プロローグ
「どうか、審神者になっていただけませんか」
グレーの礼服を着た男が熱を込めて言う。審神者という職業や刀剣男士、歴史修正主義者との戦争について熱心に語った後なためか、額には薄く汗が滲んでいた。
男はそう言ったきり口を閉じ、まるで出産を見守るかのような力みようでこちらを見つめている。 そんなに熱を込めなくても、わたしの返事は決まっている。
「もちろん、わたしで力になれることがあるなら」
ぱっと男が目を輝かせて肩の力を抜く。頼まれごとを了承したとき、みんなそう安堵の表情をする。見慣れた変化だが、いつもどこかおかしさを感じて笑んでしまう。わたしが、頼られることを断るわけがないのに。
大事な仲間で優秀な参謀の少年が、いつぞや言っていた「本当にきみはお人好しで人たらしなんだから」という言葉が頭をよぎった。
テレポート事故、と言うべきだろうか。
テレポートは本来、訪れたこともある場所にしか移動ができない。それは、現地のエーテライトと交感を済ませないとテレポート利用ができないからという単純な理由だ。
そうであるはずなのに、未知の土地に吐き出された。審神者省管轄内筑前国万屋街、という場所だと後に聞いた。不審者極まりないわたしは即座に確保されたものの、人間太鼓判を押されたことと、「光の力が強い」という政府職員御神刀の意見もあり、酷い扱いは受けなかった。わたしはチキンヘッドとチキンスーツ姿だったので、突如二足歩行のニワトリが現れたという状態を考えるとかなり優しい対応だったと言える。
ここが自分のいた世界でないということは早い段階で気づいた。文明レベルの違いもそうなのだが、リンクパール通信が繋がらず、デジョン(ホームポイント帰還テレポート)も出来ない。世間話どころか<エオルゼア>という単語すら通じない。念のため世界地図も見せてもらったが、見知った地形が全くない。
分裂した世界どころじゃない異世界だなあ、とのんきに思った。数々の修羅場のおかげで不測の事態には慣れていた。
わたしの<異世界論>に政府職員は怪訝な顔をしたが、わたしがチキンヘッドの被り物を取ってみせると納得してくれた。ヒューランしかいないというこの世界では、アウラ・ゼラは異質に写っただろう。
帰り方がわからない、居場所もない、政府職員としても未知の事態すぎて対応出来ない。しかし幸いにもわたしには審神者というものの適性があったらしい。審神者になれば、本丸という居場所が与えられ、政府としても管理しやすくなる。審神者はいつでも人手不足であるという現状もあり、わたしはこうして審神者にならないかと説得されているのだった。
わたしは、わたしを説得した霧山という職員に言った。
「そもそも、居場所がないのはわたしのほうなんだから、そちらがそこまで下手に出るのはおかしな話では?」
「はは、あなたを審神者に引き込みたい理由があったというだけですよ」
霧山が角を合わせて丁寧に折りたたまれたハンカチで額の汗を拭う。 わたしはチキンヘッドの下で顔をしかめた。
「いやね、あなたを目にした刀剣男士が口を揃えるのです。あなたは『世界に愛されている』と」
ハイデリンか?
「刀剣男士様方がそこまで言うほどの存在を見逃すのは、我々の損失であると考えたのです」
大げさな、と一蹴出来なかった。慢心するつもりはないが、そういった力があるとは自覚している。もしかしたら、この世界でもなにか役目があるのかもしれない。そうでなければ、あの世界からこちらに吐き出されることもなかっただろうと思う。 役目を終えるか、移動手段を見つけて元の世界に戻れるといいのだが。
憂鬱になりそうな気持ちを振り払って、軽く笑った。その場での最善を。自分に出来ることを全力で。そうやって今までも進んできた、世界が変わってもそれは変わらない。
「わたしは御神託の元で生きる一族の出身なんだ、相性もいいかもしれないね」
「なんですって……」
霧山が前のめりになる。
「わたしは今、現代社会における審神者という職業についてしか説明いたしませんでしたが……審神者とは元々、祭祀において神託を受け、神意を伝えるという役目のことなのです」
「……おや」
ぴったりじゃないか、と出来すぎな事態に手を叩く。チキンスーツの羽部分を叩き合わせるとぽふぽふと間抜けな音がした。
そうして審神者になったのだが、非常に幸いなことに、元の世界とこちら側の行き来は早い段階で可能になった。
巨大なクリスタル、つまりエーテライトがあったのだ。
本丸に配属されてすぐに敷地内を散策していると慣れた気配を感じ、辿り、すこし土を掘り返してみれば見慣れた水色。空を閉じ込めた神秘的な石は紛れもなくクリスタルであり、試しに交感してみればエーテライトとしての機能を持っていることが分かった。同時に、元の世界と繋がっている感覚も持てた。クリスタルは本来、エーテライトとして使用するには特別な調整が必要になるはずだが、本丸に埋まっていたそれは最低限の設定がなされているようだった。
ハイデリンか?
政府に連絡をしつつ、試しにデジョンをしてみれば無事にイシュガルドに到着出来た。異世界で過ごしていた日数分しっかり時間がたっており、七日間所在不明であったということで仲間たちには大層心配をかけ、リテイナーには泣かれた。謝罪しつつ七日間の間の出来事を互いに共有し、お互いに無事でよかったと胸を撫でおろす。そしてイシュガルドからもしっかり本丸エーテライトの存在を認識出来たので、これからも行き来可能であろうと、審神者業を続けることに関して仲間たちからの理解を得ることも出来た。
その後本丸に行き、今度は初期刀やこんのすけや政府職員からの歓声を浴びた。
イシュガルドにいる仲間とリンクパール通信が使えることも確認して、わたしはようやく安心できた。本丸にいる間は安全で、自分の意識で戦いに行けるこちらと違い、あちらでは世界各地に顔が利くためあらゆるところから声がかかる。トラブルの規模も大きい。自分が必要であると自覚している故に、あまり呑気に離れるわけにもいかないのだ。異世界到着当初はどうしようもないからと自分を納得させて審神者業に集中しようとしていたが、両立できるのならばそれに越したことはない。
わたしは冒険者と審神者の二足の草鞋を履くことになったのである。