(昔みたいで楽しいね)


 帰還初日は母親に泣かれ、仕事を切り上げて帰宅した父に泣かれ、近くに住む母方の祖父母に泣かれた。遠方に住んでいる父方の祖父母は、ビデオ通話で泣かれた。とてつもなく心が痛みわたしも泣いたが、わたしの場合は再会の嬉し泣きではなく、ずっと一緒だった刀剣男士たちの姿が無くて泣いていた。
 二日目は、パート勤務を休んだ母に連れられ、警察署に足を運んだ。なんやかんやと事情を聞かれたが話せることはなく――念書のこともある――わたしははぐらかすしかなかった。「いつも通りの神隠しでした」という姿勢を貫いたが、わたしの失踪担当警察官らしい男性は納得しない。わたしが何かを把握している風であっても、失踪時の状況が不可解なのは覆らない。手がかり皆無なのでお手上げではあるらしいが、わたしの発言から京都を調べると言っていた。確かにわたしは京都にある<時の政府>支部からやってきたが、支部は結界と呪いで厳重に隠されているため、監視カメラでわたしを捕捉できるのは京都駅からだろう。午後すぐには警察署を出て、そのまま洋服を買いに出かけた。さすがに、五年前の服は趣味ではなかった。
 三日目は、化粧品やら生活用品を買いに出かけた。母親が連日仕事を休んでいることは気がかりだったが、母の気持ちも理解できるので何も言わなかった。携帯電話も手に入れた。五年前に使っていたガラケーより大幅に発達したそれは審神者(さにわ)端末と似た姿をしていたが、操作方法はまるっきり異なる。四苦八苦しながら、両親のアドレスを登録した。学生時代の友人も登録しかけたが、なんとなく気が進まなくて止めた。この日の夕方のニュースでは、わたしの発見が短い時間ながらも全国的に報じられていたので、これで友人たちにも無事を報(しら)せられるだろう。
 四日目は、母もパート勤務に出勤した。わたしがまた消えるんじゃないかと心配されたが、そこはもう信用してもらうしかなかった。家を出ないように言われ、母が帰宅する夕方まではひとりだ。貞ちゃんにやっと擬態を解いてもらえたのが嬉しかった。貞ちゃんとわいわい話しながら部屋の断捨離をし、ほとんどの物がゴミ袋行きとなった。
 落ち着いたのが五日目だ。わたしはまたしてもひとり。外出して、帰宅資金の残りで貞ちゃんの洋服をこっそり買おうかと考えていたが、出勤前の両親から思いもよらないことを言われた。

「外出したいなら、糸師さんとこに連絡するように」

 父親が、さも当然のように言う。

「……なぜ?」
「冴くんと凛くん、今家にいる時間が長いそうだ。外出するなら、ボディーガードに連れて行って、と」

 ひとりでも大丈夫なのに、と言いかけ、マスコミの存在を思い出した。五年の失踪から発見されたということで、地域局からの来訪が何度かあったのだ。全国ニュースでは一瞬の報道だったが、謎多き失踪には変わりないので、取材を希望している物好き報道局も一定数いるようだった。
 マスコミの存在が無くとも、五年失踪したなら過保護になっても仕方がないのかもしれない。犯人がいないのも一因なのだろう。もしかしたら、五年間の失踪をわたしの自主的な家出だと思われており、監視の意味がないとも言えない。
 ひとりになることを拒絶しても逆効果だと納得し、同行者の存在については流した。どうしてもひとりがいいときは、黙って出かけてしまってもいいのだ。
 だが、冴ちゃんと凛ちゃんの名前が出てくるのはまた別だろう。

「二人とも高校生でしょ? 学校は?」

 母親が時計を気にしながら早口で返答した。

「冴くんはスペイン留学のときから課題やら通信やらで通ってないでしょ。凛ちゃんは今学校を公休中」
「長期の公休なんてあるの?」
「ブルーロックプロジェクトの参加者は、学校を公休して練習してるんだって」
「何そのプロジェクト」
「最強のストライカーを育て上げる、らしいよ」

 凛ちゃんが言っていた、ストライカー育成計画のことだろうか。とんでもないプロジェクトに参加しているらしい。

「だから、外出するときは糸師さんとこに連絡して。極力、ひとりで動かないで」
「あーい」
「糸師さんとこに行くのは良いから、二人に連絡先を聞いておきなさい」
「あーい。いってらっしゃい」

 イイ子の返事をしたものの、貞ちゃんの洋服は買いに行きたい。ただ、連絡先を聞くという任務が発生した以上、今日動くのは避けた方がいいだろう。二人とも、いくら学校に行っていないとはいえ外出はするだろうから、二人の予定を把握した上で二人が外出しているときにわたしも外出すればいいのだ。
 両親を見送って、自室に行く。ひとまず、デスクに座っている貞ちゃんに事情を伝えなければならない。




R.

 U20との試合を終えた凛は、二週間、ブルーロックから釈放されている。学校は変わらず公休状態なので、課題の提出以外に登校する気は無かった。だからといってのんびり休暇を満喫する気も無い。凛の脳内には<サッカー>しかない。
 ブルーロックはイカれた方針だが、トレーニング環境は非常に整っている。実家でブルーロック同様の負荷をかけることは出来ない。凛が実家に帰って良かったことと言えば、存分にホラー映画を浴びられることと、こちらは予想外だが九乃に会えることだ。
 凛とて体を休める期間も多少は必要だと思っているが、鈍(なま)ることへの懸念のほうが大きかった。朝にジョギング、近くのジムで筋トレ、公園で自主練。学校の課題を適度に消化しつつ、ホラー映画も見つつ。そうやって過ごす予定だった。
 兄の冴とは、思ったより顔を合わせず済みそうだ。お互い、家にいる間は自室にいる。食事のときには会わざるを得ないが、可能な限り時間をずらして精神衛生を保っている。日中は、冴は<日本の至宝>様なので、スポンサーのジムに行くらしい。
 凛は朝のジョギングを終えて、軽くシャワーを浴びていた。両親は仕事に出て、冴も外出、家には凛だけだ。今日の食事のことを考えながらシャワーを終えて、適当な服を着る。
 すると、見計らったかのようにインターホンが鳴った。
 凛は顔をしかめて居留守を決め込む。荷物が届くとは聞いていないし、そうだとしても宅配ボックスを設置している。今、凛が出なければならない理由もない。
 二度目のチャイムも聞き流していたが、モニターに映っていたのが近所の幼馴染で、かつ、知らない複数人の大人に話しかけられているのを見たら悠長に構えていられない。それこそ子どもの頃以来に家の中を駆けて玄関のドアを開けた。
 勢いよく開いたドアに、全員の視線が向けられる。凛は、九乃に声を掛けている人間がレコーダーとカメラを持っているのを確認すると、何も言わずに九乃の腕を掴んで家の中に引き込んだ。二つの鍵を迅速に閉め、ドアガードも掛ける。

「おい、なんでひとりで出歩いてる」
「凛ちゃんおはよう」
「聞け」
「あ、お邪魔します」

 九乃は昨日も見たトートバッグを持っていた。マスコミからの絡みは一切気にした風もなく、凛の言葉を気にした風もなく、トートバッグから携帯を取り出す。
 真新しい携帯だった。買ったのか、とぼんやり思っているとアドレス帳を開いて渡される。アドレス帳には<お母さん><お父さん>の二つだけが入っていた。

「凛ちゃんの連絡先教えて。両親から聞いたんだけど、外出したいときは冴ちゃんか凛ちゃんに連絡しろって言われちゃってさ」
「ああ……」
「凛ちゃん的にはオーケーなの?」
「オーケーもなにも、俺から言った。クソ兄貴は知らねぇけど、同じようなこと言ったんだろ」
「くそあにき」
「……」
「なんでわたしのボディーガードに立候補したの?」

 携帯を受け取って、アドレス帳に電話番号とメールアドレスを登録する。ホーム画面に戻るとメジャーなトークアプリがインストールされていたので、自分の携帯でQRコードを出し、そちらにも登録した。トークアプリの九乃のアイコンは、見たことのないぬいぐるみだった。「そうそう、そっちも頼みたかったの」九乃が凛の手元を覗き込んで言う。あまりの至近距離に一歩退いた。
 携帯を押し付けるように返す。

「五年いなくなってた自覚あんのか。しばらくは一人行動出来ないと思え」

 何事も素直に言えた幼少期とは違い、ひねくれた言い方しか出来ないが、もう二度と神隠しに遭わせたくないのは本心だった。

「脅しじゃん。すごい心配してくれてんのね」
「……」
「ありがとう。冴ちゃんにも聞きたいんだけど、いる?」
「さあ。ジムに行ったんじゃねぇの」
「そか、また後で来る。朝からごめんね」

 九乃が携帯を仕舞ってドアの鍵を開けようとするので、反射的にその手を掴んだ。外のマスコミの様子も確認せず出ようとするなど、馬鹿なのだろうか。マイクを向けられたところであしらうのかもしれないが、九乃が<消費される事件のひとつ>になってしまうのは気分が良くない。
 止められた九乃は、手を引っ込めるでもなく凛を見上げている。凛は数秒置いた後、リビングを示した。

「……見てくか、試合」
「あっ冴ちゃんと凛ちゃんの⁉ 見たい!」

 マスコミ云々も一因だが、冴の知らないところで九乃と親交を深めたい気持ちが強かった。冴にはしばらく帰ってきてほしくない。
 躊躇いゼロで家に上がった九乃は、勝手知ったる廊下を進んでリビングに入る。リビングは五年前から模様替えされているので、目新しそうに見回していた。
 凛はキッチンで食パンをトースターに突っ込み、冷蔵庫に入っているサラダを出した。テレビの音がし始めたので、テレビの操作は九乃に任せ、自分の朝食を準備する。「朝飯は?」「食べた!」飲み物くらいは出してやるかと、食パンを焼いている間に九乃の分のジュースを入れる。最近母親が気に入っている、果肉が入っている系統のオレンジジュースだ。
 朝食を乗せたトレイと九乃の分のグラスをもってキッチンを出ると、九乃がテレビ前のソファで朝の情報番組を見ていた。凛は朝食をダイニングテーブルに置き、オレンジジュースをソファ前のローテーブルまで配達する。
 九乃がリモコンを差し出してきた。

「飲み物ありがと。これ、操作が分かりません」
「見りゃ分かるだろ」
「五年前の記憶も怪しいけど、糸師家、テレビ買い替えてない? 最新家電分からんよ」
「……そうだな」

 九乃からリモコンを受け取って、ブルーロック対U20の試合録画を選択する。見たいような、見てほしいような、しかし冴のことは見てほしくない。ついでに、潔(いさぎ)のことも見てほしくない。自分で提案しておきながら複雑な心境になり、さっさとダイニングテーブルに戻った。
 九乃は試合開始前の画面だというのにテンションを上げており、いつのまにか、ぬいぐるみを膝に乗せていた。アイコンのぬいぐるみだ。

「凛ちゃんは見ないの?」
「こっから見る」

 見ない。

「凛ちゃん、何番?」
「一〇番」
「エース番号だ! さっすが! 冴ちゃんは?」
「……一〇番」
「両チームのエースが糸師家なのヤバない? 現地で見たかったなあ」
「あと一日、早く帰って来れば良かっただろ」

 九乃が神隠しにマイナスの感情を持っていないと分かっていたので、軽い調子で言う。案の定、九乃が重い空気になることはなく、愛想笑いだけ返って来た。


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