おかゆはレトルト


 錦は踏み台をキッチンに置き、人参とピーラーを持った。体調不良の光に代わり、錦が夕飯の準備を買って出たのである。
 光は二階の私室で横になっており、凌はアルバイトに出ている。キッチンには錦一人だ。
 光は、料理をするという錦を止めようとしていたが、布団をかけてぽんぽんとテンポよく叩けばあっという間に眠りに落ちていた。
 ちなみに、錦は今まで料理という料理としたことがない。する必要がなかったのだ。

「けれど、出来ないとは言えないもの」

 カレーを作るつもりだったことは聞いている。カレールーのパッケージにもレシピが掲載されているので、作り方は分かっている。
 光が料理する様子や料理番組を思い起こしながら、難なく人参の皮をむく。ジャガイモの皮もむく。やや形が角ばった気がするが、皮はむけたので問題ない。
 よく光が使用している包丁を出し、人参、ジャガイモ、アスパラを適当に切る。かたい人参さえもすいすいと切ってしまう様子は、どれほど良い包丁を使っているのかと思わせるが、スーパーで売っている安い万能包丁である。

「お肉は……豚肉があると言っていたわね。……」

 錦は踏み台を冷蔵庫の前に移動させ、"半額"シールが貼ってある豚肉のパックを出す。もちろん錦用ではない。錦用は基本的に鶏肉だ。
 鍋を出し、油を入れる。温まったと思われるタイミングで、肉や野菜を全て入れる。生の豚肉をつまみ食いしたのはご愛嬌である。
 首を傾げながら木べらで炒め、首を傾げながら水を入れる。しばらく鍋を眺めていたが、そういえばと踏み台を降りる。
 以前凌が体調を崩したとき、バナナとリンゴをもらったのだ。今の光も、きっと果物がある方がいいのだろう。けれど、果物は基本的に買わない。
 錦は携帯で凌に電話をかけた。ブライダルのバイトが終わっている時間のはずだ。今日はそのままバーに行くと聞いている。

『はい、錦か?』
「ええ」
『珍しいな。どした?』
「光が体調を崩しているの。何か果物を買って帰ってくれないかしら」
『ありゃあ、そうか。いいけど、俺朝方になるぞ』
「さっき寝たところだから、丁度いいと思うわ」
『錦は晩御飯あるのか?弁当でも買って帰ろうか』
「大丈夫よ。カレーを作るから」
『……誰が?』
「わたくしが」
『包丁も鍋も危ねえだろ。やめておきなさい』
「その段階はもう終わったわ」
『お、おおう……なら、頼むわ。俺も食う』
「凌は果物をお願いね」
『はいよ』

 コポコポ、と水泡の音を敏感に聞き取る。錦は凌に労いの言葉を送って電話を切り、鍋の前の踏み台に登った。
 茶色い固形ルーを、パッケージのレシピに従った数だけ入れる。木べらではなくお玉を出して、短い腕でぐるぐる混ぜる。
 鼻腔をくすぐる香辛料の香りに、一人満足気に頷いた。
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