わたしは見た目がこの世界の人間ではないため、現地出席必須の審神者研修や会議もオンライン参加で許してもらっているが、健康診断となるとそうもいかない。そして健診部のスタッフがわたしの見た目を把握していても、そこに着くまでは見た目を誤魔化す必要がある。わたしは肌の色から違う上に鱗が至る所にあり、帽子や顔布だけで隠すことは出来ないので、チキンスーツで行かざるを得ない。
演技練場や万屋街ではなく、時の政府の各部署が入った真面目な施設へチキンスーツで赴くのだ、注目されても仕方がない。
れっきとした審神者なので特別な受付は本来必要ないのだが、警備員に止められて本丸の照合をされる羽目になった。指定時間よりも早めに本丸を出ていて良かった。
広々としてガラスが多く、開放感あふれる政府施設内を進む。
「なーんかヤな感じ」
わたしの隣を歩く加州が、周囲からの視線を感じてか呟いた。検査中はチキンスーツを外してうろうろする可能性が高いので、わたしの素顔を知っている加州に同行をお願いしたのだった。
「仕方ないよ、二足歩行のニワトリはどうやったって目立つ」
「にしたって、横目でちらちら見てさ……いっそ握手を求めてくるくらいしたらいいのに」
「それはなんか違うんじゃない?」
広く複雑な政府施設を、各所に設置してあるマップと本丸に届いた健診案内を確認しながら進む。次第に見覚えのある景色になっていき、わたしの足取りはスムーズになった。
「主、この辺り知ってるの?」
「本丸に入る前は、このあたりの医務室? 隔離室? そんな感じのところにいたんだ」
「へえ、そうだったんだ……殺風景だね」
「でも個室は生活できるように家電が充実してたよ。初めて見るものばかりだから、わたしを監視してたひとを質問攻めにしちゃってた」
「俺たちはこの時代の常識を最低限すりこまれて顕現するからいいけど、主はそうじゃないもんね」
「あのひとにお礼したいけどなあ。多分、政府所属の刀剣男士だったんだけど顔を覚えてなくて……名前も教えてもらってなかったから」
手際が良く、話のテンポも良く、忙しそうだったがちょっとした雑談には付き合ってくれた。審神者になるというわたしの身も案じてくれていた。しかし、どうにも特徴が無く姿かたちが思い出せない。
加州が「それ気味悪くない?」と自分の腕をする。
「それが、後でこんちゃんに聞いたら、実装前の刀剣男士だったんじゃないかって。政府にいる実装前刀剣男士には認識をぼかす術? みたいなのがかけられていて、審神者相手であっても特徴のない凡庸な一般人として認識されるんだって」
「ああ、現世に出るときに使う術ね。刀剣男士は目立つし、ドッペルゲンガーが大量発生しかねないから」
「だからお礼を言おうにも探せなくて。そのときも四次元リュックに入れてたご飯をお礼にあげたりはしてたけど……あ、この辺りだね」
全体で設けられている一斉健診期間とは別日かつ、施設の奥まったところにある特殊な健診施設なため、ここまでくると他の審神者の姿は無い。スーツや白衣のひとや、政府所属の腕章や名札を提げた刀剣男士の姿がちらほら見られる程度だ。
どこから受付をすればいいのだろうかと事務所のようになっている部屋を外からうかがっていると、ひとりの青年が出てきてくれた。わたしの本丸にはいないが、不思議と刀剣男士だろうとは分かった。わたしも審神者っぽくなってきたのだろうか。
彼はわたしを見て、加州を見て、それからどこか満足そうに頷いた。
「元気そうだね。はい、書類をもらうよ」
「健診で来た夜叉柄杓という者なんだけど」
「? うん。ああ、そうか。きみに電子レンジの開け方から説明したんだけどな」
「あ、あのときの」
「え! 山姥切長義だったの?!」
わたしと同時に、なぜか加州も驚く。何に驚いているんだと加州を見ると、加州もわたしを見ていた。
「ほら、山姥切長義……ああ、主はあんまり演練に来ないから知らないか。たまに見かける刀剣男士だよ。政府からの特殊任務をこなすと配属されるって噂で聞いたけど」
こんちゃん作の資料が頭を過る。山姥切国広の本歌、山姥切長義。顔の造形が似ている気はするものの、色合いや表情が全く違うので良く分からない。
長義は、わたしの書類を片手に腕を組んだ。口角は上がっている。
そう、この感じ。この、どことなく自信に満ちてプライドの高そうな雰囲気。家電を恐れていたわたしに、懇切丁寧に使い方を説明してくれた刀剣男士だ。
「改めて、俺は山姥切長義。備前長船の刀工、長義作の刀だ。きみと会ったときは正式実装前でね、認識阻害術がかかっていたんだ」
「いつぞやはありがとう、とても助かった。山姥切長義、だね。覚えておくよ」
「順調に審神者をやっているようだから、きっときみの本丸にもあいつ……ああ、いや、今はいいか。中に声を掛けてくるよ」
長義が事務所内に声を掛けると、白衣を着た女性が出てくる。挨拶と本丸番号の確認を滞りなく終え、いよいよ検査だ。「ご案内します」案内されるがまま部屋の奥に進む。
長義はいつの間にかいなくなっていた。
検査そのものはこの世界に来たときと変わりなかった。正直、文明レベルが違いすぎるので何をどう検査したのかよく分からない。身長と体重と視力はともかく、やたらと大きな機械や、謎の波形が出てくるとお手上げだ。
三十分ほどで解放され、検査着からチキンスーツに着替える。検査室近くでずっと待ってくれていた加州は、さぞ退屈だったろうにそれを微塵も感じさせない笑顔だった。
「主、お疲れ様」
「お待たせ。長義はいつの間にいなくなったの?」
「主が最初に更衣室入ってから少しの間居たけど、仕事があるってすぐいなくなったよ」
「もうちょっと話したかったな……」
「なんか鼻持ちならないかと思ったけど、いいヤツだね」
わたしがいない間、加州は長義と短い時間だが話をしたようだ。いわく、山姥切長義は本来全て歴史観測部の所属で、以前彼がここにいたのは一時的に研修と言う形で別部署に配属されていただけなのだそうだ。今日はたまたま「異世界審神者が政府施設に来る」と耳にして、わたしの様子を確認しようと古巣に足を運んだらしい。
また、わたしの本丸に山姥切長義が配属されることは今後しばらく無いだろうとも言っていたらしい。加州の認識通り、山姥切長義は政府の特別な任務をこなして配属が決まる刀。そしてその特別な任務は、通い審神者であり特殊な立場のわたしの元ヘは舞い込んでこないだろう、と。
「主のこと、すごく心配してた。言葉では分かりにくかったけど、母親かってくらい心配してた」
「まあ……それだけ質問攻めにした自覚がある……」
「あと、機会があったらレシピを知りたいって言ってたよ。何で餌付けしたの?」
「ゼフィールっていう、マシュマロっぽい柔らかいお菓子。また差し入れでもしようかな」
「……俺、それ食べたことないんだけど」
スッと加州のテンションが下がったのを察知した。加州は後ろ髪の尻尾を指に巻きながら、むすりと口をとがらせていた。
子どものような表情に思わず笑う。帰りに万屋街のカフェにでもまた誘おうと思っていたが、本丸に帰った方が良さそうだ。
「帰ったら、材料確認して一緒に作ろう」
「ん」