そして死神のパパになる


「錦さん、お話があります」

 橙茉家の稼ぎ頭は凌だが、橙茉家ヒエラルキーのトップは錦であり、これは光がいたときも同様だ。錦が白だと言えば、カラスだって白なのだ。凌が錦に対して真面目くさった態度でも、そうおかしな光景ではないのである。
 錦は、自分用の分厚いクッションに光用のピンクのクッションを重ね、凌が差し出してきた青いクッションも重ね、普段より高い視点で凌と向き合った。

「どうぞ」
「生き返るにあたり、このままだと俺は二重戸籍になるので、違法作業もお手の物な職場が橙茉凌の戸籍を処理してくれることになっています。諸星光についても、同様に片づけてくれることになっています。……で、それに伴って、錦の身元をどうしようか決めかねています」
「普通に話していいわよ」
「錦の戸籍は橙茉錦としての一つだけ……だよな?正規外のルートで作られたが、唯一だ。だからそれは残る。つまり、天涯孤独の橙茉錦さん誕生だ。年齢もあるし、児童養護施設に入れようかって話が出てる」
「わたくしは、一人でも構わないけれど」
「言うと思った。構います」

 錦は浮く足を揺らした。
 身の回りのことは自分で出来る。小学一年生という身分の自分には稼ぐ手段はないが、通行人に少しお願いすればカニカマ代はどうとでもなる。この場所で生きていくための常識はほぼほぼ修得したので、必ずしも保護者は必要ない。児童養護施設という複数人の目が常にある場所に放り込まれて、生肉を食べられなくなることのほうが問題だ。
 一人、というのが少し寂しいだけで。

「もし、俺が知らないだけで別に保護者がいるなら、そこに戻るのが一番だろう。あとは、帝丹小学校の徒歩圏内に養護施設があるからそこに入るか、養子縁組を前提としてうちの職場がピックアップした里親のとこに行くか、身近な人に後見人になってもらってここに住み続けるか。錦は大人の友達も多いみたいだから、三つ目もアリだと思ってる。一応、身元は洗うけど」
「四つ目は?」
「ぐ……一回死んだアラサー男を後見人にする案。生活場所はここか、その男の自宅か選べます」
「なにか、不都合でも?」
「俺は危険が伴う部署に所属してて、これから先も何があるか分かんねぇし、錦を危ないことからは遠ざけたい」
「見くびらないでもらえるかしら」
「錦が有能なのは分かってる。おかげで俺はこうして生きてるんだしな。でも……いや、だからこそ、何度も助けられたからこそ、これ以上迷惑をかけたくない」

 錦に不満があるわけではなく、純粋に錦の身を案じるが故に四つ目の案に消極的なのだろう。
 子どもらしく泣いて駄々をこねれば彼も折れるだろう。いや、そこまでプライドを捨てずとも、強制的に頷かせることくらいは出来る。
 錦はそこまで考えて、ふと口元に手を当てた。そも、自分が彼にこだわる必要はないのでは。
 今の関係が気に入っているから手放し難いというだけだ。別れたところでショックはないと断言できる。長く生きていれば、別れの経験も多くなるものだ。親子関係の解消は、数ある別れの一つに過ぎない。すぐに良い思い出に昇華できるだろう。
 けれど。

「……わたくしたち、とっても、傲慢な生きものなの。あなたの意見は、聞けないわ」

 錦は笑みを深めた。存外、人間らしい感性に染まっていたのだと気付き、己が何者なのかを思い出す。
 自分が助けた命だ。観覧車から助けた彼も、埠頭で拾った彼女も。"自分たち"がただの人間を気にかけることすら滅多にないのに、助け守った命を途中で散らされるのは腹が立つ。
 
「ねえ、あなた。お名前は?」

 彼はこわばった表情から一転、虚をつかれたように瞬き、それから呆れ顔で笑った。
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