幸福なひととき


 玄関チャイムの音が響く。リビングから早足で玄関に向かい、笑顔で客を迎えた。

「よく来たな!バーボン、ライ!」
「お邪魔します、スコッチ」
「いい家じゃないか」

 褐色肌の男、バーボンが帽子を取って色素の薄い髪を晒す。ライは、トレードマークと化しているニット帽を取ることはなかった。
 土産だと言ってバーボンがワイン、ライがチョコレートの箱を差し出す。ライのチョイスは甘党云々ではなく、ただのつまみとしてである。

「どうぞ上がってくれ。何もないけど、夕飯出前でもとるか?」
「食材はあるんでしょう?僕が作りますよ」
「客に飯作らせるのは……あーけど、お前料理上手いもんなあ」
「任せてください」
「それで、スコッチ。紹介したい人とやらは?」

 リビングに入り、安いソファにバーボンとライが腰かける。二人の目は温かいというか微笑ましいというかーー期待が隠せていない。普段は仲が悪いくせに、何だかんだ気が合っているのだ。
 スコッチは、期待を裏切って悪いなと思いながら、廊下の方へ呼び掛ける。名前を呼んですぐに、ゆったりとした静かな声がした。

「こんにちは、お兄さんたち」

 バーボンとライの視線がするする下がり、小さな存在を認める。同僚の家、紹介したい人、幼い子供。それらのキーワードから推測される関係に、頭を抱えて項垂れた。

「あなたいつの間に子供なんて作ってたんですか!?」
「隠居の理由はこの子だったのか。子供……家庭……はあ……」
「なんだかすごく負けた気分です……」

 バーボンもライも、結婚していてもおかしくない年齢だ。仕事柄家庭を持つのは難しいが、憧れているのは確かだった。
 唸る二人の前にぽてぽてと幼女が立つ。見れば見るほど美幼女だ。母親がよほど美人だったのだろうと勝手に推測する。常に微笑んでいるような表情で笑むと、まるでとろけそうな目元にくらりとする。

「はじめまして、パパのお友達。わたくしは錦。よろしくね」
「どうだ?可愛いだろ?」
「天使がいる……連れて帰りたい……」
「だめだな」

 錦は頭を撫でられ頬を押され、荒んだ男たちの癒しグッズと化す。次第に錦が二人を労るような空気に変わっており、スコッチは錦を救出しようとして止めた。
 
「あなたたち、お名前は?」
「とりあえずバーボンで」
「俺はライと呼ばれている」
「ねえ、錦ちゃんって呼んでいい?」
「いいわよ、バーボン」
「ちょっとこの名前好きになれそう……」
「俺のことは"お兄ちゃん"でいいぞ」
「はあ!?何いってるんですかあなた!」
「バーボンの許可をとる必要がどこに?」
「ダメだぞライ、俺はお前みたいな息子はいらん!」
「残念だ。パパから許してもらえないのでは」
「パパ言うな!」

 大袈裟にライが肩を落とすと、錦が慰めるように膝に手を添える。困った表情を浮かべながらも楽しげだ。
 スコッチは、間に錦を挟むことで比較的静かな二人に安堵しつつーー子供がみている前で殴りあいをする気もないのだろうーーキッチンに移動し、インスタントコーヒーを人数分用意した。

「錦ちゃんは、お母さんの良いところを全部もらったんだろうね。こんなに可愛い子見たことないよ」
「こればかりはバーボンに同意だ。スコッチが溺愛するのも頷ける。血の繋がりが一切ない俺たちさえこうなのだから」
「パパ、かあ……。ねえ錦ちゃん、僕のことパパって呼んでみて?」
「ぱぱぁ、だっこ」
「あーやばい完全に不意打ちだった。そんな舌足らずで言われたら溺愛せざるを得ない」
「む、バーボン、独り占めはよくないぞ。錦を下ろせ」
「はあ?なんであなたに命令されないといけないんです?しかも呼び捨てなんて許しません」
「だから君の許可をとる必要がどこにある?錦、こっちへおいで」
「おにーちゃん、のどかわいたぁ」
「そうかそうか、パパにお願いするとしよう」
「もう用意してるけどね!?」

 幼女にメロメロな良い歳の男たちに、スコッチはとうとう笑えなくなってきた。彼らのストレスを思えば分からなくもないが、締まりがなさすぎて心配になってくる。
 ーーおまわりさん、この人です。あ、俺がおまわりさんだわ。つかこいつらもおまわりさんだわ。
 スコッチはしょっぱい気持ちになりながら、コーヒーをそれぞれに置いてダイニングの椅子に座る。錦は二人から離してもらえないようだった。二人の膝を行き来し、今はバーボンの膝の上である。

「バーボンが子供を構ってるのは違和感ないんだけど、ライは……人相がアレだからなあ」
「僕、子供苦手ですけどね。賢い子ならまだしも」
「俺は特に苦手意識もないがな。スコッチの言うとおり、子供から近づいてこない」
「ならわたくし、やっぱりライの方に」
「錦ちゃんは別だよ。大人しいし賢そうだし」
「無理するなバーボン、俺の方が扱いは上手いだろう」
「ライは絵面が誘拐犯なんですよ」

 結局、膝の上ではなくバーボンとライの間にちょこんと座ることで落ち着いた。
 俺の娘はモテモテだなあと呑気に眺めていたスコッチは、突然立ち上がったバーボンとライに首をかしげ、瞬間、全身に緊張が走った。
 バーボンとライがハンドガンを互いの頭部に向けている。間の錦はいつの間にかいない。

「お前らーー」

 何の冗談だ。なぜお前たちがそこまで対立している?確かにライバル関係とあって仲良しこよしとはほど遠かったが、スリーマンセルを組んでいた仲だ。お互いの実力は認めていた。それに、二人とも守る立場の人間のはずで。ああいや、けれど、それをお互いに知らないのか。いがみ合わないでくれよ、なあ。手を取り合うべき人間なんだ。お前らに一体何があったというんだ。
 言いたいことは山ほどあるのに、声がでない上に動くことも出来ない。引き金にかかる指の動きが、ひどくゆっくりと見えた。

 ーーーーパン!

 乾いた音に体が跳ねて"目を開ける"。勢いよく空気を吸い込んだせいで、気管が変な音をたてた。
 勢いのままに体を起こすと、錆びたブリキのような不快感があった。長い間寝ていたらしい。
 汗が吹き出てくるのを感じる。枕元にあったドリンクを開けて、半分ほど一気に飲んだ。まだ少しだるいが、眠る前に比べて随分回復していた。
 時間を確認しようと携帯を探すが見当たらない。床に足をつけたタイミングで部屋のドアが開いた。

「起きたのね」
「……ああ。どのくらい寝てた?今何時だ?」
「一晩よ。今は朝の八時。結婚式場には連絡をいれたから、今日も休みなさい」
「……悪いな」

 動けそうだが、既に連絡が入っているなら甘えよう。後で自分でも電話しなければ。バーは定休日なので問題はないが、昨日のことを謝らなければ。
 何か食べるかと聞かれて、空腹を自覚する。

「リンゴをむいてあるわよ」
「……え、錦が?」
「ええ。この小さい手では難しかったけれど、むき方を知らないわけではないもの」
「……危ないから止めろ、と言いたいが。ありがとうな」
「どういたしまして。日頃から頑張っているんだもの、休んだって誰も文句は言わないわ」

 錦は何か察したのかもしれない。ベッドに座ったまま動かない凌の手を握った。凌の体温が高いせいもあるのだろう、ひんやりとしていて気持ちがいい。同時に、手放しがたく思ってしまう。
 寝込んでいるときは人肌恋しいというが、この歳になっても少なからずそういう面はあるのだろう。全く、情けない。
 お疲れ様ね、と笑いかけてくる錦にゆるく首を振った。
 その言葉は、あいつらに言ってやってくれ。


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