無自覚に暗躍


 コナンがポアロに出向くと、名物イケメン店員が笑顔で迎えてくれた。
 怪しい私立探偵かと思ったら黒の組織の幹部、だと思ったら警察庁の人間だった、エキゾチックな色を持った喫茶店員。自身の協力者にも死んだり生き返ったりして周囲を混乱させた男がいるが、安室も負けず劣らずだ。
 米花町には嘘つきが多い。バレたら命取りになるレベルの重い嘘を纏った人間が。
 コナンはカウンターチェアに座り、アイスコーヒーを注文する。

「ねえ、安室さん。安室さんは、人からの謝罪を受け入れなかったことってある?」
「……これはまた、おかしな質問をするんだね」

 安室はきっと察した上で、営業困り顔を浮かべた。
 昨晩、"赤井の死んだふり作戦"の種明かしが行われた。安室の皮を被った降谷からの追及を回避しきれなくなったためだ。赤井の生存と安室の正体が明らかになる中で、赤井と降谷がスマホ越しに話す場面があり、そこで気になるやりとりがあった。
 赤井が"彼"について謝罪をし、降谷はそれを受け入れなかった。赤井が想定したより遥かに穏やかな態度で、降谷は赤井の言葉を切り捨てたらしい。

「謝罪を受け入れる気が無いときは、受け入れないかもしれないね」
「うん」
「もしくは、そもそも謝罪する必要が無いとき、とか」
「……じゃあ、なんで謝ったんだろう?」
「さあ。僕はその人じゃないから分からないなあ」

 安室の態度から、話す気が皆無であることを感じ取る。組織から全て解放されれば、いずれ明かしてくれるかもしれない。「ボクも分かんないや」と呟いて、ストローに口をつけた。
 安室が一応は味方であるのなら、挙動に神経質にならずともいいだろう。警察の中でも特殊な公安という立場上、必ずしもコナンの味方であるとは言い切れないが、彼は日本を守るために在る人だ。
 そうすると、錦に対する警戒も杞憂だったという訳か。コナンはジト目で氷を混ぜた。"灰原/宮野によく似た人物"については不明だが、公安警察である降谷が錦を認めているのならば、少なくとも敵ではないのだろう。

「そういえば、橙茉さんとは前から知り合いなの?」
「小学校入学の話をした覚えがあるから、錦ちゃんが一年生になる少し前だね。僕の車で日向ぼっこしていた野良猫を錦ちゃんが眺めてて……それからかな」
「あ、ご両親繋がりじゃないんだ」
「遠回しに僕にダメージが入ったよ」
「ごめんなさい……」

 この人でも年齢とか家庭を気にするんだなあ、と目を逸らしながら謝罪する。

「……コナン君は、錦ちゃんのご両親と会ったことがあるのかい?」
「うん。レストランで偶然」
「どんな方だった?僕はまだご挨拶したことがなくてね。近々、うかがおうとは思ってるんだけど」
「普通、かな。とりたてて特徴がない、通行人Aみたいな。特徴が無さ過ぎてイマイチよく思い出せないんだけど……」
「ふうん……錦ちゃんと似てた?」
「ううん、似てない。ぱっと見だと血縁を疑うレベルだけど、すごく仲良さそうだったよ。母親は人見知りっぽかったけど、父親は人当たり良くて話しやすい感じだった」
「へえ」

 手元を見る安室が目を細めた。含みのある行動に、コナンはカウンターへ身を乗り出した。

「橙茉さんは、ギフテッドなだけだよね?」
「ギフテッドに"だけ"がつくのは君らしいというかなんというか……」
「安室さん」
「安心して、彼女は普通の賢い子どもで、僕の友人だ。ただ、思っていた以上に渦中にいるかもしれない。コナン君と同じように、錦ちゃんにも何か特別な秘密や事情があるのかもね」

 どこの渦の中にいるのかは不明だが、明言を避けたあたりからも十中八九例の組織だろう。
 橙茉錦は敵ではないが、正体は不明。
 安室は何かを握っているようだが、コナン自身が引き合いに出された以上、追及の矛先がコナンへ向かないとも言い切れない。昨晩神経をすり減らしたばかりだ、藪を突いてニホンオオカミに襲われるのは御免である。
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