死んでる暇もない6

 わたしの死亡事件以降、わたしは素顔でエオルゼア側と本丸側を行き来していた。一度見せた上、そもそもなんとなくチキンスーツのままだっただけなので、みんなに「顔が見えたほうが良い」と言われればなおさら着用する意味はなかった。本丸のためにチキンヘッドやチキンスーツを投影していた装備も、やっとニワトリから開放された。
 今日も今日とて本丸で夜を過ごすためにテレポートすると、次郎太刀が出迎えてくれた。「うん、無事だね」と笑顔を浮かべて、懐中電灯片手に山道を下る。

「主、屋敷についたらまず大広間に行くよ」
「ご飯食べたいからそのつもりだよ」
「主が元気でアタシは嬉しい」
「わたしは、いつも大抵元気だよ」
「たまに死んじまうくせによく言うよ、まったく」

 痛いところをつかれたが、次郎が笑いながら言ってくれたのでこちらも軽く返す。

「ゾンビよりしぶといから大丈夫だよ」

 わたしの死についてはまだ受け入れがたい刀剣男士が多いという印象で、大広間での蘇生魔術暴露以来、死に関して話すことはほぼない。その点次郎は、こうやって軽い口調で真面目な話をしてくれるので助かっていた。付喪神の中でも、またひとつ神に近い存在だからだろうか。
 静かな山中の階段を下りる。次郎の持つ強力な懐中電灯がわたしと次郎の足元を照らしているので、不自由さは感じない。
 次郎が、明るいままの口調で言った。

「しっかし、神に気に入られるってのも考えもんだね。審神者をやってる人間に言うのもなんだけど。厄介事に巻き込まれて、死ぬことも自由に出来ないんじゃさ」

 神、と言われて首を傾げたものの、わたし自身がハイデリンのことをそう説明したのだった。ハイデリンが何なのかは、未だ確かなことは分からない。

「神と言ったのは、それが一番、本丸側世界の人に伝わりやすいと思ってのことなんだ。わたし自身、神のようなものとも考えているから。でも、実際のところは何なんだろうね。光であり、星の意思であり、生命体である……世界を守りたい意思なのは確かだよ。国や土地ではなく、星という意味でね」
「<神>と<生命体>という言葉が並ぶのは不思議な感じがするね」
「言いだしたの、誰なんだろう。そういうものだと思ってあまり気にしてこなかったな……こうやって誰かに説明しなきゃいけなくなって初めて、自分の知識不足を知るよ」
「そういうもんさ」

 この世界に来てすぐも、自分は自分のことを良く知らないのだと実感した。自分の当たり前を当たり前として疑ってこなかったからだ。そもそも魔力とは何かという説明を求められて、魔力を知らないひとへの説明ができなかった。わたし自身のことについて、わたしよりもこの世界のひとのほうが熱心に調べているくらいである。
 まったくもって世界は広い。広いし多い。

「アタシらだって、刀剣男士の存在について、誰にでもわかる言葉で説明しろったって無理だからね。まあまあ、そういう話はいいとして」

 次郎がわたしの前に回り込み、じっと見下ろしてくる。一段下がった程度では、次郎との身長差は埋まらない。
 じっと次郎を見返すと、次郎はなにか言いたげにしていたもののすぐに笑顔を浮かべた。
 
「うん、みんな待ってるから。屋敷へ急ごうか」
「うん」

 次郎がくるりとわたしに背を向ける。そのまま一歩踏み出すのに合わせて、わたしはその背にのしかかった。軽く体重をかけるだけのつもりが、わたしが躓いたかなにかと勘違いして次郎によって華麗におんぶされて足が浮く。
 わたしをおんぶしたままで、次郎が焦った声を出す。

「大丈夫? 疲れてるんじゃないの?」
「いや、ふふ、大丈夫。ありがとう」
「そう?」

 長谷部や平野のようだと思ったのだ。問題を起こさず手がかからず、わたしにとても気を使っている。冷静故に控えめだ。
 次郎はわたしの初めての大太刀で、比較的初期からいる刀剣だ。達観している次郎太刀は、まとめ役に回ることも多かった。瓶ごと酒を飲むという突飛な行動をとる反面で、昼間は頼れる、わたしの視界に引っ掛かりにくい刀剣男士なのである。つまり、意識していないと構えない。
 あらぬ方向を向いている懐中電灯を受け取り、おんぶされたままわたしが道を照らす。

「言いたいことは言ってほしいと思ったんだ。おんぶされてしまったけど」
「あー……主は、けっこうひとを見ているよねぇ」
「そうかな」
「気にしないでいいよ。主が生きていて嬉しいなと思ってさ」
「さっきも聞いたね」
「うん。みんな思っているよ。もしかしたら、主が考えている以上に」

 長身の次郎の背が揺れる。一歩が大きいので、ただ歩いているだけでも進みが早い。自然と、チョコボや魔物の背に乗っているときのように口を閉じた。下手をすると噛んでしまう。
 
「ああ、このまま、主を安全な場所に連れて行けたらいいのになあ!」

 次郎はそう口にして、屋敷までどかどかと走った。


 大広間では、おそらくすべての刀剣男士が待ち構えていた。蘇生魔術の話をしたときのように全振が静かに座している。のんびり晩御飯を食べに来たつもりだったため入室にはためらいが出たが、次郎に促されて上座に座った。

「ただいま……?」

 「おかえり」と言いたげに頷きが返される。何かを話して欲しかったのだが。近くに控えている長谷部を見ると、好青年然として笑みが返された。
 わたしの前に出てきたのは加州と秋田だった。わたしの初期刀と初鍛刀。一体何が始まるのかと困惑していると、加州がひとつのお守りを差し出してきた。
 政府から購入して刀剣男士に渡しているものではない。大きさやデザインは似通っているが、初めて見るものだった。
 加州がうつむきがちになって言う。

「これ……お守り。俺たちで作ったんだ。今いる全振の力が込めてある。もらってくれる……?」
「もちろん」

 もらわないという選択肢が無かったため、即答して受け取る。お守りのつくりも、刺繍も、全て手作業ということはなんとなく分かった。素敵な桜柄の布は誰の見立てだろうか。全振の力がこめられているということは、わたしの身を全員が案じてくれているということだ。
 秋田が息を吸った。

「主君! 主君が本丸へ帰ってきてくださること、僕たちはちゃんと待っています。だからっ……だから、どうか、死んだりしないでください!」

 涙をこらえながらの声が胸に響く。わたしの死亡と蘇生に驚いていた彼らとは違う。わたしの活動を理解した上で、無事を願ってくれているのだ。
 死ぬことすらある冒険者という活動に反対される可能性も考えてはいた。わたしが数多いる審神者のひとりだとしても、彼らの主はわたしなのだ。本丸で安全に過ごしていて欲しいと考えるのは当然のことだ。ただ外に出るのではなく、戦地で命を落とすのならば尚更。
 彼らは、わたしを安全に囲うのではなく、わたしの在り方の尊重を選んでくれたのだ。
 お守りを両手で胸に持つ。わたしとて魔力を使っている人間だ、意識を向ければ溢れんばかりの愛情を感じる。
 加州と秋田の頭を撫でて、広間全体へ顔を向ける。ここにいる全員が、わたしの無事を願ってくれている。

「ありがとう。這ってでも帰ってくるよ。必ず」

 やらねばならないことが増え、死ねない理由が増えて、待っていてくれるひとが増える。わたしと世界の繋がりが太くなっていく。これはとても幸福なことなのだ。
 少しでも長く、仲間と生きたい。この本丸に帰ってきたい。
 お守りを握った手を上げて、大広間に響く声を上げた。

「みんな、わたしと一緒に生きて!」

 お墓にも一緒に入って、ずっとわたしと一緒にいて。

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