和菓子は食べたことない


 凌が丸一日休みとなる日は、朝から快晴だった。
 凌より遅く起きた錦は露骨に顔をしかめ、雲一つない外を恨めしそうに見た。日が短くなってくると、錦が遅く起きようとも白い光を浴びる羽目になる。
 遮光カーテンは開け放たれてレースカーテンのみ、陽光が存分に差し込んでくる。
 錦はブランケットを頭からかぶって、もそもそとシリアルを食べる。向かいに座る凌はとっくに朝食を終え、錦が図書館から借りていた本を流し読んでいた。
 錦が朝に弱いことを凌も分かっているので、必要以上に話はふらない。清々しい外の空気にはふさわしくない淡々とした時間――。
 凌がおもむろに立ち上がった。

「錦、出かけよう」

 たった今思いついたと言わんばかりだ。凌は眺めていた本を閉じて、心なしか輝いた目で錦を見下ろす。
 
「それは、構わないけれど。どこへ?」
「ショッピングモールでデートしようぜ。二日前から、有名洋菓子店を集めてフェアをやってるって、若い子たちが言っててな」
「ブライダルスタッフの?」
「そ。バイトの子たちだ、大学生が多くて。そこでバイトしてる子からの情報らしいけど、中々盛り上がってるんだと」
「……凌、甘い物好き?」
「俺は何でも食べるけど。錦、洋菓子好きなんだろ?」

 あんまりいっぱいは買えないけどな、と凌は苦笑する。錦はブランケットの中から凌を見上げて、子どものような明るい表情につられて笑った。錦のために提案してくれているというが、本人がなぜこんなにも楽しそうなのだろうか。
 
「凌は、日の光が似合うわね」

 錦はスプーンを置いて、ブランケットを引っ張る。ゆっくりとした動作で顔を完全に覆ってしまった。眩しいものは眩しいのである。
 
「え、錦?なんだ?出かけるんだよな?急に反抗期に入ったのか?パパの顔もみたくないのか?」




 ショッピングモールの催事場は、情報通り賑わっていた。年代問わず多くの女性やカップルが楽しげにショーケースを眺め、スタッフがくるくる動き回っている。
 錦は凌とともにすべての店舗を見て回る。見覚えのある菓子もあるが、みたことのないものもある。錦は、嗅覚が麻痺しそうなほどの甘いにおいに何度か苦笑した。
 艶のある赤、雪のような白、瑞々しい緑、繊細な飴細工。ショーケースに並ぶ宝石は食べるのがもったいないくらいである。

「お気に召すものはありましたか?お姫様」
「マカロンがいいわ。とても、食べ物には見えない」
「理由が雑だな」

 ある店舗でフランボワーズとキャラメルのマカロンを、別の店舗でコーヒーと抹茶を購入する。すべて二つずつ買い、家に帰って食べ比べだ。折角なら甘い菓子に合う紅茶も買おうと移動して、店員と話しながら見繕った。
 朝方家を出てショッピングモールを動き回り、お昼前。ご飯にしようと言い出したのは錦だった。デートなのだから、おしゃれなカフェはつきものである。
 ショッピングモールには大観覧車が併設されており、その広場ではいくつか店も出ている。テラスでのんびりしようかと、家族連れで賑わう外に出た。

「買ったのがケーキだったら帰るところだ……ん?俺とデートしたくてマカロンにしたのか?」
「ご想像にお任せするわ」

 広いテラスのあるカフェは、観覧車乗り場の近くにある。分かりやすすぎる目印に向かって歩いていたところで、穏やかな日和とは似合わない爆発音が、低く響いた。
 視線の先、観覧車から煙が上がっている。

「爆弾……?」
「観覧車で何かあったようね」

 凌が錦の手を強く握る。そのまま引き寄せられるように観覧車へ歩みを速めた。錦は引っ張られて小走りになりながらも、放置されないだけマシかと抗議はしなかった。
 逃げる人々とすれ違いながら、野次馬に紛れる。
 爆発したのは観覧車の制御室で、スタッフが消火にあたっていた。
 客は順次下ろされて、観覧車は無人になる。しかし止まらない。

「今の爆発で止まらなくなったのか……」
「凌、見えないわ」
「っああ、すまん。見えるか?あそこだ」
「……凌、もっと近付きたい?」
「本音はな。けど俺は今、ただのフリーターだから……気にはなるけど、ここは専門家に任せよう。ほら、あのスーツの集団は警察ーー……」

 凌が示した先に、スーツ姿の男女が複数。慌ただしく広場へ入ってきた彼らは、ためらいなく観覧車へと向かってくる。懐から手帳を出してスタッフに見せると、一部は規制へ、一部は観覧車のそばまで走る。
 言葉を切った凌の目の前で、小さな手をひらひら振った。凌は見るからに動揺していたが、呼吸ひとつで落ち着いた。

「……知ってるやつがいた」
「あら。どの方?」
「サングラスでくせ毛の。確かにあいつは爆弾処理のエキスパートだけど、機動隊所属だったはず……。なんでスーツで現場に……異動してたのか?」
「あ、今乗り込んだわね」

 凌の知り合いだと言う男は、何らかの理由で選んだゴンドラに一人で乗り込むと、同僚らしい女性と言葉を交わしてから扉を閉めた。
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