海鮮弁当が安い
「悪い」
「いいえ。構わないわ」
「ほんっとにごめん」
「何度謝罪すれば気が済むのかしら」
「俺も錦と出かけたかったんだからな!」
「今度、お出かけしましょう」
「ウン。じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい、パパ」
名残惜しそうにしながらも、凌はパーカーを羽織りながら玄関を飛び出した。「遅くなるから先に寝ること!」と夜更かしに釘を刺すことも忘れない。
錦はにっこり笑って上品に手を振る。夜更かししない約束は出来ないのだった。
今日はデパートの物産展に出かける予定だった。どのデパートやスーパーでも人気が高い北海道展だ。ぶらぶら歩いて試食をしつつ、美味しいモノ買って帰ろうぜ!とおそらく錦より凌が楽しみにしていた。一日だけの催しではないので別日に変更したのだが、「今日は完全に北海道の気分だった」と凌は心底残念そうだった。
しかしいくら北海道の気分でも、職場からの呼び出しを無視するわけにはいかない。アルバイト先ではなく"本来の職場"かららしい。
「さて、どうしようかしら」
午前十一時を少し過ぎたところだ。図書館で読書も出来るし、散歩で遠出も出来る。一度断っているが、今日集まっているらしい歩美らと遊ぶのもいい。そうだ、夜遅く返って来る凌のために、スーパーで買い物をして何か作るのも悪くない。料理はまだまだ修行中だが、スーパーのクッキングコーナーにレシピがあるのを知っている。
錦は、使わないまま溜まっているお小遣いの入ったがま口財布と、自分のスマホと、家の鍵と、日傘を持ち、スーパーに向かった。家から遠く安いスーパーではなく、錦の足で徒歩二十分ほどの所にある近所のスーパーだ。
スーパーに着いてすぐクッキングコーナーに向かうと、運よく栄養士がキッチンに入っていた。
「こんにちは」
栄養士は周囲を見回した後、カウンターよりも低い位置にいる錦を見つける。笑顔でキッチンから出てくると、錦の目線に合わせてしゃがんだ。
「こんにちは、可愛いお姉ちゃん。お料理、好きなのかな?」
「ええ、楽しいわ。パパの夜食には、何を作れば喜んでもらえるかしら?」
「夜食かあ……お茶漬けや味噌汁、雑炊なんかは胃にも優しくていいわよ。おばちゃんは、あんかけご飯も大好きよ。作っておけば、チンしたご飯にかけるだけで簡単。ちょうどここにレシピもあるわ!」
「一部いただくわね」
「おばちゃんからのアドバイスは、片栗粉は水で溶いてから入れること!」
「ふふ、ありがとう」
「ちゃんとお家の人と一緒に作ってね」
「はあい」
良い子の返事だけしておく。
錦はレシピ片手に店内を回った。豆腐、鶏肉、ネギ。調味料は一揃いあるので問題ない。白米も冷凍庫にあった。満面の笑みを浮かべるレジ係に会計してもらい、スーパーを後にした。
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