凪くんとお出かけする


 わたしの所属する天体観測部は、朝練はなく部活動日も詰まっていない。文化祭前は準備に追われることもあるが、普段はのんびり近日の天体情報を共有したり太陽の観察をしたりする。
 対して、凪くんはサッカー部。白宝高校のサッカー部はいわゆる弱小だったが、御影くんがサッカーに目覚めて凪くんと入部した途端、知名度をあげているらしい。御影くんが御影パワーも使って練習試合を多く組んでいるというのも一因だ。御影くんと凪くんはサッカーセンスがとても高く、負けなしのダブルエースなのだという。
 そんなわたしと凪くんなので、休日にデートというのは中々難しい。クラスも別。毎朝の雑談が至福のひとときなわけだが、もっとのんびりしたい気持ちもある。たまに昼食を一緒に摂るが、しょせんは学校の食堂だ。わたしとしては、どれだけ赤面してもいいからもう少しお近づきになりたいのである。
 なんとかして学校外で会えないだろうかとぼんやり考えていると、朝練終わりにわたしの教室へ来た凪くんが言った。

「今週末、練習試合があるんだけど。見に来る?」
「行く」

 即答したが、しっかり脳内でスケジュールを確認したので考えなしではない。
 凪くんはわたしの机の横にしゃがんでいる。わたしは他クラスへの出入りの後ろめたさで凪くんのクラスではしゃがみがちだが、凪くんがしゃがんでいる理由は、単に近くに空いている席がないのと、凪くんが立っていると座っているわたしとの目線差がとんでもないことになるからである。

「うちの学校であるの?」
「うん。十時から。その日はそれだけで部活終わるから、時間あるならデートしない?」
「する」

 再び即答しながらお誘いに舞い上がる。凪くんが、あの凪くんが。付き合っているのでわたしに好意があるとはもちろん分かっている。といっても、面倒くさがりの凪くんだ。わたしが押せ押せしなければ自然消滅しそうという意識が強かった。
 しっかり好かれていると思っても良いだろうか。

「サッカーしてるとこ、見るの初めてだ。わくわくする」
「そんなに良いものでもない気がするけど」
「応援するよ」
「疲れるからむしろやりたくないんだけど」
「正直、機敏に動いている凪くんはあんまり想像できない」
「でしょ」

 素直に述べると、凪くんは正解とばかりに頷いた。自分の面倒屋具合をしっかり自覚している。
 今から練習試合に対しての憂いがあるのだろう、頷く表情はどこか浮かない。こんな調子の凪くんを毎日嬉々としてグラウンドに引っ張っていく御影くんを尊敬する。凪くんが本気で抵抗していないとしても、ここまで<めんどうくさい>を態度に出されたら心折れそうなものだ。
 凪くんは眠たげな目をわたしに向ける。

「でも、空山さんが来るなら、ちょっとは頑張ってもいいな」
「……今すごくほっぺ噛んでる」
「苦し気な声」

 このとき、わたしは知らなかった。
 凪くんは無気力でも天才的プレーをするからこそエースと呼ばれ、御影くんが惚れ込んでいること。その凪くんが「頑張る」と言った意味を。

      *

 制服を着て、休日の学校に登校する。運動部の掛け声を遠くに聞きながら、グラウンドへ向かった。
 既にサッカー部員がアップをしている様子が見える。ビブスが二色あるので、相手校も到着しているらしい。自分でも驚くくらい早く凪くんを発見した。他の選手がアップしている中、ベンチで飲み物を飲んでいる。状況はつかめないが、部活でもマイペースは健在らしい。
 白のビブスが白宝高校、オレンジが相手校だ。相手校がどこか凪くんに聞いたのだが「知らない」と言われていた。わたしも相手校を知ったところでどうにもならないので、特に御影くんに尋ねてもいない。
 わたしは、グラウンドと校舎を繋ぐ歩道脇のベンチにハンカチを敷いて腰かけた。今日は過ごし良い気温なので、あえて日向のベンチを選んだ。グランドから近くもなく遠くもなく、裸眼0.8で選手の表情がぎりぎり見える場所だ。携帯を取り出しアップ中のグラウンドを一枚撮影してから、観戦体勢に入った。
 通学鞄から水筒を取り出す。中身は温かい紅茶だ。水筒に付属しているカップに注ぎ、一口飲んでグラウンドを見つめる。
 ほどなくして選手が整列し、コートに散らばる。凪くんは笑顔の御影くんに促されて整列し、御影くんに背を叩かれてポジションについていた。相変わらず気だるそうで笑ってしまう。さすが凪くんの保護者、御影くんである。
 笛の音を聞きながら、凪くんはドリブル出来るのかな、と失礼なことを考える。
 凪くんは走って、ドリブルして、パスを受けて、シュートを決めて、シュートを決めて、シュートを決めていた。

「はっととりっく……?」

 辛うじて知っているサッカー用語を呟く。PK、ハンド、ハットトリック。わたしのサッカー知識はそんなものだ。イエローカードとレッドカードのどっちが重いペナルティなのかすら分かっていない。
 わたしは紅茶を置いて呼吸困難になりながら、震える手でグラウンドに携帯を向ける。涼しい顔でシュートを決めた凪くんが、飛びついてきた御影くんをおんぶしていた。御影くんは笑顔で凪くんを褒め、凪くんはきょとんとしつつも何か返答している。その微笑ましい様子をズームして撮影し、撮影後画面を直視できずに携帯を伏せた。
 こんなにかっこいいなんて、聞いていないのだが。
 相手チームは戦意喪失気味だった。なんでそこにいるの、というベストポジションに凪くんがおり、なんでそこからゴールを狙えるの、という位置でシュートが決まるのだ。御影くんはそんな凪くんに合わせて的確なパスを出し、時には自分でゴールを狙っている。敵だったらさぞ嫌な選手たちだろう。
 サッカーは決められた時間が経過するまで試合は終わらない。相手チームはたとえ戦意を喪失しても、まだ凪くんや御影くんたちと戦わなければならない。わたしも、どれだけ凪くんにときめいて勝手に照れようが、まだまだかっこよさを浴びなければならないのだ。


「あ」
「凪?」
「空山さんがうずくまってる」
「苦しそうだな。でも片手で携帯構えてるから元気だな」
「いえーいピース」
「トドメを……」


 試合は五-〇で幕を閉じた。サッカーはロースコアのイメージがあるのでそれだけでも驚きだ。
 試合が終わってからも片づけやミーティングがあるとは聞いていたので、その間は撮影した写真を眺めて時間をつぶした。一枚の写真にこれだけの時間を使えるのかと思うほど、わたしはじっくり写真を見ていた。携帯に穴が開くのではと心配になる。著名な写真家の風景写真や、美術館の絵画よりも価値があるのだ。不意に、こちらに向かってピースしている凪くんの写真と出会って携帯を投げそうになったりもした。
 ヴヴン、と携帯が短く震えて、凪くんからのメッセージ通知が表示される。開くと【終わったから行く】と端的なメッセージと脱力系謎生物のスタンプが表示されていた。合流しやすいよう校門で待つと返信して立ち上がる。
 時刻はすでに昼を過ぎている。紅茶を飲みつつクッキーもつまんでいたので苦しいほどの空腹ではないが、昼飯は食べたい。デートをするといいつつも目的が特に決まっていないのでまず昼食を摂りに、とそこまで考えたところで<デート>という言葉に今更ながら照れがきた。
 深呼吸をしていると、凪くんと御影くんが現れる。

「凪くんも御影くんもお疲れ様!」
「とてもつかれた」
「サンキュー」

 さきほどまでフィールドで活躍していたふたりが目の前にいるのは、すこし感動があった。クラスでは見ない面を目の当たりにしたからだろう。
 試合の感想を伝えようとしたが、ルールもろくに知らない素人では語ることは難しい。

「試合……すごかった!」

 幼稚園児のような感想が真っ先に出て、とても恥ずかしい。もう少しマシなことが言えないだろうかと慌てて言葉を足す。

「すごい、すごかったんだ。わたしはサッカーのルールをろくに知らないからうまく表現できないんだけど、ふたりが息ぴったりで、ボールを体の一部みたいに扱ってて……すごかった!」

 感動を伝えたくて拳を握る。あの場面であの技が、何点目のシュートの位置取りが。そんな風に伝えられたらいいのだが、まともにスポーツ観戦すらしたことがない身では「すごかった」に集約されてしまう。
 わたしの素人丸出し感想に、御影くんが笑顔を浮かべる。凪くんはまず口角を上げることが稀なので笑顔ではなかったが、気分を害した様子はなかった。

「凪すげーだろ! 俺たちはふたりで世界を獲るぜ。な、凪!」
「ええー」
「ふたりにサインをもらっておかないと」

 「世界を獲る」と言う言葉が本気だということは、御影くんを見れば分かる。彼らの実力が世界に通用するのかという判断は、とてもわたしには出来ないが、才能を応援したい気持ちに嘘はない。先ほどの試合を見ていれば、世界は置いておいても国内ではいい成績を残せそうに思う。

「あーサイン……」

 呟いたのは凪くんだった。無気力に見えるが、サッカー選手として名を上げることにちゃんと興味があり、サインのデザインを考えるつもりなのだろうか。
 ごそごそと鞄を漁り始めたので、なんとなく御影くんと凪くんの行動を見守る。
 凪くんはペンケースから黒のサインペンを取り出していた。キャップをとってくわえると、なぜかわたしの右手をとる。
 何をと問う間もなく、凪くんはわたしの手の甲に【なぎせーしろー】と平仮名を書いた。

「俺のに、名前書いておかないと」

 凪くんはペンを片付けながら言う。
 御影くんは腹を抱えて笑ったが、わたしはデート開始前からの攻撃に震えていた。

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