凪くんとお出かけする2



 お迎えの来ている御影くんと別れ、凪くんとふたり。とりあえず昼食を食べに行こうと近場のファミレスに入った。
 のんびりした会話や手をつないでの移動は学校では出来ないものであり、わたしは急激な凪くんからのスキンシップに頻繁に頬を噛んでいた。血が出そうなので控えたいが、そうでもしないと表情筋がゆるゆるになってしまう。
 四人席で向かい合って座る。席に着くときの、凪くんの「そっか」という呟きが引っかかったが、聞いてもなんでもないと返される。
 凪くんに部活の話を聞いていると、ハンバーグ定食とドリアが到着する。

「凪くんは、優雅にサッカーをするよね」
「そう?」

 凪くんは、肘をつきながらもぐ……もぐ……と小さく口を動かす。体格に似合わず小動物のような食事の摂り方をする。

「わたしは、跳んでくるぶしでパスを受けてることがすでに驚きだったんだけど、凪くんってそこから浮き上がらせて、こう……専門用語分からないのが悔しい」
「玲王からのパスで適当にやってるだけ」
「軽やかすぎて蹴鞠に見える。実は平安貴族だったりする?」
「しないかなあ」

 凪くんがほんの少しだけ笑う。
 ドリアが半分になったところでこのあとどうしようかと切り出すと、凪くんもノープランらしかった。凪くんといたいだけなので目的地は正直どこでもいい。カラオケか映画かウィンドウショッピングか、いくつか候補を上げていると凪くんからゲームセンターという提案があった。

「ゲーセン! 行きたい!」
「思ったよりいい反応するね。好きなの?」
「親から『女の子だけで行っちゃだめ』って言われてるからなかなか行けない。探索してみたい」
「今日は俺がいるから問題ないな」

 食事の会計をさらっと払われ、初めての経験にしどろもどろしているとサイン入りの手を握られる。「しゅっぱーつ」わたしが握っている財布には目もくれず、凪くんが歩き出した。今度何か菓子パンでも差し入れよう。
 凪くんは格ゲーをしに時々行くということで、ゲームセンターへの案内はお任せした。普段携帯でシューティングゲームをしているということは知っていたが、携帯ゲームだけではなく基本的にゲーム好きらしい。わたしも幅広くはないがゲームは好きなタイプなので、そういった意味でもゲームセンターはわくわくする。
 到着したゲームセンターは、でかでかとnamcoの看板が掲げてあった。ビル丸々がゲーム関連施設で、カラオケやボーリング場のフロアもあるらしい。ショッピングモールの一エリアにあるゲームセンターを想像していたので、驚きつつ凪くんの影に隠れる。穏やかに会話が出来ないほどうるさい中を進み、格ゲー台が集まっているエリアに入る。
 騒々しい環境におっかなびっくりしていると、凪くんがある台を示した。

「俺、このシリーズ好きなんだよね」

 ただその情報をくれるためだけに、凪くんが屈んでわたしの耳元で言う。会話を成立させるための気遣いでわたしは死んだ。



 凪は、彼女のことをちゃんとかわいいと思っている。付き合ったきっかけが空山からの告白だろうとも、ちゃんと好きだから付き合っている。感情を表に出すことはあまり得意ではないが、学校だけだとゆっくり話せないのでデートでもするかと自発的に考えた。
 サッカーはついでだった。御影に「サッカーやってるところ見せたら惚れ直される」と言われたので、これ以上彼女が自分のことを好きになったら会話もままならなくなるのではと若干不安になりながら誘った。サッカーは面倒だが、観戦している空山が楽しそうなのは悪くなかったので柄にもなく張り切った。
 凪に恋人らしいことはよく分からないが、ふたりでのんびりしたかった故に誘ったデートだ。したがって、ファミレスで向かい合って座るのは少々不服だった。移動に異議はなく、しかし一緒にいるのに映画はもったいない。カラオケでもいいかと思ったが、空山もゲームに理解のある人間だと思い出したのでゲームセンターを提案した。タイトルを聞いたことはなかったが、据え置きでシューティングゲームをやったことがあると聞いていた。
 とりあえず凪自身が得意な格ゲーをプレイする。格ゲーに興味がないと、ひとのプレイを見るのはさぞつまらないだろうと思いつつ、反応が見たかったのでそうした。予想以上に空山は楽しそうだった。おそらく、太鼓の達人を達人がプレイしているところに遭遇すると、最後まで見て拍手をするタイプ。
 会話に支障が出るほどうるさいゲームセンターでは、自然と距離が近くなるのも大変良かった。これで少しは自分に慣れてほしい。
 一プレイ終えると格ゲーエリアを出てフロアマップ前に立ち、騒々しさにやや慣れた風の空山に問う。

「空山さん、なにかやってみたいものある?」
「ゾンビ殺したい!」

 クレーンゲームか音ゲーが候補になるかと思いきや殺意。

「ガンシューティング好き?」
「撃ちたい」
「殺意高くない? 前言ってたさ、据え置きでやったっていうシューティングゲームのタイトル聞いてもいい?」
「ファークライ」
「ああ……なるほど……」
「でも、ゲームセンターで銃のゲームはやったことないんだよね。家でやるのも上手くはないけど」

 フロアを確認して、ガンシューティングゲーム機がある場所へ移動する。幸い空いていたので凪がアプリでタッチ決済をしようとすると、それより早く空山が小銭を入れた。
 設定は凪が適当に選択する。操作説明を一通り見て、いざゾンビ駆除。
 空山はやたらと構えが様になっていたが、画面に出るエイムと感覚のズレに慣れないようで手こずっていた。先に空山がゲームオーバーになり、後を凪ひとりで引き受ける。

「凪くん! カタキをとって!」
「うぃす」

 凪は何事にも要領がいいので、プレイし慣れていないゲームであってもさくさく進む。凪が無事に生き残りハイタッチを求めると、空山がぺちんとサイン入りの手を合わせてくる。凪から手を繋がないと触れてこないが、ゲームなりなんなりで夢中になっていると接触は可能らしい。
 さて自然にハグをするにはどうすべきか、と考えるくらいには凪も健全な男子高校生だった。


 ゾンビへの殺意がおさまった後は音ゲーエリアへ移動し、凪くんの動体視力と瞬発力に恐れおののいた。わたしは腕を伸ばして大きく動くゲームではなく、落ちてくる玉を指先で処理するシステムのほうが好みだった。
 最後にクレーンゲームエリアに行き、凪くんがトークアプリでよく使っている脱力系謎生物のぬいぐるみ獲得に挑戦した。わたしも目にハイライトがない鳥のスタンプをよく使うので、目が死んでいるキャラクターは大変おもしろ可愛く見える。凪くんはニプレイでゲットしていた。複数ある種類のうち、溶けたように床に寝転ぶポーズのぬいぐるみだった。
 凪くんがぬいぐるみを抱えているだけで癒やされていると、無気力具合がよく似た凪くんの分身を差し出される。

「あげる」
「えっ……もらう!」

 せっかく凪くんがとったのに。なんだか悪いよ。そういった当たり前の遠慮が口から出ようとしたが駄目ならそもそも譲渡を提案しないだろうし、凪くんがとった凪くん似のぬいぐるみなど欲しいに決まっている。

「それを俺だと思って、俺に慣れる練習してて」

 凪くんは言いながら、ぬいぐるみの顔部分をわたしの頬に押し付ける。
 これを、凪くんだと、思う、と。
 わたしが一拍おいてから頷くと、凪くんは「よろしい」と満足そうだった。


 わたしは学校から少々距離のある実家暮らし、凪くんは学校近くで一人暮らし。ゲームセンターを満喫した後は、駅で別れることにした。
 名残惜しくてたまらないが、こんなに長い時間一緒にいて話して遊んだのは初めてだ。これ以上幸せになったらバチが当たりそうである。
 ビニール袋にいれたぬいぐるみを抱えて一礼する。

「今日はとても素敵な一日でした。ありがとうございました」
「こちらこそでした」

 ぬいぐるみを抱きしめて圧迫しながら凪くんを見上げた。

「またお出かけしたい、です」

 わたしだけが楽しい一日だったなら濁されるだろう。誘ってくれたのは凪くんだが、誘う前後で気持ちの変化がないとは言えない。
 わたしは内心怯えていたが、凪くんはあっさり頷いた。

「次は空山さんの行きたいとこ行こ。プラネタリウムでも行く?」

 デートに乗り気なのはもちろん、わたしの好みから場所を提案してくれるのが嬉しくて涙目になる。

「行くぅ……でも、プラネタリウム、凪くんは退屈じゃない?」
「空山さん見るから大丈夫」
「星どころじゃなくなる……でも行きたい」
「うん。行こう」

 凪くんが、わたしが抱きしめているぬいぐるみを袋の上からつつく。ちょんちょん、ではなく、ずむずむ、と少々攻撃的だ。「大事にするね」と言えば「ん」とどこか面白くなさそうに攻撃を止めた。
 何気なく腕時計をみる。電車はコンスタントに到着するので狙いすましてホームに行かなくても大丈夫なのだが、こうしているといつまでも凪くんに話しかけてしまいそうだった。

「じゃあまた学校で」
「うん」
「今日は、きっとわたしが世界一幸せだった。ありがとう」
「……もっと幸せになって」

 一歩近づいてきた凪くんがわたしの背中に手を回す。凪くんが目の前に来て、自分のものではない香りがした。普通に立っていると鎖骨すら見えない身長差なので、すっぽり埋まってしまう。見上げるとかつてなく近い位置に凪くんの顔があり、加えて赤面しているものだから、わたしは言葉が出なかった。
 ふんわり抱きしめられて、わたしは震える右手で凪くんの上着の裾を握り、左手でぬいぐるみを締める。飛び出そうな心臓を飲み込んで、額を凪くんの首元につける。これが精一杯だった。
 わたしが近寄った分、凪くんも少しだけ腕の力を強くする。

「潰しちゃいそう……こわい……」
「死にそう」
「今死なれたら死因俺じゃん」

 耳のすぐ近くで小さく笑う声がする。

「だめ待って脳みそ溶けるむり」
「今日はこのくらいにしてあげよう」

 解放されてありがたいと思うべきか、名残惜しいというべきか。凪くんの過剰なファンサにわたしは限界だった。

「真っ赤だ」
「……凪くんも顔赤いよ」
「好きな子に触れたらそうなるでしょ」
「アッ……ハイ……へへ」
「気をつけて帰ってね。転ばないでね」
「がんばる」

 今度こそ、手を振って別れる。人並みに乗ってホームに移動するエレベーターに乗ると、なんて人通りのある場所でいちゃついたんだと追加の恥ずかしさが込み上げてくるが、迷惑はかけていないし幸せなのでどうでも良かった。
 凪くん直筆サインにこっそりキスをして、でれでれのまま帰路についた。


ALICE+