山姥切長義4

 長義は鯰尾と目を合わせた。都市伝説は実在しているし、目の前にいる刀剣がその人魚運営本丸の刀剣男士である。そう告げてもいいものか。どうすべきか。
 予想したリアクションではなかったのか、蛍丸が怪訝(けげん)な顔をする。長義は慌てて弁解した。
「いや、驚かなかったのではなくて、それは本当だと思うから」
自分たちの審神者のことを明かすのは早計だが、長義は、何も情報がない段階で人魚を目撃している。
「見たことがあるんだ、まさにこのカフェテラスから。あちらの職員入り口の近くに停まった活魚車から人魚が出てくるのを」
「マジ? あいつの戯言じゃなかったんだ」
「その刀剣も、それを見たんじゃないのか」
「そうかもなあ。それにしては鬱々としてたけど。なんだ、本当なんだ。嬉しいような、がっかりしたような……」
「ちなみに誰なんですか?」
「陸奥守(むつのかみ)吉行(よしゆき)」
 鬱々としている陸奥守は中々想像出来ない。
「聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「いないんだよ、もう。調査課にいたのはちょっとだけで、以降どうしてるのかは分からない。元々本丸刀剣だったって話だから、どこかに配属が決まったのかもしれないけど……調査課の誰も、その後を知らないんだよね」
「友達のいない陸奥守だったんですか?」
「ははは、そう。仕事はするけど、ほんとに暗くてじめじめしててさ。特事らしいっちゃらしいのかもしれないけど」
「それにしても、消息を誰も知らないというのは妙な話じゃないか?」
「まあね。それこそ、封印されたんじゃないかって話もあるよ」
 蛍丸と鯰尾の視線が長義に向く。長義は首を横に振った。封緘課にいたのは短期間だ。もし長義の所属期間にその陸奥守吉行が封印措置を受けていたとしても、人魚の噂をしている陸奥守吉行かどうか見分けがつくわけがないし、封印刀剣情報を漏らすことも出来ない。
「ああ、でも。俺が陸奥守から人魚本丸の噂を聞いたのは一時観測課が発足するより前だったから、山姥切長義はまだ全く顕現してなかったんじゃないかな」
 蛍丸が爆弾を落とした。
 つまり、陸奥守が口にした人魚本丸の噂の出どころは、彼女の目撃ではなかったということになる。
 長義の脳裏に政府職員の言葉がよぎった。彼女より前にいたという、別の人魚。陸奥守はその人魚を目撃して、調査課の刀剣に伝えた。亡くなった人魚審神者の刀剣男士はすべて刀壊処理されたと聞いているので、陸奥守の元主が人魚であるという線は薄いだろう。一時的に政府引き取っていたとは聞いていない。
 長義は鯰尾をうかがった。
 彼女の目的が復讐でそれを彼女の刀剣/鯰尾が知っている場合、蛍丸の言葉は何ら驚くことではないだろう。
 彼女の目的が復讐であってもそれを彼女の刀剣/鯰尾が知らない、あるいは彼女に復讐の意思がない場合、鯰尾は驚いてしかるべきだ。
 果たして、鯰尾は目を見開いていた。
「では、少なくともふたりの人魚がいる可能性があるんですね。陸奥守が噂していた人魚と、本歌さんが見た人魚。陸奥守のほうは、元主の可能性もあって……詳しいお話を聞きたいところですが」
 すっとぼけを挟みながら、鯰尾が早口で言う。何らおかしなところのない反応に、長義は緊張を緩めた。何も知らないのならば、彼女の同族に興味をひかれて当然だ。情報を集めようとするのも、当然。――芝居ならば話は別だが。
「すげー興味あります。蛍丸、連絡先交換とか出来ませんか? なにか情報を仕入れたら教えてください」
「交換はいいけど、期待するだけ無駄だと思うな。陸奥守はもういないし、俺らも都市伝説扱いしてた話だよ? 今更情報なんて出てこないと思うけど」
「分からないじゃないですか。ねえ本歌さん」
「まあ、そうだな。人魚を審神者になど、興味深い話だから」
「本当に期待しないでね」
 蛍丸と鯰尾の個刃(こじん)持ち端末番号交換を眺めながら、長義は思案する。
 鯰尾は、他の人魚の存在を彼女に伝えるだろう。その後、彼女はどう行動するのか。時期をみて長義から彼女に伝えようとしていた情報だが、こうなってしまっては仕方がない。彼女の反応を注意深く見ておかねば。
 彼女は、他の人魚の存在を知っているのだろうか。


「主には伝えないでおきましょう」
 本丸へ通じるゲートまでの道すがら、鯰尾からの提案は寝耳に水だった。
 彼女に関する情報を手に入れておきながら、彼女へは伝えないという。長義のように思惑があるのならばともかく、鯰尾は何も知らないはずだ。
「なぜ?」
「まだ不確かな情報でしょう。それで主に伝えるっていうのは……他愛ない話なら別ですけど、主、仲間を巻き込まないようにって審神者をやってるわけじゃないですか。そこで『実は他の人魚も審神者をやってるらしいですよ』って噂を伝えるのはどうかと思って。内容が内容なだけに、軽率に口には出来ません」
 彼女を思っての真面目な解答が返ってきて、長義は頷いた。彼女の反応を見たいのも本音だが、鯰尾の言うことも一理ある。新参の長義が「彼女に伝えるべきだ」と食い下がる場面でもない。
「分かった。黙っていよう」
「でも、こんのすけには相談したいです」
「明日、俺から聞いておこう。鯰尾は出陣だろ」
「俺も聞きます。総隊長さんにお願いして、演練組と入れ替えてもらいます」
「偽物くんがそんな融通を利かせるのか?」
「『無性に刀剣男士と戦いたくて』って言えばいけます。前にもそれで替えてもらったことがあります」
「では、演練が終わったらこんのすけと話そう」
「例の陸奥守のことも知っているといいんですが」
「それは望み薄だな」
 ゲートをくぐり本丸に到着すると、人魚から明日の編成について話題が移る。
 ゆったりと歩いて離れに着き、就寝の挨拶をして別れた。


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