携帯と彼女と先輩


 ブルーロックに収監されて数日後、凪は携帯奪還に成功した。たった数日、されど数日、肌見放さずと言っていいくらい持ち運んでいた携帯との再会は、凪にとって感動的だった。やっとゲームが出来るのだ。携帯を触れなかった期間のログインボーナスは諦めるしかないとしても。
 凪はいつもより心持ち手早くシャワーを浴びて、タオルをかぶったままチーム部屋で携帯の電源を入れる。起動画面をそわそわ眺め、完了と同時にパスコードを入力してロックを解除する。
 凪は即座にゲームを起動しようとしたものの、トークアプリの通知マークが目に止まった。
 凪には彼女がいる。凪のことが好きなのがよく分かる、すぐ真っ赤になるかわいい彼女。
 何かメッセージをくれているだろうか。来ていれば返事をするが、来ていなかったらこちらから何か送るべきか。数日会わない間になにか気持ちが変わったりしていないだろうか。自分もちゃんと彼女を好きな分、数日の空白は大きかった。毎日一通ずつでもやり取りがあれば違うのだが。こうやって考えるのもめんどくさい、恋愛なんてしなければ良かった。
 迷ったが、問題の先送りも余計に面倒だと気づいて、ゲームではなくトークアプリをタップした。
 空山世治の欄に通知がついている。それにどこかほっとしながら、しかしあんまりにも寂しがられていたらそれはそれで反応に困るなと、また面倒なことを考えながらトーク画面を開いた。
 未読の最初は、凪が携帯を帝襟(ていえり)に預けた直後だった。
【携帯無いってことはこれも読めてないんだよね。寂しいけど仕方ない、サッカー頑張ってね! でもずっと連絡しないで忘れられるのも悲しいし、わたしが凪くんのこと好きってことも伝え続けたいので、毎日先輩のベストショットを送ります】

 そして断携帯していた日数分だけ、白くてもふもふの犬の写真が送られていた。先輩という独特な名前の、空山の飼い犬だ。
 控えめだがしっかりしたアピールに、思わず頬が緩む。いつの間にか面倒臭さは吹き飛んでおり、凪は穏やかな気持ちで入力欄をタップした。

【携帯奪還。ただいま。せっかくなら自撮り送ってよ】

      *

 凪、潔(いさぎ)、馬狼(ばろう)、千切(ちぎり)の四人チームになり、部屋も賑やかになった。
 凪は千切と一緒にベッドに寝転び、凪の携帯で動画サイトのサッカー映像集を漁っていた。サッカーをよく知らないままプレイしている凪にとっては、有名人選手はもちろん技の名前すら新鮮だった。
 オススメ欄に出てくる動画をどんどん辿っていると、千切が呟く。

「やっぱ携帯いいよな」
「返してもらえばいいじゃん」
「一次選考の三ゴールと引き換えなんて、そうそう出来るかっての」

 脇腹を強めに叩かれる。凪はトップランカーと言われるに相応しいゴール数を叩き出しすぐに携帯を取り戻せたので、その難易度があまり分からなかった。ともにいた御影も剣城(つるぎ)も、携帯奪還が十分可能な数のゴールを決めている。
 弱いって面倒くさい、とはもう思わないが、俺は簡単でも他はそうでもないんだな、という煽りともとれる一応マイルドな思考になっていた。
 美人なルームメイトにゴスゴス殴られていると、ポコン、と通知が携帯画面上部に表示される。送り主の名前を見て、さり気なく携帯画面を千切から隠すように体勢を変えてからトーク画面を開いた。

「携帯あれば、電話は無理としても外とやりとり出来るんだよな。やっぱいいな」
「んー」
「家族?」
「んー」
「カノジョ?」
「うん」
「マジで!」

 毎日やりとり出来ているわけではないが、余裕があれば雑談もするし、朝と夜に挨拶もする。今は、日課の先輩が送られて来たところだった。今日は先輩とのツーショットで空山も写っている。
 写真を保存しつつ、【チームメイトにお嬢(男)がいる】と報告する。既読がすぐに付き【わたしのライバルってこと?】というメッセージとともに目の死んだ鳥が首をかしげるスタンプがきた。いくら千切が美人とはいえ、凪は異性愛者である。彼女がいるならば尚更だ。空山も分かっていて、ふざけて言っているのだろう。
 さらに返信していると、千切がずいと近寄ってくる。

「隅に置けねーじゃん。面倒くさい面倒くさい言うお前に彼女なんてな」
「それは俺もそう思う。なんか俺のことすごく好きらしくて。俺も好きだけど」
「うわノロケ」

 潔と馬狼がいたらまた面倒な絡まれ方をしそうだが、幸い食事に行っている。
 千切が凪の背中を枕にしてため息をついた。

「ブルーロックにも潤いほしいよな。男ばっかだしテレビもネットもないし。あるのは学校から送られてる課題だけ」
「俺は彼女と連絡とれるけど」
「くそー。……かわいい?」
「そりゃ俺にとっては一番かわいい」
「ノロケ!」
「聞いてきたのはお嬢じゃん」

 千切の彼女の有無はともかく、この監獄で女子特有の雰囲気に飢えているのは確かなのだろう。かくいう凪自身も連絡が取れる分マシとはいえ、会いたいか会わなくていいかと問われれば会いたいと答える。
 サッカーの試合中はそれしか考えておらず、彼女の存在を忘れているが、いなくなっていいとは思わない。殺伐としたピッチの外では癒やしが必要だ。
 ポコン、とまた通知音がすると、千切が携帯を覗き込もうと迫ってきた。

「見るな見るな」
「いいだろ減るもんじゃないし」
「減る」

 暴れるうちに指が携帯に当たってトーク画面が表示される。千切の視界にばっちり入る位置で凪は顔を歪めたものの、甘ったるい言葉でもない雑談だったのが幸いだった。

【お嬢様、男ばっかりでうんざりしてない?】
「俺の話?」
「うん。心配されてんね」
「備え付けのトリートメントがクソって返しといて」

 ぽちぽち画面をタップして【ワガママお嬢は備え付けのトリートメントにご不満】と送信した。

      *

【誠士郎くんはイングランドのチームなんだね。御影くんとお嬢様も一緒なんだ、楽しそう。BLTV楽しみにしてる!】

 昼食中の凪は、世治からのメッセージに顔をしかめた。配属が決まったのは昨日で、その話はまだしていなかったはずだ。おまけにBLTVとは何のことだろう。
 何故知っているのかを問うと、ブルーロックTVの存在を教えてくれた。今後の試合はもちろんトレーニングや生活も一部配信され、おまけに、入札制度により世界中のサッカークラブから選手に値段がつけられるらしい。つまり年俸だ。全試合終了時には正式オファーとなり、クラブチームとの交渉権に繋がるという。
 選手側は知らないのだが?

「玲王、お嬢、なんか俺たちネット配信されるらしいよ」
「なんだそれ」
「出演料くれんの?」

 怪訝(けげん)にするふたりにもBLTVについて説明する。ブルーロックという異常なトレーニング環境に身を置いているので「また面白いことやるんだな」程度のリアクションだが、それはともかく配信は教えておいてほしいという意見は一致した。プライベートスペースは配信されないとはいえ、見られ続けるのも気分の良いものではない。
 ここにもカメラがあるのだろうか、と三人で食堂を見回す。重大な問題に気付いたのは千切だった。

「おい、それって音声どうなるんだ」
「確かに。俺ら試合中って相当口悪いよな」
「聞いてみる」

 すぐさま世治に連絡。【試合中の音声は無しだよ、たまにしか声聞けないのちょっと寂しい】という返信に頬を噛む。寂しがってくれているのが嬉しいのと、収監されると全く会えなくなる若干の申し訳なさと、己を含め好戦的すぎるブルーロックメンツの試合中の物騒さが配信されない安堵とで複雑な心境になった。凪自身は穏やかなほうだと思っているが、煽られたら絶対に煽り返す。
 電話出来ればいいのだが生憎禁止されているので、その場で自撮りしたものを送る。御影と千切は、凪が何も言わずとも画角に入りポーズを決めた。
 【イングランド棟をよろしく】と送ると【誠士郎くん以外に目が向かない】と返ってくる。かわいい。

「ブルロTVっていつから配信されんだろな。情報源誰? 彼女?」

 千切がニヤつきながら問うてくるので頷いた。

「うん、彼女」
「相変わらずバカップルやってんのな」
「あれ、玲王は凪の彼女知ってんの?」
「同じ学校だからな」
「あーそれもそうか」

 凪は食事を再開しながら、配信について考える。
 配信されるのはあまり気が進まないが、世治に見てもらえるという意味ではいいかもしれない。試合を見てもらえるのも嬉しい。カッコつけたい年頃なのだ。カメラを見つけたら手でも振っておこう。
 ただ音声配信は無くて本当に良かった。
 ブルーロックTVや入札制度について盛り上がっていると、ブルーロックプロジェクトマネージャーの帝襟(ていえり)がすっ飛んできた。選手側には第一試合終了まで公にしない方針ということで、厳しく口止めされた。

      *

【あんな、トレーニング配信、聞いてない、かっこいい、わたしはどうしたらいいの、誠士郎くんがかっこよすぎて体ちぎれそう】
【繋いでて。普通に筋トレしてるだけなのにどうしたの】
【好きな人が頑張ってるってだけでどきどきするのに、筋肉もやばくてやばい】
【急に語彙力死ぬじゃん、気をしっかり持って】
【カメラにちょくちょく手を振ってるのも配信されてるよ。世界が誠士郎くんのかっこかわいさに気づいちゃうよ、いい加減にして】
【良かった、世治に手振ってるつもりだから】

 そこで返信は途切れている。

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