ。ただでさえ短刀は頼りなく思われがちで、五虎退の外見だって勇ましいとは言えない。顕現して早々、戦力として不足と思われてしまったのではないか。
 五虎退は、足元の子虎に慰められながら、なんとかその場に立ち続ける。気を抜くと座り込んでしまいそうだった。弱くてごめんなさい、兄たちのように勇猛でなくてごめんなさい、と意味のない謝罪が口から出そうだったのだ。
「斬れる?」
 審神者は逡巡(しゅんじゅん)した末にそう問いかけてきた。
 五虎退は顔を上げて、口をはくはくと動かしながら、何度も頷く。
「は、はい、斬れます。斬ります。僕は、出来ます」
「それならいい。わたしはここの審神者。見ての通り(、、、、、)だから、勝手が違うとは思うけど。これからよろしく、五虎退」
「はい!」
 審神者は、水槽にすっぽり入っていた。
 和室の壁が一面、大きな水槽になっている。水で満たされたそこに、審神者である女性は存在していた。上半身だけ和装を模した服を着て、下半身は魚のそれ。青い鱗(うろこ)は宋銭ほどの大きさがあり、光を受けて一枚一枚が輝いている。決して広いとは言えない水槽の中で、彼女は器用に踊っていた。
 五虎退の主は、人間ではないらしかった。

      *

 本丸での食事は、朝夕の二回行われる。時間は曖昧で、開始時間こそなんとなく決まっているけれども、終了時間は<食べ終わったとき>だ。食事は楽しむよりも活動に必要な作業である、というのが審神者たる彼女の考え方だった。非生き物な五虎退らが食事をするのも、興味があるなら食べればいいと、それだけであり、交流しようだとか仲を深めようだとか、そういったハートフルな思惑は含まれていない。
彼女は刀剣男士と食卓を囲ったり囲わなかったりで――池の藻を食べたり、鯉を食べていることもあるので、絶食しているわけではない――日によってまちまちだ。生魚も美味しいけど人間が食べる食事も美味しい、と箸の使えない彼女は言う。
 その日の夕食は刀剣男士らと同じ食事をするというので、広間に彼女の姿があった。乾燥が大敵なので長い時間陸上にいられないが、食事をする程度は平気らしい。
彼女は水はけのいい特殊な畳に横になり、両肘をついて上体を起こしていた。
 食卓の席順は、彼女の隣にその日の近侍がいることだけが決まっていて、今日はへし切長谷部が嬉々として世話を焼いている。
五虎退は彼女から一番遠い位置で、隠れるように食事を進める。あまり味のしない味噌汁を飲み、供物として霊力に置換した。


 あ、と思った時には遅く、グラスが一つ無残に割れた。
 洗剤を流したグラスをかごに置こうとして、手が滑ったことには気づいていた。グラスは五虎退の小さな手から抜け出し、重力に従って落下し、床に叩きつけられ、砕けた。五虎退はその様子を眺めていた。グラスの破損を防ごうという、当然の判断が咄嗟(とっさ)に出来なかったのだ。
 顕現したてで機動値の低い刀剣ならばともかく、五虎退は小回りの利く短刀で、練度だって上がっている。手から滑り落ちるグラスを持ち直すくらい、わけないはずである。
「平気か」
 五虎退と同じく片づけ当番の山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)が淡々と言う。五虎退があえてグラスを見送ったことは承知だろう。
「はい、大丈夫です。すみません」
「あの主は、こんなことを一々咎めないだろ」
 初期刀の山姥切と初鍛刀の五虎退は、この本丸内では親しいほうだ。人ではない審神者の生活に関して、相談し合ったこともある。人間は水中から話しかけてこないし、干からびたりしないし、池の鯉を咀嚼(そしゃく)しながら登場したりしない。
 五虎退は、子虎たちに近寄らないよう言い含め、グラスの大きな破片を集める。破片同士のぶつかる、かちん、からん、という音がひどく不愉快だった。片付けの手も遅くなる。
 ゆるりと破片を一ケ所にかためていると、山姥切がため息を吐いた。
「……何かあったのか」
「……あったじゃないですか」
「焼き魚が小さかったことか」
「違います」
「昼の出陣で、一振折れたことか」
「……そうです」
「そんなことか(、、、、、、)」
「そんなっ……ことじゃ……」
 五虎退は糾弾(きゅうだん)しようとして、言葉を飲み込んだ。
 この本丸には、新刃(しんじん)への通過儀礼として<連続出陣>がある。好奇心旺盛で横文字が得意なある刀は<出陣デスマーチ>と称していた。それは、たとえ新刃(しんじん)が重傷になっても撤退命令は下らず、目標を達成するまで帰還できないというもの。重傷のまま進軍し、折れることも珍しくない。重傷帰還すれば手入れはされるが、ろくな休息もないまますぐに次の出陣だ。練度が十分上がったと審神者が判断すれば、重傷撤退するようになり、内番にも組み込まれる。五虎退含めた数振は、中傷撤退の命令も出るようになった。
 本日の昼も(、)、一振の脇差が折れた。
 もし自分が庇えていたら、と五虎退は考えてしまう。無傷では済まなくとも、五虎退が中傷になれば彼女は撤退命令を下してくれる。重傷進軍だったあの脇差もまとめて手入れをしてもらえたはずなのだ。
 同胞の死は、何度経験しても慣れない。みな平然と夕食を摂っていたが、五虎退はそうではなかった。
「この本丸では、気にしても仕方がないことだろ」
 グラスの破片を前に座り込んだままでいると、抑揚のない声で指摘される。
「斬れる刀が残って、そうでない刀は折れる。それだけだ」
「や、山姥切さんは、何とも思わないんですか。主様は、僕たちには優しかったのに。中傷になったらすぐに手入れをしてくれたのに」
 優しい審神者だと思っていたのだ。三振目が顕現されるまでは。
「主は、変化したんじゃないだろう。最初で唯一の武器だから、俺たちが折れないようにしていただけだ」
「それでも……」
「お前だって言ってたじゃないか。『斬れます』と。ならそれでいい」
 五虎退は、顕現したときに見た景色を思い起こす。水槽の中の審神者と、水槽のかたわらに立っていた襤褸(ぼろ)布。襤褸(ぼろ)布から見えた冷たい色の目は、五虎退が顕現する前から審神者の冷淡な方針を知っていたのかもしれない。
 審神者にとっては、斬れるかどうかが全てなのだ。刀種やレア度など関係が無く、刃物としての価値だけを見ている。
 刀としては、嬉しい面もある。子どもの姿の五虎退含め、少年から青年姿の刀剣を容赦なく戦場に送り出してくれる。刀として最大限働かせてくれる良い主。しかしながら、人に愛され、その気持ちに応えるため生まれた付喪神は、持ち主からの愛情も必要不可欠である。
 正直なところ五虎退は、この本丸には別の自分が顕現されるべきだったのだろうと感じていた。同じ刀でも個体差はある。自分は他の刀のように、刀のみの価値だけで存在できず、折れていく同朋を日常として受け止めきれないのだ。どうしても、温かさを欲してしまう。
「……僕は、主様の刀に相応しくないかもしれません」
 粟田口派(きょうだい)の折れる様子を多く見ていることも、不安感の一因だろう。粟田口派は、現在確認されている刀剣男士の中で圧倒的な割合をもって存在する。中でも短刀が多いので、入手しやすく折れやすいというポジションだ。現にこの本丸でも、粟田口派は何振も折れている。
 五虎退はしゃがみ込んだまま、控えめに山姥切を見上げた。彼だけではなく他の刀剣も、同派が折れる様子を見ていないから平静でいられるのでは。ちらりと思ってしまうも、心臓が冷える心地がしてすぐに否定した。
 今日の昼折れたのは、堀川国広だったのだ。

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