浮いた金は貯金


 ただの何の変哲もないファミリーレストランだが、美幼女とかんばせの整った男が同じテーブルについている様子は中々絵になっていた。テーブルにはかき氷が一皿乗っていて、両側から徐々に小さくなっていた。
 かき氷は赤いシロップのイチゴ味だ。錦の希望で注文したもので、しかし大きいからと男にも手伝ってもらっている。ふわふわした氷と甘いシロップは美味しいし、体の内側から冷えていく感覚は心地よい。上機嫌にスプーンを動かしていると、向かいに座る男が怪訝そうな顔をした。

「……食ってるよな?なんでこの山低くなんねーんだ」
「食べているわよ、美味しいわ」
「そりゃあ良かった。けどなんで、ああ、横から削ってんのか。……じゃねーな掘ってんのかよ」
「……上から食べていくという発想が無かったわ」
「こんなんでトンネル掘ったら崩れるだろーが」

 ごもっともな言い分だ。テーブルに乗り上げるようにして山頂をすくい、シロップがしみ込んだ部分を食べる。冷たい山はすでに危ういバランスで、力加減が難しい。二口目にスプーンを差し込んで、山は無残にも崩れた。

「……っくっくっく」
「笑っていないで、ウェイターを呼んでくれるかしら?陣平さん」
「"陣平さん"ねえ……」

 男改め松田陣平が、頬杖をついてオーダーコールを押す。
 コンビニ強盗の現場から錦を誘拐したのは、現役警察官の松田陣平だった。以前、錦が首を突っ込んだ爆弾事件にて、錦に命を救われた男だ。
 松田は錦の希望をくんで、現場に駆け付けた刑事を言いくるめてくれたのだ。駆けつけたのが、別件で近くまで来ていた松田の知り合いだったことも大きい。錦も見覚えのある女性刑事だった。
 その後、アイスが購入できなかったと呟いた錦のために、こうしてファミリーレストランでかき氷を注文しているのである。
 店員に片付けを頼み、新しくかき氷を注文する。折角なので抹茶味にした。

「"松田さん"は嫌だと、前に言っていたでしょう?」
「そーだけど……」
「陣平も元気そうで何よりね」
「呼び捨てか。まあいいか。お陰様でとっくに職場にも復帰してる」
「そう。良かったわ」
「ほんとにあの一回きりで来ないんだもんなあ、お嬢さんはよ」
「なあに、寂しかったの?」
「馬鹿言え。退院も近かったから気にしてねーよ」
「安心しなさい。わたくし、携帯電話を買ったのよ。前にもらった連絡先を、既に登録しておいたわ」
「……そりゃあどうも」

 錦は一度だけ、松田の入院している病室を訪ねたことがある。その時に連絡先のメモを受け取っていた。錦が彼の名前を知っているのも、抱き上げられたときに防犯ブザーを鳴らさなかったのもそのためだ。

「で、そっちは?パパとは仲良くやってんのか?」
「ええ、もちろん」
「クリスマスは上手くいったか?」
「喜んでくれたみたいよ。あまり気は進まなかったけれど……せっかくいただいた色鉛筆を使わないのももったいないし」
「絵の上手下手は関係ねえよ、そういうのは」
「そうは言ってもね……」

 錦は視線を逸らしながら、新しく運ばれてきたかき氷をつつく。今度は上から山を小さくしていくことにした。
 松田は、錦が画伯であることを入院中に聞いていたので、錦の苦々しい表情に声を出して笑った。

「そのことは、もういいでしょう。あんまり笑っていると怒るわよ」
「悪い悪い」
「それにしても、今日は随分と大人しいのね、あなた。根掘り葉掘り聞いてきたのが嘘のよう」
「何聞いても答えてくれないだろ」
「そうかしら」
「じゃあ、あの窓を削ってた文字は何だ?」
「わたくしが書いたのよ」
「そりゃ知ってる」
「……」
「……」
「それ以上でも以下でもないのだけれど」
「うん、だから俺はもう気にしないことにした」
「そう」

 抹茶の山は崩れない。すでにイチゴの山をある程度食べている錦には完食させられないと、松田が半分と少しを食べた。松田は、甘いなあと顔をゆがめて、またオーダーコールを押した。
 少しして、単品のアイスコーヒーとアイスティーが運ばれてくる。

「……連絡先、入れたんなら。ま、困ったときに連絡くれよ。困ってない時でも良いぜ、お嬢さんなら」
「光栄ね」
「命を助けてもらった礼が、病院の売店の色鉛筆じゃあ安すぎるだろ。本当に感謝してるんだ、たとえ怪奇現象でもな」

 松田が苦笑して、アイスコーヒーに口をつける。
 錦は目を細めて、そっと伝票を差し出した。
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