ミディアムヘアにイヤリング


 錦の前に、小さめの具が入ったポトフとトースト、サラダが並ぶ。対面には、心配そうな顔の光が座っていた。
 錦が光をお持ち帰りしてから一日半、錦は私室での引きこもりを止めた。エネルギー不足な自分を誤魔化して、暗闇の私室から陽光の差し込むダイニングへと移動した。
 私室で寝ている間も、凌が何度か様子をうかがいに来たのを覚えている。覚醒しきれなかったのでうろ覚えだが、枕元に供えられた生肉のパックを食べたような記憶もある。

「えっと、おはよう、錦ちゃん。体調はどう?」
「おはよう、光。支障はないわ。あなたが作ったのね?」
「うん。昨日、凌さんが色々買って来てくれたの。でも、なんでもまかせっきりも申し訳ないなあ……」
「外には、出られるようになるわよ」

 錦は手を合わせて、品よく食事を開始する。寝ぐせが少々残念だが、今は空腹をどうにかして紛らわす方を優先しなければならない。冷凍庫にあるはずの錦用生肉を解凍しておくべきだろう。

「外に……?凌さんも同じようなことを言っていたけれど、本当にいいの?」
「凌ほど強いおまじないは、残念だけれど、今のわたくしには無理ね」
「おまじない?」
「髪を切るか、服の趣味を変えるか……。その上で、わたくしが、おまじないをかけてあげるわ」

 光は長い黒髪をつまみ、構わないわ、と笑顔で頷いた。光にとって、命と髪など天秤にかけるまでもない。髪を切ることで生きていられるのならば、躊躇う理由はない。
 即答した光に、錦は目を細める。

「また、伸ばせばいいわ。女性にとって、髪はとても大事なものだもの。凌は器用だから、きっと綺麗にカットしてくれるわ」
「凌さんが?」
「美容院に行くお金はないわよ」
「……大変なのね。アルバイト掛け持ちって聞いたわ」
「凌、何か言ってた?」
「え?ああ、えっと、三時ごろに帰れると思うって。今日は別の式場の応援だそうよ。あと、小学校にはお休みの連絡をしていたわ」
「そう。今日はバーがお休みのはずだから、夕方、出かけましょう」
「っでも、私、」
「わたくしがいるもの、大丈夫よ。いつまでも、凌の服を着ているわけにもいかないでしょう?」

 光は、苦笑を浮かべて腕まくりをする。身だしなみは大事なことだ。
 錦はトーストにかぶりつき――不思議と上品な仕草だ――控えめに笑う光を一瞥する。
 取り繕っているが、光が不安を感じているのは一目瞭然だ。適応することを優先し、順応の早かった凌とは異なる。元の性質や経験の差から生じるものだろう。
 錦は不安がる光を、疎ましいとは思っていない。

「家の中でくらい、力を抜きなさい」
「えっ……そんなつもりは」
「食べたりしないわ」
「食べ……?」
「まずは、気分転換に買い物ね」

 あまり良い服は買えないけれど我慢して。髪飾りかネックレスか、身に着けられるものも選んで。そして買い物の後は、光が一人でも出歩けるよう、凌に光の髪をカットしてもらいましょう。
 つらつらと錦が述べると、光はどこか安心したように笑った。

「それはとっても楽しみね、お母さん」 


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