誠士郎くんと将来


 イングランド/マンシャインC(シティ)対ドイツ/バスタード・ミュンヘンの試合後、開示された入札価格をぽかんと眺める。
劇的で神がかったゴールを決めた誠士郎くんに入札があることはもちろん想定内だが、入札価格は試合数にも左右されるので、他のブルーロックメンバーの価格から考えるに高くても三〇〇〇万円ほどかと思っていた。
 八八〇〇万円。それが現在の誠士郎くんの価値だ。
 高いことはわかるが、高すぎてピンとこない。サラリーマンの年収について調べると、四〇〇万円から五〇〇万円が多いらしい。誠士郎くんは、サラリーマンの二〇年間の収入に近い額を一年で稼いでしまうのだ。
 試合の感想や労いを送りたいのに、言葉が出てこない。誠士郎くんがすごい選手であることなどU20との試合で十分分かったつもりだった。金額にするとこうも遠く感じてしまうとは。オフの間にデートもしたのに、もう二度と会えないのではないかと考えてしまう。
 なんとか誠士郎くんとのトーク画面を開いて、文字を並べていく。
 試合のことやシュートのこと、御影くんやお嬢様のことをとりとめなく書いたものの、送信前に手を止める。

【どんどんすごくなっていくけど、わたしを置いて行かないでね】

 最後の一文は余計だろうか。消したほうが何事もなくコミュニケーションを図れるだろうと思っても、本心を混ぜたかった。かといって深刻に捉えて欲しいつもりでもなく、こんなことを考えているんだなと認識しつつ軽く流して欲しいのだ。真面目に捉えて、依存しているメンドクサイ彼女だと思われたくはない。
 口頭なら軽い調子で本心を冗談に混ぜられるのに、文字だとこちらの温度感が伝わりにくい。でも知ってほしい。
 深呼吸をしてから、心持ち強く送信ボタンをタップした。間髪入れずに、陽気なスタンプを送る。深刻ではないただの雑談だと思ってくれればいい。
 送ったそばから、送らなければ良かっただろうかと後悔が湧いてくる。
 複雑な胸中を誤魔化すため、無心で先輩のブラッシングをし、少し落ち着いてから璃乃に連絡を取る。璃乃はBLTVを見ていないので、誠士郎くんたちの凄まじさについてはわたしの国語力が大いに試されることとなったが、【シュートフェイクを四回入れて五回目でシュートした】と送ると混乱のスタンプが送られてきたので百点満点だ。誠士郎くんのシュートは、<すごい>前に<混乱>が入る。
 璃乃からの反応にも満足し、BLTVのアーカイブから先ほどの試合をもう一度見る。U20との試合とはまたレベルが違うのだ。ブルーロックメンバーの進化も、海外有名選手たちも。バスタード・ミュンヘンのエース選手は外見の派手さで目を引いたが、誠士郎くんに囚われない二回目の観戦ではそのすごさがより分かる。そこに食らいついている潔選手もすごい。そしてコースを読まれながらゴールを決めた誠士郎くんは訳が分からない。
 珍しく感情を露わにガッツポーズしている誠士郎くんを冷静にスクショし、スマホのホーム画面に設定していると、トークアプリが新着メッセージを報せた。
 見たいような見たくないような気持ちで誠士郎くんとのトークを開くと、わたしからの賛辞に礼を返した後、いつもの脱力系謎生物が首を傾げていた。

【なんで? 連れてくよ】

 ぶわ、と熱と照れが来て、一旦携帯を伏せる。わたしは都合の良い幻覚を見ているのだろうかと恐る恐る携帯をひっくり返し、何度も読み、幻覚でも読み間違いでもないことを確認する。
サッカーに夢中になって、世界的に注目されても、わたしを彼女として見て大事にしようとしてくれている。とんでもなく嬉しい返答に呆然としていると、【てかさ】と誠士郎くんが続けた。

【俺、潔に勝ったあと、どういうモチベで試合すればいいのか分からないんだけど。玲王に言われたし三億円目指すよ。年俸三億あったら世治も養えるかな】

 心臓を押さえてうずくまる。心配してすり寄って来た先輩を撫でつつ、震える指先で返信を打った。
 わたしの悩みはなんだったのかと思うくらい、誠士郎くんがかっ飛ばしてくる。

【三億ってもう宝くじじゃん】

 置いて行かれそうな不安が吹き飛ぶ。この先、ずっとこのままでいられるかは分からないが、幸せなタイミングで不安に苛まれるのは損な気がするので浮かれておく。今、誠士郎くんからこう言ってもらえることが嬉しい。
 ただ、ついて行くだけの彼女になるのも嫌なので、一応主張はする。

【わたしも働くよ】
【んーでも家は俺が建てるね】

 誠士郎くんとの未来が叶うなら、それは本当に幸せなことだ。

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