Cross Fate 俊秀の騎士2


 テンションが高めの店主と別れ、雑貨店が多い区画に入る。食材を扱う店が多かった区画が地元民向けならば、こちらは観光客向けだ。
 メノウはある雑貨店で足を止めた。文具を多く取り扱う店らしい。繊細で、きらびやかではないが華やかな雑貨たちは、乙女心をくすぐる。何気なく見入っていると、思いのほか近い所からランスロットの声がした。間抜けな声を出してしまったのはメノウだけではなく、オーナーらしいハーヴィンの女性も同じだ。両手で口元を覆い、「ランスロット様!?」と小声で驚いている。

「気に入ったものでもあった?」
「いや、ええと、竜のモチーフが多いなと思って」
「ああ、名物だからな。真竜ファフニールに黒竜騎士団に白竜騎士団。あとはシルフ様で、蝶を模したものも多いぞ」

 ランスロットが言いながら、蝶の羽がついた便箋やペンを指さす。ハーヴィンの女性は顔を赤らめながらコクコク頷いていた。

「しるっ……シルフ様はもう以前のように活躍されてはいませんが、今でも慕われています。可愛らしさから人気も高くて」

 メノウは、ルリアの中にある力の断片でしか星晶獣シルフを見たことはないが、確かに可愛らしい外見だった。少女の姿で蝶の羽を持った、あどけなくも美しい星晶獣だ。

「竜に蝶か、綺麗だね。親近感沸く」
「うん?」
「毒竜(バジリスク)に加護をもらっている身なので」
「あの時は本当に苦戦した……」
「ふふん、強いでしょ。カッコイイでしょ」
「誰かさんが空から降って来るとは……」
「ハーヴィンのお姉さん、この蝶の栞ください」
「お買い上げありがとうございます!」

 当時散々叱られたのだ、もうお腹いっぱいですと話題を強引に切り替える。代金と引き換えに商品を受け取り、ランスロットを横目で窺っている彼女に礼を言った。
 さて再出発しようと歩き出すが、今度はランスロットがよそ見をして足を止めている。視線を辿ると、二人の少年が笑顔で朝の市場を走り抜けていくところだった。

「あれはきっとザリガニ捕りだ」

 ランスロットが断言した。真面目な顔のくせに、目はどこか輝いている。

「……行く?」
「えっ」
「ザリガニ捕りに向いた服じゃないけど、街の日常に混ざるのは好きだよ。わたしの第二の故郷は、地図にも載らない田舎の村だしね」

 メノウは首を傾けた。、気まずげなランスロットが視線を泳がせており、数秒置いてから口を開いた。

「デートでザリガニ捕りなんてするわけないだろ、俺をなんだと思ってるんだ」
「デ……はい」
「市場を抜けたら、歴史のある時計塔に案内するよ」

 自然な仕草で手を取られ、一気に体温が上がる。メノウは顔を真っ赤にし、耳をぺたりとねかせた。何か抗議らしきものをしようと口を開くも言葉にならない。
 ランスロットの手は男性にしては華奢で、指が長く爪もきれいだ。けれど握ってみると、皮膚の硬さや手のひらの厚みが騎士のそれである。
 これはカタリナこれはボレミアこれはロザミア、と身近な女性騎士を思い起こして動揺を鎮めにかかるが、声をかけられ無意味に終わる。

「あっちの店はエルーン向けのアクセサリーが……あはは、耳がぺったんこだ」
「誰のせいだと……」
「俺だなあ」

耳を立てようと必死になりながら睨(ね)めつけるも、ランスロットは楽しそうに笑うだけだった。

      *

 城下一番の市場を見、見晴らしのいい時計塔に登り、昼は地元民の多い小さな食堂に入った。午後は、裏道を通りながら観光地を回る。途中、ランスロットの鎧をつくったという職人の店にも足を運んだ。
 日が傾く頃には乗合馬車に乗り、城下へ戻る。
 夕食は、大通りから外れた静かな場所にあるレストランに案内された。店内は広く繁盛しているが、隠れ家的な立地のためか、喧騒とは違う賑やかさだ。

「今日は、騎士団長様の貴重な休日をありがとうございました」
「こちらこそ、騎空士様の貴重な休日をありがとうございます」

 テーブルで向かい合い、頭を下げながら乾杯する。
 朝から夕方まで歩いた距離も長く、それなりに疲弊しているものの、充実感の方が大きい。騎士団長直々のフェードラッヘ巡りだ。誰よりも贅沢な観光をしている自信がある。

「フェードラッヘ観光はお気に召したかな」
「もちろん! 旅先をぐるっと巡ることって中々出来ないけど、特色があっていいよね。普段からもっと出歩いてみようかなあ」
「すっかり多忙な騎空団になってるもんな」
「グランのお人よしは底なしだからね」
「違いない。トラブル体質は相変わらず?」
「絶好調だよ。ハプニングも、新しい仲間を連れてくるのも、」

 いつものことだよ。そう続くはずだった言葉は衝突音と悲鳴にかき消された。
 メノウはランスロットとアイコンタクトをとると、無言で席を立った。不測の事態に遭遇しても、己の得物を持って現状把握に努められる程度には場慣れしている。団長のトラブル体質は団員にも伝染するのだろうかとぼんやり考えながら、レストランを飛び出した。
 音をたどっていくと、大通りで事故があったようだった。馬車が横転し、積み荷が散乱している。野次馬の会話から推測するに、異音に驚いた馬が暴走してしまったらしい。異音、と聞いて耳を澄ますと、上空で旋回する二体の魔物を認めた。
 メノウは空を見上げながら弓を組み上げ、騒ぎの中心に飛び込んだランスロットに声をかける。ランスロットは駆け付けた騎士に指示を出し、住民の避難と積み荷の回収に当たっていた。

「あれか」
「そうみたい。なにかまずいものでも積んでたの?」
「いや、普通の作物。ただ、手綱をとっていた農夫が、昼間に畑に出た魔物を追い払ったと言っている。追いかけてきたのかもしれないな」

 追い払った魔物が復讐にきたのか、仲間思いな魔物がいたのか不明だが、執念深い個体もいたものだ。

「よりによって、人の多い大通りで」
「ああ。しかし……高いな。もう少し低ければ、俺でも届くんだが」
「手伝おうか?」
「いや、白竜騎士団(うち)の弓兵が来ているからな。メノウには、魔物よりも怪我人の治療を任せたい」
「分かった。気を付けて」

 旋回する魔物は二体のみで、小型の部類だ。当国騎士団で手が足りるのならば、騎空士が出しゃばる必要はない。
 幸いにも死者や重傷者はいなかった。メノウは大通りを見回し、その中でも大きな怪我から対処にあたった。
 矢をつがえていない弓を持ち、弦をはじく。本人の魔力増幅を利用した治癒魔法なので、回復は緩やかだが、純粋な治癒魔法よりも行使者の魔力消費が抑えられる便利魔法だ。故郷での一件があった以降さらに磨きがかかり、治癒魔法発動に伴った弱体効果回復の確率が上がっているのは余談である。
 騎空士です、治療します、と声をかけつつ魔法を発動すること数度。大通りで歓声が上がった。
 空高く翔(か)けたランスロットが、魔物を仕留めて着地する。二匹の魔物もランスロットも大通りに着地し、建物への被害は皆無だった。空には細氷が散り、夕日を受けて輝いている。

「きれい……」

 呟いたのはメノウではなく、メノウが抱えているヒューマンの少年だ。遊んでいる最中に事故に巻き込まれたようで、怪我を治したところ懐かれた。友達とはぐれ、騒がしい中取り残され、心細かったのだろう。

「うん、きれいだね」
「キラキラしてる」
「白竜騎士団の団長さんだよ」
「ランスロット様なの? 青くないから分かんなかった」
「あはは、今は私服だからね」
「ランスロット様は強くてきれいでかっこいい!」

 分かる。メノウは心の中で強く同意する。

「ぼくも、ランスロット様みたいに強い騎士になりたいなあ……」
「なれるよ、きっと。あ、騎空士もおススメしておくね」

 メノウはまだ細い少年の背中を軽く叩く。ダイヤモンドダストに目を輝かせる少年は、照れくさそうに笑った後、慌ててメノウから距離を取った。

「別に、寂しかったわけじゃないよ!」

 少年は、そっぽを向きながら言い訳をする。メノウにひっついていたことを、無かったことにしたのだ。
メノウは笑いをこらえながら、強がる少年に頷いた。

「怪我してたから仕方なかったんだよね。もう痛くない?」
「痛くない、平気! 騎空士のお姉ちゃん、ありがとう!」

 先ほどまでの弱弱しい様子はどこへやら、少年は元気よく駆けて行った。近くに友達らしき姿は無いが、足取りに迷いがないので、近所の子なのだろう。
小さくなる背を見送り、改めて周囲を見回した。慌てる声や治療を乞う声も聞こえてこない。治癒魔法要員としての役目を終えて、メノウは弓をたたんだ。
 さて、青くない騎士団長様はどこだろうか。
 レストランの店員にことわりもなく、食事をそのままにして抜けてきてしまっている。混乱に乗じた食い逃げ疑惑でもかけられれば不名誉極まりない。騎士団長(ランスロット)がいるので大丈夫だろうが、はやく戻るに越したことはない。
 ランスロットが残らねばならないなら、先に戻ろう。場合によってはここで解散かもしれない。
 つらつらと思案していると、後処理をしている白竜騎士団員のなかにランスロットを認めた。部下に指示を出している様子はなく、メノウのほうを向いて不自然に直立している。
 遠慮がちに手を振ると、ランスロットは数度瞬きをしてから歩み寄ってきた。

「仕事があるなら、先に戻ってるよ」
「ああ、いや、大丈夫。ここは彼らに任せて問題ない。さっきの子は?」
「騎士団長様に憧れる男の子。近くの子みたいで、落ち着いたら走ってっちゃった」
「あはは、そうか。本当に助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして。ランスロット、も、お疲れさま」

 ややどもりながら名前を口にする。対面するランスロットはどこか上の空で、珍しく「うん」と返って来た。
 メノウはランスロットを労う笑顔のまま、首を傾けていく。睨まれているわけではないが、凝視されている気がする。朝からともに行動し、いくぶん慣れたとはいえ、正面から無言で見つめられるのは心臓に悪い。
 メノウは徐々に耳をねかせる。とうとう耐えかねて、ランスロットの顔の前で手を動かした。やはり疲れているのだろうという気遣いは、ガシリと手を握られたことで吹き飛んでしまった。

「メノウ、聞いて欲しいことがあるんだ」

 芯のある声と強い視線に、つま先から耳まで火がともる。こちらの心臓に負荷をかけるであろう行動を起こす場合は、是非とも事前申告してもらいたい。
 メノウは色んなものを飲み込んで、勢いよく頷いた。片手はランスロットに握られたままだ。うるさいくらいの鼓動を悟られやしないかと気が気ではない。
 ランスロットがメノウの指先を撫で、一度深呼吸する。メノウもつられて息を吸い込んだ。

「俺はフェードラッヘを守る騎士団の団長であり、そのことを誇りに思っている。たとえ剣を握ることが出来なくなったとしても、俺はこの国に仕え続けるだろう。グランドブルーでの旅は充実していたけど、俺は騎士だから。対して、メノウ、きみは騎空士だ。騎空士はとても自由で、同時に勇敢だ。故郷と仲間を大切にするメノウのことが、俺は好きだよ」

 メノウは予想だにしなかった急展開に、目を白黒させて言葉を絞り出す。

「とつぜん、なに」
「前に、岬でメノウが言ったのと同じだよ。言わなかったことを、悔いたくない」

 メノウの故郷に降り立つ前のこと。夜の岬で、メノウは確かにそう言った。故郷に戻れば、自分の身が無事では済まないだろうと覚悟していたからだ。

「俺はきっと、メノウが悲しいときや辛いときに支えることが出来ない。逆に、メノウの知らないところで、俺が負傷することもあるだろう。俺は騎士で、メノウは騎空士だから。だから、俺は踏ん切りがつかなかった。……『一人前になったら』と、先延ばしにし続けちまったんだろうなあ」

 ランスロットが自嘲気味に笑い、少しだけ恥ずかしそうに目を伏せる。

「多分、俺たちは、お互いがいなくても幸せになれると思う。寄り添うという意味では、立場が同じひとを……メノウは騎空団の仲間と結ばれるべきなのかもしれない。俺はこの国が第一だから、家庭を持たずに生きていくかもしれない。そんなことを、今日一日考えていた。その答えが、やっと出たんだ――――嫌だな、と」

 考えを整理しているような口調から一転、声のトーンが下がる。

「数年後、あるいは十数年後かもっと先。グランドブルー一行がフェードラッヘを訪れたとして、俺たちは皆を歓迎するだろう。その中にメノウの姿があって、もし、傍らに子どもの姿があったら。いつの間にか一児の母になっていたメノウに声をかけられたら……俺はかつての俺をぶん殴りたくなる。まして、子どもの父親があいつ(・・・)だったら、俺は立ち直れないかもしれない」

 メノウの手をとったまま、ランスロットがその場でひざまずく。
 メノウは唇を噛み、頬の内側を噛み、潤み始めた視界をなんとか保つ。国と王に忠誠を誓う騎士団長が、一騎空士に何をやっているんだ。からかわないでと言って手を引きたいのに、ふざけていないことは顔を見れば分かる。

「俺と結婚してほしい。俺はメノウと、未来の話がしたいんだ」

 メノウはとうとう涙腺を崩壊させて、しゃくりあげながら頷いた。「よろしくお願いします」や「順番すっ飛ばしたね」や「あいつって誰」など言いたいことはあるのだが、つっかえてしまい呼吸すら上手く出来ない。ぼろぼろに泣きながら何度も頷き、ランスロットの手を握り返す。
 メノウと同様に顔を赤くしたランスロットは、困った顔で笑う。立ち上がってメノウを引き寄せると、宥めるように背を撫でた。

「指輪もなくてすまない」
「ううん、いい……いいんだけど、ここ、外」

 奇しくも、荷馬車事故で野次馬が多く集まっている。近隣の住民や騎士団員も交え、ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。

      * * *

 プロポーズの件はメノウが知らせるまでもなく騎空団に知れ渡り、盛大に祝われた。コルワをはじめ一部の団員からは詳細を求められ、しどろもどろになりながら成り行きを説明し、一緒になって悶えた。祝福ムードなのは騎空団だけではない。街を出歩けば「噂の!」と興奮気味に声をかけられ、過剰なサービスを受ける。
 白竜騎士団もまた、団長の結婚報告に浮き足立っていたらしい。白竜騎士団との交流会で修練場を訪れたメノウは、落ち着きのない視線から逃げていた。
 祝われることは嬉しいし、ふわふわした空気は嫌いではない。そもそも、一番浮ついているのはおそらく自分なので、微笑まし気に見てくる人々を咎めるつもりはない。ただ、いたたまれないだけだ。
 弓兵との腕比べを終えて、修練場の隅に逃げた。変に力む頬をほぐしていると、メノウの後を追ってきたらしいグランとルリアがおずおずと声をかけてきた。

「本当にいいの?」
「フェードラッヘに来られるのがいつになるか、分からないのに」

 子どもでありながらグランドブルーの中核である二人は、戦闘時の勇ましさを隠し、どこか困惑気味だった。
 二人が何を考えているのかが容易に分かり、メノウはマッサージを止めて思わず笑う。メノウが騎空団を降りるつもりがないことを気にしているのだろう。
 疑問はもっともだ、と思う。プロポーズから数日で別離だ。おまけにお付き合い期間ゼロで、グランドブルーで一緒にいた日数もそう長くはない。ロザミアやアンナたちも、このまま旅を続けることを伝えたら驚いていた。
 一緒にいられればそれに越したことはないし、寂しくないと言えば嘘になる。短い時間で内容の濃い話もしたけれど、きっとまだ話したりない。それでも、メノウは降りる気など毛頭なかった。

「わたしを助けてくれたグラン達への義理立てでもなくて、わたしは騎空士だから。皆と一緒にイスタルシアを見るまでは、グランサイファーを降りるつもりはないよ」

 星の島を目指すという目的が元々グランのものだとしても、今やグランドブルーの旅の目的になっている。メノウが騎空士を名乗らなくなるときが来るとすれば、旅の目的を果たした後だろう。
 メノウは騎空士で、ランスロットは国の騎士だ。
 メノウに迷いがないと分かったのか、グランが礼を言って頷いた。

「ありがとう、これからもよろしくね。……じゃあ、姉さんの結婚式を見るのはまだ先になるなあ」

 グランの呟きにルリアが目を輝かせた。「ウェディングドレスのデザインはコルワさんにお願いしましょう」実現がいつになるか分からない依頼を口にし、無邪気に笑う。文句なしに可愛らしく、メノウの頬も緩んだ。
 メノウは、当人以上に楽しそうに見えるルリアの手を取ってくるくる回る。その日(・・・)が近づいてきたら尋常ではないほど緊張するのだろうが、先の話だ。ビビるには早い。今はまだ、ランスロットと暮らすことを思い描きながら、危険な旅を生き延びることを考えていればいい。

「だから、団長さん。わたしたちを早くイスタルシアに連れてってね」

 長い旅路であることは重々承知で、冗談めかして片目をつむる。
 頼りがいのある団長が、任せておけと親指を立てた。


 まずは、フェードラッヘ一の宝飾職人が大急ぎで仕上げた指輪をランスロットから受け取るという重大ミッションが、メノウを待っている。

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