オーディエンス


 休日、錦が阿笠邸に到着すると、すでに子どもたちが集まっていた。
 全員でテーブルを囲み、何かのパンフレットをながめているようだった。ずいぶんと賑やかな輪に、コナンや哀も加わっているのは珍しい。
 錦は挨拶もそこそこに、哀と歩美の間にちょこんと混ざる。

「錦ちゃんも一緒に行きましょ!ね!」
「吉田さん、それだけじゃ橙茉さんも何が何だか分からないわ。先に説明しておかないと」
「あ、そうだね!」
 
 パンフレットには蒸気機関車の写真が大きくプリントされている。車両内は個室になっているようで、各等車の個室、食堂車の内装やメニューが紹介されていた。

「これは最新設備の超豪華列車"ベルツリー急行"!行き先はね、分かんないの!」
「分かんないの?ふふ」
「車内で事件が起こるんだけど、歩美たちが探偵になって犯人を推理するっていうイベントがあるんだよ。すっごく人気でチケットとるのが難しいんだけど、園子お姉さんがとってくれるんだって!」
「園子さんが?」
「うん!」

 歩美は大きく頷いたきり、元太たちの会話に戻る。提供される食事や行き先の予想について盛り上がっているようだ。
 錦は、反対隣りの哀に顔を向ける。哀はそれで察し、歩美の説明に補足してくれた。ここ最近機嫌のいい哀は、今日も饒舌だった。

「彼女は鈴木財閥のご令嬢なのよ。コレは鈴木財閥が多額の出資をして主催したものだから、色々と顔が利くってわけ。ちなみに一等車にはビッグジュエルを乗せていて、到着した先で怪盗キッドと勝負をするっていう計画みたいよ」
「何故怪盗キッドが出てくるの?」
「あら、これも知らない?怪盗キッドと事あるごとに勝負を繰り広げている、鈴木財閥の鈴木次郎吉相談役」
「ああ、ニュースで見たことがあるわ。園子さんのご親戚?」
「そうよ。とっても派手好きな、変わり者のおじさまね。……で、参加するの?」
「興味はあるのだけれど、おいくら?わたくし、常に家計が火の車なの」
「あなたには到底似合わない言葉ね。けれど安心して、わたしたちは招待枠だそうだから」
「園子さんが?」
「正確には毛利一家……つまり江戸川君が招待枠で、わたしたちはオマケ。だから、乗車代は心配いらないわ。必要なのは、現地での観光代金と帰りの代金ね」
「……検討するわ」

 列車の代金が不要なのはありがたいが、目的地不明なのが大きい。橙茉家の経済状況で、泊りがけの旅行をするのは少々苦しい。錦一人ならば食事抜きでも宿なしでも時間を潰せさえすれば問題ないが、同行者がいるとそうもいかない。
 加えて、凌に不要な心配をかけたくはなかった。ごそごそと生き返る準備をしている彼は以前より少しばかり神経質で、深夜徘徊に遠回しで釘をさしてくるようになった。

「それにしても、江戸川君が乗り気なのは珍しいわね」
「根っからの事件オタクで探偵気質だもの、彼」
「哀さんが乗り気なのは?」
「話のネタは、多いに越したことないでしょ?」

 たくさん話をしたい相手が出来た、ということだろうか。このところ上機嫌な理由を垣間見た気がする。
 哀はベルツリー急行のパンフレットを楽し気に眺めている。特定のサッカー選手にしか向けないような、中々見ない笑みだ。

「お留守番になったら、お土産話をお願いね」
「ええ、分かったわ」
 
 イベントをパスするのはもったいないが、これから先、一生乗れない訳ではないだろう。先も長いのだ、珍しい行事に参加する機会などいくらでもある。
 錦は、パンフレットを一部取って膝の上で広げた。

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