住宅街の城


 発端は歩美の何気ない一言だ。

「今日もほんとは錦ちゃん誘ったんだけど、パパとお出かけだからって」

 錦が少年探偵団の遊びの誘いに乗るのは半々なので、断られたこと自体は珍しくないし、誰も気にしていなかった。けれど、自然と外遊びが"錦の家探し"にシフトしてしまったのは、遊べないことを残念に思っていたからに他ならない。コナンや哀も含め、少年探偵団の誰も錦の家を知らなかったことも、好奇心旺盛な少年探偵団の行動に拍車をかけたのだろう。
 コナンは、いくら友人宅とはいえ大人数で押し掛けるのはどうかと思いながらも、子どもたちに付き合うことにした。父親と外出しているなら不在だろう踏んだのだ。そもそも、見つけられる可能性のほうが低い。意図的かと感じてしまうくらい、錦は自宅の情報をコナンらに話していなかったのだ。
 分かっているのは、帝丹小学校から乗るバスの路線、乗車時間、近所のパン屋のこと、ごくごく普通の一戸建てであること。おおよその地区は絞れても、とても特定には至らない。
 ぞろぞろと、歩きなれない地区を探検する。一般的な住宅街だが、初めて来た地域というだけで少々落ち着かない。大きな犬に吠えられたり、凝ったガーデニングを眺めながら歩いていると、不意に光彦が声を上げた。

「見つけました!ほら、表札に橙茉って書いてありますよ!」

 嘘だろ、とコナンは表情にありありと浮かべた。声にも出ていたかもしれない。
 コナンの隣で、哀も呆れと感心で肩をすくめていた。

「あの子たちの日頃の行いが良いからかしらね」
「運が良いにもほどがある。てっきり、時間がかかって飽きちまうだろうと思ってた」
「わたしもよ」

 コナンは、錦の言った通り特徴のない一軒家を見上げる。哀にも気づかれないよう、こっそり深呼吸をした。
 己や哀と同等の知能を持つこども。最初こそ、自分たちと同様に若返ったのかと考えていたが、ギフテッドという結論に落ち着いた。コナンもそれで納得していたのだ、少なくとも、"あの"電話を聞くまでは。
 解毒剤を飲んだ灰原/宮野志保に似た人物に覚えがあり、かつ、探そうという姿勢をみせた。おまけに、組織の幹部である安室透との関係。コナンらよりも前に安室と知り合い、交流があったことは明らかだった。安室の正体がバーボンであると分かった今、錦に対する疑惑がむくむくと再燃し始めている。
 元太がインターホンを鳴らす。応答はなかったが、代わりに玄関のドアが開いた。

「声が聞こえたわ。皆揃って、わたくしの家を探していたのかしら?」

 父親と外出しているだろうという予想に反し、錦はひょっこり姿を見せた。

「錦ちゃんだ!歩美たちすごい!見つけちゃったね!」
「宝探しの気分でしたね!」
「すっげー腹減ったけどな!」
「あ、錦ちゃん、もしかしてこれからお出かけなの?」
「パパがお仕事になったのよ」
「じゃあ、一緒に遊べる!?」
「ええ、そうね。遊べるわ」
「やったー!」

 錦の家にくるまでもかなりの距離を動いているが、子どもたちは目的達成の喜びで疲労が吹き飛んでいるらしい。
 遊ぶことを了承した錦だが、博士の家に移動することを提案されると、少しばかり困った顔をした。小さな手を頬に添え、かすかに首を傾ける。芝居じみた動作も嫌味なく似合っていた。

「今、料理中なの。あと少しだけだから、待っていて下さる?」
「いいよー!ねえねえ、錦ちゃんの家の中で待ってもいい?」
「……。構わないわ。遊び道具はないけれど、どうぞ」

 不思議な間を置いてから、錦は玄関扉を大きく開いた。
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