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『――現金輸送車を襲撃し、十億円を奪って逃走した犯行グループの一人が逮捕されました。犯行グループは三人で、その内、二人は死亡が確認されています。一人は行方不明になっていましたが、昨日、警察に出頭したということです。十億円強奪事件の真相の他、犯行グループの二人の死についても――』

 錦が夕方のニュースを眺めていると、キッチンから凌の困ったような唸り声が聞こえた。
 今日の夕食はハンバーグとポテトサラダとレタスのスープだ。何か調味料を切らしていたのだろうか。
 コンソメキューブの予備は棚の左隅にあることを伝えると、気の抜けた返事をされた。コンソメキューブが切れたのではないらしい。

「逮捕の報道は出ちゃったなーと思って。多分、大きくはならずにフェードアウトするさ」
「へえ?」
「情状酌量の余地は十分にあるし、上手くいけば執行猶予付きの判決になるな。俺が保護してたことにしてるし、事件の動機が動機だから、情報操作もしてくれてるはず……」
「ふうん?」
「……もしかして錦……知らないのか……?」
「何を?」
「逮捕されたっていう十億円事件の犯人、光のことなんだけど……俺まずいこと言ったかな?」
 
 ポテトサラダをダイニングテーブルに置いた凌が口元に手を当てる。「錦がなんでも知ってるみたいな顔するから……」と口にするが、とんだ責任転嫁である。
 錦も椅子から降り、取り分ける皿や箸を運ぶ。

「構わないわよ。光が……彼女が真っ当な一般人でも重罪犯でも、問題ないわ」
「懐広すぎないか?」
「わたくし、凌の素性も知らないわよ。凌も同じでしょう?」
「……改めて言葉にすると、結構危ない橋渡ってるよな。お互いにさ」
「それは、危惧すべきことなのかしら。過去は己を創り上げるものだけれど、必ずしも他人と共有する必要はないわ」

 ダイニングテーブルに焼きたてのハンバーグも加わり、錦と凌が席に着く。光が使用していたピンクのクッションはそのまま、空いた椅子に置いてある。
 手を合わせて食べ始めると、凌が苦い顔でため息をついた。

「普通の人間は、そこまで達観できねぇよ……」
「ふふ、生きた年数が違うもの」
「齢七歳のくせして」
「それで、凌は?上手くいっているってことでいいのかしら?」
「ん……まあ、な。すげえ怒られたけど」
「……案外短気さん?」
「いや、そいつとはまだ連絡取ってない。けど、もしかしたら俺のことも聞いたかも」

 光がこの家を出るのに合わせて、凌も元の職場に連絡をとっている。"凌の生存"がトップシークレットである以上、それを知っている光をそのまま送り出すことは出来なかったのだ。錦は、光の記憶操作か、生存開示かを凌に選ばせ、彼は後者を選択した。
 光の記憶操作ははったりではなかったが、いつまでも死者でいる気のなかった凌の背中を押した形になった。
 
「あいつに会うの怖ぇわ……熊と戦うくらいの覚悟がいる……」
「生き返るのは?」
「それはもうちょっと先かな。ただ、生きてることは知らせてるから、有事の際には出るかも」
「まだしばらくは、ここでわたくしのパパをしてくれるのね」

 三人暮らしから一気に一人になるのは、少々物寂しさがある。
 まだ、彼はいるのね。それは良い。良いことだわ。
 錦が一人でうんうん頷いていると、対面から笑い声が聞こえた。

「おう、よろしくな」

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