ユッケ風で


 起床した錦は、誤魔化しようがないほどの体調不良にため息をついた。
 いつかはそうなるだろうと思っていた。気付かれない程度に凌から力をいただいており、先日の無礼な輩からももらったと言えど、本来の食事とは程遠い。今まで耐えたことを誉めてほしいくらいだ。
 いっそ、長い間眠ってしまおうかという考えが浮かんだが、すぐに却下した。眠っている間はいいが、その分、起きたときの空腹感は計り知れない。

「錦ー?起きてるか?」
「……ええ、今行くわ」

 席についていつものシリアルを食べるが、食欲がない。この体が欲しているのは 、もっと別のものだ。
 もさ、もさ、と口に押し込むようにして食べる。全身から倦怠感が溢れていた。

「……どうした。気分悪いか?」
「ふー……がぶっと、いきたいのよ」
「食欲はあるのか……」
「がぶっといっても、問題はないのだけれど」

 この体ならば、何の問題もない。この生活が終わる恐れがあるだけで。

「無理して食べなくてもいいぞ。最近急に寒くなってきたから、体調崩したのかもな」
「食べるわよ」
「今日病院は、」
「構わないわ。そういったものでないとは分かっているもの」

 首を振ると、凌が少しだけ怒ったような顔をする。どう言われようとも不必要なので、もう一度「構わないわ」と首を振ってシリアルを押し込む。
 
「……わかった。今日は図書館も散歩もなしだ。俺もバイト休むから、ゆっくりしていよう」
「心配はいらないと言っても、ゆずらないのでしょう?」
「パパだからな。欲しいものがあれば言えよ」
「……肉が食べたい」
「体調不良で肉かあ」
「出来ればレア」
「生肉!?」

 娘に生肉を所望された凌は、驚きはしたものの、即座に切り捨てはしなかった。錦の様子から、単なる体調不良ではないのでは、と引っ掛かりを覚えていたからだ。
 しかし、生肉。なぜ生肉。大人でも、進んで食べるべきではない。
 凌は真面目な顔をして、顔色の悪い錦に問いかけた。
 
「生の肉で、錦は元気になると?」
「万全ではないから、月に一度は欲しいわね。凌を襲わないように」
「えっ俺食われるのか?」
「がおー」
「どこで覚えたんだ。可愛いから外ではしないように」
「分かったわ、パパ」
「部位の希望は?たいがいササミが安いけど」
「わたくしも、試したことはないから分からないわ。どこでもいいわよ」
「生肉初挑戦かー……」
「値段が高ければ、無理はしないで。いざとなれば、そのあたりの鳥を狩るわ」
「錦なら出来そうなところが笑えねーわ。今日買ってくるから、狩猟禁止な」

 結局凌は、少しだけ奮発して国産豚ロースを購入した。半信半疑だったものの 、錦は確かに元気を取り戻したのだった。
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