本丸エーテライトで待ち構えてくれていた秋田を抱き上げ、頬ずりをする。チキンヘッドを被っていることをうっかり忘れており、チキンヘッドの下でこっそり悲しい顔をした。チキンヘッドがなくても角のせいで頬ずりは出来ないことに気付いてさらに悲しくなった。
ろくに挨拶もせず抱き上げられた秋田は「えへへへへ」と笑って自らも頬を摺り寄せてきた。ニワトリの格好をした主をこれほど好いてくれる、刀剣男士は優しい刀ばかりだ。
「あきた」
「しゅくんー!」
「お腹空いたよ秋田……」
「さっき厨をのぞいたら、唐揚げが出来てました!」
秋田を抱えたまま本丸へ向かう。秋田は「主君の懐えへへ」と嬉しそうだった。短刀は積極的に抱き上げるのもいいかもしれない。
屋敷の玄関で秋田を降ろすと、どこからともなく一期一振が駆け寄ってくる。
「主! 秋田を抱えて山道を下るのは大変だったでしょう! 秋田もあんまり主に甘えてはいけないよ」
「一期、いいの。わたしが誘拐したから」
「誘拐……?」
「いち兄、主君の懐は温かいです! いち兄もぜひ!」
「こら、主を暖房家電のように扱うんじゃなイゥッ?!」
一期が言い終わらない内にわたしから抱きしめた。なんだか優しい良い香りがする。本丸の大浴場は安いシャンプーとリンスとボディソープとで統一しているが、加州や乱のように、一期もマイシャンプーの類を持っているのだろうか。
一期が行き場のない手をわたわた動かしている。引きはがそうとしてこないのは、人間であるわたしへの力加減を考えているからだろう。刀剣男士は人間を豆腐だと思っている節がある。
「一期は大きいから、懐には入らないな……」
「あるッ主! 主!」
「僕も入れてください!」
わたしと一期の間に秋田が割り込んでくる。
「えへへ」
「ふふふ」
「主! 秋田!」
玄関先でしばしおしくらまんじゅうをしたが、わたしのお腹が鳴ったので広間へ移動することになった。一期はどことなくふらふらしており秋田に手を繋がれていた。
広間は唐揚げの良い匂いがしていた。匂いに誘われるままお盆を取ろうとして、わたしは本題を忘れていたことに気付いた。空腹ですっかり頭から抜けてしまっていた。相談相手のひとりだった秋田とは、到着直後に顔を合わせていたというのに。
ひとまず食事を終え、執務室でこんちゃんと長谷部と仕事の話をしてから、離れの加州と秋田の部屋を訪れた。
「加州と秋田いる?」
中にいた加州が障子を開ける。入浴の準備をしていたのだろう、タオルや寝間着を重ねて置いてあるのが見えた。
「秋田は風呂行ってるよ」
「ふたりにちょっと相談があるんだ。すぐ済むんだけど」
「ふうん? ここで待つ?」
「そうさせてもらおうかな」
秋田を待つ間、加州は新しいネイルポリッシュを見せてくれた。わたしのために、赤以外の色を買ったらしい。青と、紫と、黒の三本だ。わたしの肌の色や鱗の色に合わせてくれたのだろう。
「俺とお揃いも嬉しいけど、主は寒色系も似合うと思う」そう言う加州はとても男前だった。わたしも見た目にはそれなりに気を遣うほうだが、誰かに飾られるのは気恥ずかしいと同時にとても嬉しい。
太陽の光で色が変わるものやら、温度で色が変わるものやら、変わり種ネイルポリッシュ談義をしていると秋田が戻ってきた。
「あ、主君!」
「俺たちに相談があるんだって」
「相談、ですか」
お風呂上りでこころなしか幼さに拍車のかかった秋田が腰を下ろす。ふたりが聞く体勢になったので、わたしは相談事を切り出した。
「大したことではないの。……エオルゼアの話、苦手?」
ふたりはきょとんとして、思いもよらない話題であると顔に書いていた。
「前にエオルゼアの話をしたとき、複雑そうな顔をしているように見えたから。エオルゼアの話を避けられない事態になりそうなんだけど、でもふたりが嫌なら、出来るだけみんなには伏せていこうと思ってて……」
「あ、大、丈夫!」
「僕も大丈夫です!」
わたしの懸念をくみ取ってくれたようだ。しかし大丈夫だという言葉とは裏腹に、加州は両手で顔を覆い、秋田はしょんぼり視線を落としていた。
「無理しなくても」
「違うんだ、主。それは俺たちが悪かったね。最初はちょっと、まあ、うん、複雑だったんだけど。今は大丈夫だよ」
「僕も初めは、僕らの知らない主君の話を聞くともやもやしましたが、今は平気です。だって、主君は僕たちをちゃんと大事にしてくれているんですから!」
わたしの予想をはるかに上回ってすんなり飲み込んでくれたことに安堵する。信頼関係をちゃんと築けているのだ。わたしがみんなを気にかけていて、本丸をほっぽりだすようなことはしないと信じてくれている。
「にしても、エオルゼアの話を避けられない事態って何なの?」
加州に問われて、わたしは苦笑した。まだわたしが考えているだけの段階で、各所に相談や許可取りは出来ていないのだ。ふたりにこうして相談をしたが、実現しない可能性もある。ただ、万全な本丸生活を送るためには、どうしても行っておきたいことだった。
「エオルゼア側の仲間をひとり、こっちに呼ぼうかと思ってる」
エーテライトは、本来特殊な設定を行わなければエーテライトとして使用できない。本丸エーテライトは何故か最低限の設定がされていたので使用可能だったが、確実な動作確認をしたわけではない。残念ながら、わたしはエーテル学に明るくないのでエーテライトいじりはとてもじゃないが出来ない。
使えるからと本丸エーテライトを使っていたが、いつ使えなくなるとも限らない。定期的な点検をするに越したことはない。そしてエーテライトの点検は、本丸側世界の人間には不可能だ。ならば、エオルゼア側から仲間を呼び込んでみてもらうしかない。
わたしが移動した直後ならばエーテルの流れに乗れるだろうということは、エオルゼアの仲間たちも同意してくれている。
「――と、いうわけなんだけど、本丸って政府職員以外の立ち入りが出来ないんだったよね。異世界人の来訪って可能なの?」
膝の上のこんちゃんを撫でながら事情を説明する。
画面の向こうで、人事部署の佐竹が難しい顔でうなった。こころなしか、きっちり締められたネクタイが苦しそうである。
『前代未聞の事態すぎて即答はできませんが……本来は、政府職員以外の立ち入りは不可能です。しかし、エーテライトの動作確認が必要な以上は……ううん……ちなみに、エーテライトが故障するとどうなります?』
「わたしが移動できなくなるのはもちろんだけど、最悪、わたしがエーテル界に取り残されて出てこられなくなるかも。別に爆発とかはしない」
佐竹は過去の経験をなぞるように、顔をしかめて画面外を睨んでいる。
『必要である以上は、何としても申請を通しますが……政府職員の立ち合いは避けられないでしょう。その職員の相棒である刀剣男士も。物々しい雰囲気にはなるかと思います』
「仕方がないよ」
『いらっしゃるのがどういう方かうかがっても?』
「十六歳の少年がひとり。名前は……また後程。わたしよりもよっぽど大人で頭が良くて、肝が据わっていて、心から信頼しているひと。見た目も、わたしよりはこの世界に馴染むと思うよ。耳が尖っている人間、かな」
わたしの後ろに長谷部が控えているので一応名前は伏せた。異世界からのわたしの仲間を神隠しするなど到底思えないが。
わたしの言葉に合わせてキーボードを叩いていた佐竹が、脱力したような笑みを浮かべる。
『あなたに負けず劣らず、中々の人材のようですね』
「わたしが戦士だとしたら、彼は参謀だね。政治にも詳しくて頭が上がらない。エーテライト点検については快く引き受けてくれてるから、こっちの準備さえ整えば来てもらおうと思ってる」
『点検はどのくらいの時間が掛かります?』
「見てみないとなんともだけど、今問題なく稼働しているから長くても三時間程度じゃないかって聞いてるよ。でも、危険を冒して遥々来てくれるから、屋敷で休憩もしてもらいたい」
『なるほど、泊まりはしないと。分かりました。一旦、こちらで相談させてください。詳細な確認事項はまた改めてご連絡します』
「よろしく頼むね」
通話が終わり、カメラのウィンドウが消える。ひとまず佐竹がエーテライト点検に理解を示してくれて安心した。わたしはこんちゃんの耳の裏をかきながら、懸念事項を口に出した。
「困りそうなことと言えば、言葉が通じないかもってところ。わたしが通訳するつもりだけど、彼にはちょっと窮屈な思いをさせるね」
長谷部とこんちゃんが意外そうな顔をした。
「しかし、主はこうして会話に支障がありませんよね?」
「でも、文字は読めないでしょ。本来は全く通じない言語で、わたしだけが声のみ適応させられているのも否定できず」
「審神者様は特殊な能力をお持ちで?」
「そういうことになるかな」
本丸就業予定を表示させる。何気なく眺めながら、当日どうするべきかを考える。すぐに佐竹からの連絡はないだろうが、許可が下り次第行動出来るようにしておきたい。
出陣と遠征は予定通り行って、内番や非番の予定である刀剣男士に政府職員の対応などを手伝ってもらおうか。