夕方に吉報


 凌と光がリビングを見回し、おもむろに歩き回る。
 錦は椅子に座って足を揺らしながら、思案気な二人を眺めていた。

「そんなに家具がないからな……」
「そうよね。動かすとすればテーブルとテレビくらいかしら。観葉植物を買ってもいいかもしれないわ」
「確かに。小さいのでも、放っておくと大きくなるよな」
「うん。パキラとかサンスベリアとかあると、もうちょっと生活感も出るはずよ」
「最初よりはかなりマシ……だと思うけど、やっぱ物がないからなあ。中古だけどショールーム感が残ってる」

 決して、生活偽装のための会議ではない。気分転換に模様替えでも、という光の何気ない一言からはじまった"模様替えにするもなにをどう動かすか"会議である。
 橙茉家にある家具は先住民からの置き土産が多い。こたつとテレビは購入したが、こたつは仕舞ってあり、テレビはテレビ台がなく床に直置きという状態である。他、出費を極力抑える生活をしているので――物欲が弱いことも手伝って――物が少ないのだ。

「テレビの位置は変えられないけど、テーブル動かしてみるか」
「そうだね。席替えもする?」
「はは、いいな!」
「空いている椅子をテレビ台替わりにしたい……けど危ないかな」
「危ないよなあ。あ、こたつのテーブルに乗せるか」
「いいわね!冬は出来ないけど」
「とりあえずテーブル持ってくるぞー」
「おねがーい」

 凌が二階の物置部屋に向かう。光はテレビの配線を確認してから、テーブルを置きやすいように動かしていた。
 錦はキッチンからジュースを持ってきて、のんびりと模様替えの様子をながめる。「危ないから」と前もって言われているので、子どもらしく休日を満喫するのだ。
 しかし、おや、と顔を上げる。

「錦ちゃん、携帯鳴ってるんじゃない?」
「そうみたい」

 椅子を降りて、私室に入る。ライオンのぬいぐるみの上で充電していた携帯電話が点滅しながら震えていた。
 ディスプレイを見ると"松田陣平"の文字。

「はい、錦よ」
『っお嬢さん、今どこにいる?』

 松田が、切羽詰まった様子で早口に問うてくる。騒がしい場所にいるらしく、サイレンや喧騒も聞こえてくる。
 厄介ごとらしいということは分かるが、松田から伝わる焦りは錦に伝染しなかった。

「こんにちは、陣平。わたくしは家にいるわよ」
『本当だな!?』
「パパもママも一緒よ。何かあったの?」
『ああ、いや、その、まあすぐ分かるか。東都タワーのエレベーターに爆弾が仕掛けられてんだが、子どもが取り残されてるって連絡があってな』
「わたくしだと思ったの?」
『まーな。俺が飛び降り自殺未遂する羽目になった爆弾と同じ犯人だから』
「まだ捕まっていなかったのね」
『逃亡生活も今日で終わりだがな。悪かったな、急に。まさかお嬢さんが取り残されてるのかと思ってよ』
「安心なさい。別段、爆弾と縁はないわよ」
『そりゃ何よりだ。じゃ、もう現場に着くから、仕事してくるわ』
「心配なら、わたくしも向かうわよ?」
『馬鹿言うなって。俺ぁお嬢さんが現場にいないってことを確認したかったんだから』

 終始早口だった松田の声に呆れがにじむ。絶対に来るなよ、と言外の圧力を電話越しに感じた。
 錦は、最近目にしたバラエティ番組を思い起こした。「絶対に押すなよ」は「押せ」とイコールらしいのだ。だが錦は決して芸人ではないし、第一に己をアテにしてくるような存在を、好ましく思っていない。
 凌が気にかけるだけあり、錦を失望させない人間だ。

「そうね。良いニュースを待っているわ」
『あとでサインでもやるよ。じゃあな』

 通話を切る前、松田は少しだけ笑っていた。
 錦は携帯をライオンのぬいぐるみの上に戻すと、模様替え中のリビングに戻る。凌と光がダイニングテーブルを持ち上げたまま、電話を終えた錦に視線を向けてきた。

「遊びの誘いか?」
「いいえ。友人の激励よ」

 錦は小さく肩をすくめて、取り残された椅子に腰かけた。


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