空色の慧眼


「あ、錦ちゃん!」

 ちょうど校門を出たところで、とびきり明るい声で名を呼ばれる。足を止めて振り向くと、笑顔の歩美と、歩美に続く三人の少年たちが目に入った。一緒に帰ろ、と錦の隣に歩美が並ぶ。
 特に待ち合わせをしているわけではないが、週に二度か三度、一緒に下校する。錦はバスに乗るので、バス停までの十五分ほどを一緒に歩くのだ。
 錦と話すのは、もっぱら歩美だ。元太と光彦は会話に入りたそうにそわそわとしていることが多い。コナンは最後尾で、錦を観察している。
 錦は、コナンが見た目に似合わず――錦の言えたことではない――聡明で頭の回転が速いことを知っている。一般的ではない自覚もあるので、自分が怪しまれるのも仕方なしと気に留めていない。

「このあと、みんなでサッカーするの。錦ちゃんも一緒に遊ぼうよ!」

 「げっ」と心底嫌そうな声が後ろから聞こえる。
 錦は今まで、こうした誘いに乗ったことはない。帰宅まで時間がかかるし、外遊びが苦手だからだ。歩美からの誘いは何度も流し、先日のお化け退治も辞退していた。
 しかし、あからさまに拒絶されたらからかいたくもなる。幸い、今日は曇り空だった。




 彼ら行きつけだという公園で、日傘を畳みランドセルと一緒に置く。
 元太と光彦は我先にとサッカーボールを持って広場へ走り、すぐに歩美も追いかけていった。
 錦は携帯で凌にメールを入れる。家に固定電話はないので光には連絡出来ないが、凌が一度帰宅した際に伝えてくれるだろう。
 ぽちぽちとメールを送信し終えると、ぶっきらぼうな声をかけられた。

「……いいの?日傘」

 律儀に錦を待っていたコナンは、錦が顔を上げると居心地悪そうに頭をかいた。

「橙茉さん、日光に弱いんじゃない?」
「苦手なだけよ。灰になったりはしないわ」
「あ、そう」
「体育の時に、熱烈な視線を感じたのは、それが原因かしら?」
「……たまたま、気になっただけだよ。橙茉さんって、有名人だから。どんな風なのかなって」

 ちらりと錦に向けられた視線には、かすかに警戒心が混じっている。何かを探ろうとするような、観察する目だ。
 子供らしい大きな青い目に、錦がにっこり笑みを深めると、コナンはふいと顔を逸らした。
 
「……行こうぜ、あいつらが呼んでる」
 
 一足先に歩き出したコナンの声は、今まで錦が聞いたものの中で一番低い。子供にしては落ち着きすぎた声だが――やはり錦の言えたことではない――とても自然に耳に入った。
 江戸川君、と名を呼ぶと、コナンはまた観察するような目で錦を振り返る。錦にはそれが虚勢にしか見えず、思わずくすりと笑った。
 
「……あんだよ」
「あなた、そちらの方が自然で良いわ」
「そっち?」
「己を偽ることに、一体何の意味が?」
「……橙茉さんも、何かを隠してるのか」
「あなたの瞼は、閉じたままなのかしら」

 眉を寄せたコナンに構わず、会話を中断して駆けだした。
 慌てて追ってくる気配がしたが、錦はスピードを緩めない。息を乱すこともなく、軽やかに子どもたちの輪に入った。

- 43 -

prevブラックダイヤに口づけnext
ALICE+